第55話 竜脈

 バラネシュティ首長はドロバンツ族長に、ドラガンが家族を探しているという話をした。

できれば家族を呼び寄せ、一緒にうちの村で匿ってあげたいと。


 ドロバンツは、気持ちはわかるがと言って腕を組んで悩み始めた。

何度も小さくため息をつき、あちこちに視線を移した。


「ドラガン、いやヴラドと呼んだ方が良えか。キシュベール地区でもあんな風に井戸に水汲み器付けとったんか?」


「はい。ベレメンド村周辺に」


 ドロバンツが何を考えているかわからず、ドラガンもバラネシュティも次の言葉を待っている。


「それは、その村以外でも作れる代物なん?」


「それは……どうなんでしょうね。確かに仕組みは簡単かもしれませんが、うちの村の人、特にドワーフがいないと新規では作れないかもしれませんね」


 ドラガンの回答に、ドロバンツはほうと感嘆の声をあげた。


「それやったら、話はそこまで難しうないかもしれへんぞ?」


 ドロバンツがそう言うと、ドラガンとバラネシュティは顔を見合わせて喜色を滲ませた。


「ここベルベシュティ地区に、ああいう水汲み器を一つでも多く付けるんや。それをロハティンの万事屋でポロっと護衛がこぼす。万事屋の噂いうんはあっちゅう間に行商に広まるからな。君の家族の耳にも入る事になるかもしれん」


 ドロバンツの説明に、バラネシュティはなるほどと言って賛同したがドラガンは難色を示した。


「でもそんな事になったら、ベルベシュティ地区全体に危険が及んでしまいますよ」


 ドラガンの懸念に、バラネシュティは覚悟の上だと微笑んだ。


「そうなる前に、私が辺境伯二人を抱き込んどいてやるよ。ここの辺境伯は二人とも、やつらとは縁戚が薄いからな」


 ベルベシュティ地区にも二人の辺境伯がいる。

ドラガンたちのいる木漏れ日のジャームベック村のある北部が『ボヤルカ辺境伯領』。

南部が『リュタリー辺境伯領』。


 ドロバンツの話によると、ボヤルカ辺境伯はそこそこ若く切れ者らしい。

現国王の甥にあたる海府総督のヴァーレンダー公と縁戚である。

だがそのヴァーレンダー公は、幼い頃からロハティン総督のブラホダトネ公とは非常に仲が悪いらしい。


 一方のリュタリー辺境伯はかなりの高齢。

非常に正義感が強く領民思いな人物である。

エルフとの共存共栄を昔から言ってくれていて、それを無視している村長たちを苦々しく思っているらしい。


 辺境伯の二人が協力しなかったら、ロハティンの公安ごときが乱暴な行動にでる事はできないだろう。

ただし、ロハティン総督が動き駐留軍を出して来たり、街道警備隊が来るようなら話は別である。

その為にドワーフとサファグンの族長を味方につけ連携を取ってもらおうというのがドロバンツの戦略であった。


 明日うちに来てくれ、ドロバンツはそう言い残しジャームベック村を後にした。




 翌日、ドラガンは言われた通りに族長屋敷に向かった。

族長屋敷は、ベルベシュティ地区の中心からやや東、ベスメルチャ連峰に近い場所にある。

周囲には人間は住んでおらず、敷地の中には、大寺院、族長屋敷、大図書館しか無い。


 門の横には小さな小屋が建てられ、そこに守衛が詰めている。

ドラガンは守衛に族長から呼ばれて来たと伝えた。

それまで厳しい目をしてドラガンを見ていた守衛のエルフは、急に顔をほころばせ、話は聞いているから奥の屋敷に向かってくださいと大きな家を指さした。

ドラガンがペコペコとお辞儀をし守衛小屋を通ると、守衛は、そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよと笑った。


