マーリナ侯爵領プリモシュテン市
第28話 商会税
十一月の末。
用意された納税額にドゥブノ辺境伯の執事は目を丸くした。
執事はその理由をポーレたちには聞かず近隣の村で聞き込みをした。
近隣の村は、はっきり言ってドゥブノ辺境伯たちを好んでおらず、聞き込み調査に協力してくれる人はほとんどいなかった。
だが、それでも数少ない証言の中で、どうやら新たな事業を起こしたらしいという事がわかった。
執事はそれを家宰のガラガニーに報告した。
ガラガニーはバルタの代わりに採用された家宰で、先代の辺境伯アナトリー卿時代に税の取り立てを行っていた執事である。
バルタに家宰が変わって、執事が税をかすめないように納税一覧と合わせて提出させられ、さらに倹約まで言い渡され、それまでの裕福な暮らしから突然市民並みの生活に落とされ苦々しく思っていた。
いつかバルタ一派を追い出し元の裕福な生活に戻ってやると密かに同士を集めビタリー卿を篭絡していたのだった。
ガラガニーは報告を受けるとニヤリと口元を歪め、すぐにビタリー卿の執務室に駆け込んだ。
財政赤字を一気に解消する事態が発生したと報告した。
ガラガニーから提案を受けたビタリー卿は、さすがにそれはと二の足を踏んだ。
だが税収三割増だと言われると、辺境伯領の領民のために彼らには涙を飲んでもらおうと許可してしまったのだった。
翌日、ガラガニーは書面を作り、部長たちを集め簡単な会議を開き、新たな税制案を通してしまった。
その税制案というのは『商会税法』というものだった。
ロハティンの市場以外の他の貴族領への営業活動を行う団体は、その『利益の四割』を税として辺境伯に納める事。
その通達はわずか一枚の紙でポーレ商会に通告された。
ところがポーレたちに通告された通達は一部が改変されていたのだった。
この通達には何か誤りがあったりはしないかとポーレも執事に尋ねた。
だが執事は、会議で決定したことなのだから潔く従われよとポーレに言った。
ポーレたちも、それくらいの事は言ってくるだろうと思っていた。
それによって辺境伯領の領民の税の取り立てが少しでも緩くなるならと言い合ってもいた。
だが、まさか『売上の四割』などという無理難題を言ってくるとは。
ポーレは、バルタ、ドラガン、ザレシエを呼び、どうしたものかと相談した。
領内の税制については他の領主には口出しができず相談もままならない。
漆工房の時にやったように、造船所をサファグンの居住区に移してはどうかという案も出た。
だが部材を保管する倉庫はかなり大きく、防風林の隙間で事足りるようなものではない。
売上の四割を支払ったらどんな手段をとっても儲けが出ないどころか大赤字である。
もはや払うという選択肢は無い。
四人の案は三つに絞られた。
事情を説明し商会を解散させ、出資者の怒りをドゥブノ辺境伯に向けさせるか。
前回のように抗って戦となるか。
もはや見限って逃げ出すか。
ポーレは村長をしている父アレクサンドルにも相談した。
アレクサンドルは、その三択であればもう見限るのが最良だろうと言い出した。
以前は孤軍であったからどうにもならなかったが、今ならカーリク君がいる。
あの子は多くの貴族に可愛がられているから、そんな貴族たちなら我々を無下には扱わないであろう。
それでもポーレは悩んだ。
アリサにも助言を求めたが、この村の出では無いので村の人たちの感情がわからないと言われてしまった。
それはつまりは村人に聞いたらどうですかという事である。
翌日の夜、ポーレはサファグンの居住区の食堂街に村人を集めた。
ポーレ商会の売上の一部から飲食代を提供し、呑む者は呑み、食べる者は食べながら聞いてもらった。
「今日集まってもらったのは他でもない。皆の意見を聞きたいと思ったんだ。先日、辺境伯から一通の通達が来た。内容は商会の売上の四割を税として納めろというものだ」
利益ではなく売上の四割という尋常じゃない税率に、集まった村人たちは騒然となった。
「我々も悩んだ。その結果、方針が三つに絞られた。解散か、戦うか、逃げ出すか。皆の意見を伺いたい」
ポーレが一同を見渡すと、皆無言で周囲の者と顔を見合わせている。
暫くし、一人の漁師が、我らの税は変わらないのだから出て行くなら君たちだけで出て行ったら良いと言い出した。
すると漆工房の工員たちが、もうこういうのはたくさんだと喚き出した。
出て行くというなら俺たちも行きたい、もうあの辺境伯には愛想が尽きたと叫び出した。
農場の従事者たちは、カーリク一行がごっそり抜けたらもう村は機能しないと悲鳴に近い論調で言った。
基本施設は残るし生活に最低限必要な人は残るかもしれない。
だがここまで村が生活しやくなったのはカーリク一行が色々と知恵を絞ってくれたからだ。
彼らが抜けたらもうそこにはただ座して死を待つだけの人しか残らない。
村人たちの意見は大きく二つに別れた。
残るか、出て行くか。
出て行くという声が圧倒的に多数派であった。
戦うという選択は誰も口にしなかった。
以前であれば村人の意見はほとんどが戦うというものだっただろう。
だが実際に戦ってみた。
多くの犠牲を出しはしたものの戦いには勝利した。
ただ、現状が変わったのは本当に短い間だけであった。
不毛。
そう村人は感じたのだろう。
ポーレとドラガンで相談し、事業の関係があるから、まずはポーレ商会の面々だけで村を逃げようという事になった。
それをザレシエとバルタに報告すると二人も賛成してくれた。
少人数で新天地に向かい、ある程度目途がついたところでエモーナ村に知らせ、来たい者は来てもらう。
問題は誰を頼ろうという事であった。
その部分でポーレとドラガンで意見が分かれた。
ポーレはユローヴェ辺境伯を推し、ドラガンはマーリナ侯を推した。
バルタはユローヴェ辺境伯、ザレシエはマーリナ侯であった。
最終的に、今回の商会の話を最も親身に考えてくれたのがマーリナ侯だからとザレシエが言ったことでバルタが折れた。
次いで、ユローヴェ辺境伯を頼ってしまうとまたサモティノ地区が割れてしまうとドラガンが言った事でポーレも折れた。
翌日、ポーレとドラガンの連署でマーリナ侯宛てに書簡を書き、プラマンタに届けて貰った。
すると、早くも午後にプラマンタがマーリナ侯の書状を持って帰って来た。
五日後に小さめの軍船を派遣するので、そこまでに準備されたしと書状には書かれていた。
そこから先の事は万事我らに委ねられよとも書かれていた。
こうしてドラガンはエモーナ村を離れ、マーリナ侯爵領へと居を移すことになったのだった。
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