第54話 族長

 未だに子供たちは水突きでの的当てに熱中している。


 数日ぶりにドラガンが姿を現すと、子供たちは壊れた水突きを直して欲しいと集まって来た。

ダニエラの作った水突きは初日に壊れて直したのだが、昨日、ベアトリスが作った方の水突きが壊れたらしい。

見てみると突き棒が折れてしまっている。

恐らくベアトリスの水突きも穴が大きく、突き棒を強く押さないと勢い良く水が出ないのだろう。

これだと直してもすぐに壊れるだろうなとドラガンは感じた。

壊れれば壊れた時に使っていた子が悲しい思いをする。

できればそんな思いをさせたくはない。

そう思ったドラガンは新しい水突きを作ると言って微笑んだ。



 それを聞いたダニエラがドラガンの手をとり、自分の家まで引っ張っていった。

ダニエラが父のヨヌツに竹ちょうだいとおねだりすると、ヨヌツは、一本あれば良いのかと奥から竹を持ってきてくれた。

ドラガンが、前回と一緒で水突きを作るので細い方が良いと言うと、ヨヌツは、この辺で切り落とせば良いのかと竹を切ってくれた。

ダニエラが満面の笑みで父さんありがとうと言うと、ヨヌツは顔をデレデレさせて喜んだ。



 ドラガンが水突き作りを始めると、ダニエラはドラガンの横に腰かけ、じっと見つめた。

すると、水突きで遊んでいた子供たちもドラガンをキラキラした目で取り囲んで、興味津々に水突き作りを見守った。


 はいどうぞと、完成した水突き二本を子供たちに手渡すと、子供たちはありがとうと言って、新しい水突きの具合を早速試そうと井戸に駆けて行った。

ダニエラはすっかりドラガンに懐いており、ドラガンの横に座ったままドラガンと一緒に子供たちの様子を見ている。



「随分おもろいもんを作るもんやな。子供らの元気な声が響き渡って心地よい」


 いつからそこにいるのか、子供たちがいなくなった場所に一人のエルフの男性が立っていた。

そのエルフは、あまり年齢を感じさせないエルフにあって、かなり年齢を感じる。

髪と髭が非常に長く、顔に皺も刻まれている。

ドラガンからしたら亡き父と同じくらいに見えるが、恐らくは、ゆうに百歳を超える人物なのだろう。


「なかなか的に当たらなくて四苦八苦してるみたいですよ」


 ドラガンは、そのエルフから子供たちに視線を移して嬉しそうな顔をする。


「ほう、そうなんや。なんや細工でもしとるん?」


 エルフの男性の質問にドラガンは少し人の悪い顔をする。


「実は、ちょっとだけ穴の位置をずらしているんです。内緒ですよ」


「そうかそうか。子供らには、そういうのがおもろいんやろうな」


 そう言うとエルフの男性は豪快に笑い出した。



「あそこに見える井戸が君が掘ったいう井戸か?」


 エルフの男性は、水突きで遊ぶために子供たちがじゃぶじゃぶ水を汲んでいる井戸を指差した。


「ええ。ここ『竜脈』が少なくて探すのに苦労しましたよ」


「そうなんや。その『竜脈』言うのは何なん?」


「僕もよくは知らないんですけど、その『竜脈』ってとこでしか井戸に水が溜まらないんだそうです」


 ドラガンが説明すると、子供たちが新しい水突きで的に当てたようで歓声があがった。

エルフの男性も嬉しそうに微笑んでいる。


「ほんであれか。あの上に乗っとるのが噂の水汲み器か」


「最初に作ったやつはすぐに壊れちゃって、丈夫なのを作り直してもらいました」


 どうやら水突き用の水が少なくなったらしく、子供の一人が水汲み器の取っ手を上下させ、水を桶に補充した。

その光景を見て、エルフの男性はほうと感嘆の声を漏らした。


「なあ、私も、使うてみても良えかな?」


 エルフの男性は、ドラガン、ダニエラと三人で井戸に向かった。

水汲み器の取っ手を上下させ水が排水口から出てくると、エルフの男性はおおと歓声をあげた。

それがエルフの男性以外、極めて普通な事になっているのは、子供たちがそれに興味を示さない事でも察せられる。


「これは、どういう仕組みになってるんや?」


「今、子供たちが遊んでるアレですよ」


 エルフの男性の疑問に、ドラガンは子供たちの遊んでいる水突きを指差した。

ダニエラも真似して指差している。


「あないな玩具と同じ仕組みでこれができとるんか。そらまた……」


 エルフの男性は何度も取っ手を上下させ何度も頷いた。

汲まれた水を一飲みして旨い水だと満足気な表情を浮かべた。



「エルフの集落は、他にも溜池の水で生活しとるとこが、ぎょうさんあるんやが、どこでも井戸は掘れるもんなん?」


 エルフの男性、ドラガン、ダニエラは、また元の場所に戻って三人で軒に腰かけた。


「竜脈を調べてみないとわかりませんが、他でも掘れる可能性は高いと思いますよ」


「掘れるかどうか探ってくれ言うたら探ってくれるん? もちろん報酬は出すよ」


 その質問で、目の前のエルフの男性がエルフのコミュニティーの中でそれなりに偉い人であろう事をドラガンは察した。