 屋敷に近づくと、執事と思しきエルフが、お待ちしておりましたと言ってドラガンを屋敷内へ案内した。

ドラガンは、あっちをキョロキョロこっちをキョロキョロしていて途中で転びそうになった。

執事はクスクスと笑い、足元に気を付けてくださいねと優しく言った。



 応接室に通されると、既に二人のエルフが席に着いて待っていた。

お待たせいたしましたとドラガンが言うと、二人のエルフは、我々も先ほど来たばかりだからお気になさらずと言って微笑んだ。

その発言を裏付けるかのように、三人分の香辛料の入りのコーヒーが運ばれて来たのだった。


 三人がコーヒーに口を付けてすぐに、ドロバンツ族長が家宰のミオヴェニと共に入室してきた。

ドロバンツはドラガンを見ると真っ直ぐ歩み寄り、おお、よく来てくれたと言って肩を叩いた。


 ドロバンツとミオヴェニが席につくと、二人の席にもコーヒーが運ばれて来た。

ドロバンツは三人に対し、改めて、急な招きにも関わらずよく来てくれたと言ってコーヒーを飲んだ。


 ミオヴェニがドラガンに二人を紹介した。

一人はリベジレ村の首長モルドヴィツァ、もう一人はコシュネア村の首長オストロフ。


 ドロバンツはコーヒーを机に置くと、二人の首長に流行り病の状況はどうだと尋ねた。

二人の首長は目線を落とし非常に言いづらそうにした。

モルドヴィツァが、昨晩また一人息を引き取りましたと言うと、オストロフも、うちの周辺もここ数日で二人ほどと言って小さく息を吐いた。


「原因はわかっとんのか?」


「溜池の水が腐っとるいうんはわかるんです。春は良えんですよ。山から雪解け水が来るんで。夏も雨が降る時期は良えんですが、そっから暑くなると、とたんに……」


 オストロフはそう説明すると、唇を噛んで俯いて黙ってしまった。


「そうか水が腐るんか……」


 モルドヴィツァも、うちも状況は同じと言って拳を握った。

 

「水が腐るだけやのうて悪い虫が発生するらしいんです。どうも、それを飲んでまうようでして……」


 そのせいでエルフの所有する竜も死んでしまって、今では人間にお金を払って竜を借りている状況なのだそうだ。


「井戸は掘れへんのか?」


「これまで何遍も試してみたんですが水が出ることは……」


 水が出るところは人間たちの居住区になっていてと、モルドヴィツァはうなだれた。

川も沢も遠く、どうしても溜池に頼るしかないのが現状だと。



 という事なのだと、ドロバンツはドラガンに話を振った。

話を聞いている限り、完全に状況はジャームベック村と同じだと感じた。

恐らくドロバンツは、自分の事を詳しくバラネシュティ首長から聞いたのだろう。

その上で、エルフの役に立ってもらう事と引き換えに手を貸そうと言ってきているのだろう。


 井戸を掘れば溜池に頼らずに済むし、ジャームベック村同様、溜池に川から水をひいてしまい常に水が川に流るようにしてしまえば、流行り病自体はかなり収束するだろう。

問題は竜脈があるかどうか。


「とりあえず村に案内してください。まずは竜脈があるかどうか探ってみようと思います」


「すまないな。礼金は族長室から出すし、その間は首長の家に泊まりこんでくれたら良い。それと、人手が必要やったら遠慮なくその二人に言うてくれたら良えから」


 二人の首長もドラガンを見て大きく頷いた。


「わかりました。さっそく村に向かってみます」


 エルフの首長二人が部屋を出ると、ドラガンはドロバンツに呼び止められた。

族長は小声でドラガンに二点の注意点を話した。

一つ、ジャームベック村の名前は出さない。

二つ、ドラガン・カーリクの名は出さない。

二人には自分が招いた人間でヴラドという名だと紹介している。

それ以上の事を詮索するようなら、族長として処分をせねばならなくなると言ってある。




 屋敷を出ると竜車が用意されていた。

二人に話を聞くと、どうやら二つの村はベルベシュティの森の北東の外れと南東の外れになるらしい。

竜脈の調査は最低でも一晩かかるため、今日のうちに両方の村に行き、まずは最初の調査に入りたいと申し出た。

二人は、一日二日で事態が急変するわけでは無いから、どちらか一方からで良いと言ってくれた。

だがドラガンからしたら、どう考えてもどちらの村も急を要する状況だと感じた。


 まずは直近で人が亡くなったという北東のリベジレ村へと向かうことになった。



 一通り村を見て周ると、竜の抜け羽根をかき集めてもらい、井戸の候補地に羽根を挿しお椀を被せた。

その後すぐに南東のコシュネア村へと向かった。

同様に村を見て周り、候補地に竜の羽根を挿しお椀を被せた。

これで明朝どうなっているか。



 南東のコシュネア村で一晩を過ごし、早朝、食事も取らず羽根の様子を見に行った。

羽根を挿したのは全部で十六か所。

全滅だった。

ただその内の一本は若干湿っており、その周辺にもう一度十本の羽根を挿し直した。


 竜車を用意してもらい、そのまま北東のリベジレ村へと向かう。

こちらは十二本中二本が完全に湿っていた。


 ドラガンは二本の棒に紐を縛って、湿った羽根を中心に円を描いていった。

モルドヴィツァ首長に、この円を真っ直ぐ掘り進めていけば水が沁みてくると思うから掘り始めて欲しいとお願いした。

その日の午後は、北東のリベジレ村で食事片手に井戸の掘り方を指導した。



 夕方、南東のコシュネア村へ赴き、翌朝、羽根の状態を確認した。

十本のうち一本がしっかりと湿っていた。

井戸の位置的には、居住区の中心から大きく外れてイマイチではあるが、溜池の腐った水を飲むよりはという事で掘り進めてもらう事にしたのだった。

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