「構いませんよ。じゃないとこの村同様、小さい子が流行り病で命を落とす事になってしまいますからね」


「それが井戸を掘った理由なんか!」


「ええ。この村で幼い娘が亡くなったのを見てしまいまして……」


 ドラガンは優しい目をしてダニエラの頭を撫でた。

そんなドラガンに感銘を受け、エルフの男性は無言でドラガンの肩をぽんぽんと叩いた。

間に挟まれたダニエラは、不思議そうな顔でそのエルフの男性の顔を見つめている。



 ふいにエルフの男性は、人を探している風のバラネシュティ首長に、おおい、ここだと言って手を振った。


「何でいつも真っ直ぐうちにおいでにならへんのですか!」


 バラネシュティはかなりご立腹な感じで、つかつかとこちらに向かって来た。

エルフの男性はそんなバラネシュティを見てからからと笑い、すまんすまんと謝った。



 エルフの男性はドラガンの方を向き、改めて自己紹介した。

名前は『バネル・ドロバンツ』、エルフの族長である。


 亜人種は、族長という種族の代表者を置いている。

族長は、よほどの事が無い限り任期は死ぬまでである。

族長が亡くなるか退位すると、その時の各村の首長から族長候補を選び、首長間の選挙で次の族長を決める。


 王都アバンハードの元老院には、代表議員として三人の人物が送られている。

議員の任期は五年で、五年が過ぎると首長から推薦された人物と現行の三人を比べ、族長が新たな三人の代表議員を選出している。


 また種族内での揉め事の対処も行っており、辺境伯との交渉も行っている。

ただ基本的に村の事は首長に一任されている為、余程の問題が起きなければ族長が乗り出してくる事は無い。

その為、そこまで多忙というわけでは無い。


 『余程の問題』

これが発生したとバラネシュティがドロバンツに報告したのである。




 三人はバラネシュティの家に行き、香辛料の入ったコーヒーを飲んだ。

香辛料のよく効いた菓子を齧ると、ドロバンツはじっとドラガンの顔を見た。


 ドロバンツはバラネシュティに、もう一度詳しく状況を説明してくれと頼んだ。

バラネシュティはこくりと頷くと、これまでドラガンから聞いた話、行商のティヴィレから聞いた話、護衛のステジャルから聞いた話を順を追って話した。

その間ドラガンは終始唇を噛み、ドロバンツは無言で小さく頷いている。



 一通り説明が終わるとバラネシュティはコーヒーを口にし、ドロバンツも大きくため息をついてからコーヒーを飲んだ。

ドラガンは両の拳を膝の上で握りしめている。


「ドワーフの族長とサファグンの族長を抱き込んで、元老院で問題視する事はできるやろうな」


 カップをゆっくり机に置きドロバンツはそう言った。


「賛同してくれますかね? 特に話を聞く限りで、ドワーフのティザセルメリ族長が……」


 バラネシュティは少し不安そうな顔をした。


「するんと違うかな。あまりにも無体な話や。ただ、だからと言って、どうにかなる話とは違うやろな」


 そこまで言ってドロバンツはコーヒーを一口啜った。


「西府総督のブラホダトネ公は王の実子、竜産協会の理事長オラーネ侯は、閨閥けいばつ(王の配偶者の一族)や。ユーリー王に処分ができるとは思えへんな」


 バラネシュティは、かなりがっかりした表情でコーヒーを口にした。

ドロバンツとバラネシュティの話を静かに聞いているドラガンは、唇を噛み無言で俯いている。


「そやけども。やり方によっては、ロハティンにお灸を据える事くらいはできるんとちゃうかな?」


 議会の中で、ロハティンでの事件を公表しブラホダトネ公を非難する。

竜産協会、街道警備隊の悪逆を糾弾する。

そうなれば、さすがの国王も、ブラホダトネ公をロハティン総督から解任せざるを得なくなるのではないか。

解任しないまでも、関係者の処分くらいは裁定するだろうというのが、ドロバンツの見解であった。


「ですが話を聞く限り、ブラホダトネ公は、ほんまの報告を受けてへんのと違いますかね?」


 嘘の報告を信じたからロハティン総督を解任となってしまうと、それはそれで、あちこちに良からぬ影響が出てしまうとバラネシュティは心配した。


「……確かに、それはそうかもしれんな。だとしたら、糾弾するんやったら公安の方やろうな」


 公安、つまり実行部隊を処分させるという事である。

無実の者を大量に殺害したという罪は、決して許されてはならない事である。


「公安の裁定に不信があると三族長で抗議すると?」


 バラネシュティの言葉に、ドロバンツはうむと言って頷いた。


「色々論外な裁定があったようですけども、どこに対して?」


「そうやなあ……リュドミラというサファグンの件は、単なる口封じ言われても言い逃れできひんのと違うかな?」


 まずドワーフとサファグンの族長に手紙を出してみる。

そう言ってドロバンツはコーヒーを飲み干した。

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