第27話 ポーレ商会

 さっそくユローヴェ辺境伯が噂を聞きつけて、家宰のトロクンを派遣してきた。

トロクンは船の引き上げ装置を使ってみて、すぐに金になると判断したらしい。

投資をしたいと申し出てきた。

資金を提供するから利益の一部を享受したいと。


 こういう事の窓口はバルタが行うことになっている。

バルタは既に合弁の話が進んでいると説明。

だがトロクンは、辺境伯の資金提供より魅力のある合弁話など、そうそう存在しないだろうと指摘した。


「今はマーリナ侯とオスノヴァ侯が合弁の中心になっています。ただ、恐らく最終的には中心は別の方になってしまうでしょう」


 まだ決定ではない為バルタはあえて名前を伏せたが、それがヴァーレンダー公である事はトロクンもすぐに察した。

さすがにトロクンは暗にヴァーレンダー公をちらつかされて我を通そうとするほど愚かではない。

その合弁に自分たちも入れて欲しいと願い出た。



 だがユローヴェ辺境伯もトロクンも、ただ悔しがってはいない。

あの鉄製品は、恐らく以前仲介をお願いしに来たキシュベール地区で製造してもらったものに違いないと踏んだ。

とすれば彼らの事である、途中で必ずどこかの貴族を抱き込んでいるはず。


 どこか。

スラブータ侯しかいないであろう。

もしかしたらスラブータ侯はこの事を知らないかもしれない。

親切に教えてやろうではないかとユローヴェ辺境伯は悪い顔で言った。


 トロクンは翌日には竜車を出しスラブータ侯の屋敷へ急行。

スラブータ侯と家宰のソシュノは非常に驚いた。

あの者たちが何かをキシュベール地区に作らせているのは知っている。

だがそんな代物とは聞いていない。


「このままだと、ヴァーレンダー公に全て仕切られてしまいます。資金提供してもヴァーレンダー公が順番を精査なんて事になるかもしれません。一人でも多く貴族が団結する事でヴァーレンダー公を牽制しましょう」


 トロクンの説明は出資をする事が前提の危惧である。

初期の段階で資金提供すらしなかったら、順番は当然のように最後尾。

出資しないという選択肢は無いのだ。

スラブータ侯とソシュノは二つ返事で承諾した。



 承諾はしたものの、スラブータ侯とソシュノは面白くなかった。

何故これほど大きな計画が自分たちに何の話も無く、サモティノ地区の一漁村でひっそりと進んでいるのか。

ソシュノはスラブータ侯に、きっとナザウィジフ辺境伯も話を聞いていないでしょうから注進してやりましょうと悪い顔で言った。




 一方アルシュタでは、オスノヴァ侯がドラガンを呼んでオスノヴァ川に架橋をしていると情報を得た。

ヴァーレンダー公は、前回の議会で我々も金を出すと約しているからその約に従おうと思うとオスノヴァ侯へ使者を送った。


 数日して使者は帰って来た。

ヴァーレンダー公と家宰のロヴィーはその報告に腰を抜かさんばかりに驚かされた。


 まず、オスノヴァ川の橋は石材を購入せずに工事が進んでいるらしく極めて安上がりで進んでいる。

その為資金提供の必要は無い。

できれば、作業員は街道整備に投入して欲しいと言われたらしい。

それ自体もかなり驚いた。


 だが本題はそこからだった。

ドラガンたちが人力でできる船の引き上げ装置を考案したらしい。

今、当方とマーリナ侯とで彼らに出資しようと言う話が出ている。

もしヴァーレンダー公も賛同するのであれば、早めに申請しておいた方が良いと勧誘されたのだそうだ。


 海軍を有しているアルシュタにとって船の引き上げはほぼ毎日の作業である。

その為に竜を何頭も確保している。

それが人力でできるとはどういうことか?

ヴァーレンダー公は、プラマンタの後任として雇ったアンベロナスというセイレーンの執事をエモーナ村に飛ばした。


 アンベロナスはプラマンタと面識があり、こっそりとどういう話か知っているか尋ねた。

プラマンタは笑い出し、私なんかに聞かず直接担当者から話を聞いた方が良いと言ってバルタの元に連れて行った。

この時点で既に、マーリナ侯、オスノヴァ侯、ユローヴェ辺境伯は担当者を派遣しており、連日エモーナ村に宿泊して約束事の下地を試作している。


 バルタはアンベロナスを造船所に連れて行き、こういう代物だと言って滑車を触らせ実際に船を引き上げてみてもらった。

そこそこ小さな漁船とはいえ、あの大きさの船が自分一人で陸に引き上げできるだなんて。

こんな驚く事はないであろう。


 ロヴィーからは、出資は当然として、実際に目にしてどう感じるかを聞かせて欲しいと言われてきている。

アンベロナスとしては、気になるのは、さらに大きな船になった時にどうかというところである。


「滑車の大きさをもっと極端にして、綱を引く回転台の輪を大きくすれば、アルシュタの軍船でも数人で引き上げできるんじゃないかってカーリクさんたちは言っていましたね」


 もしそうなら、どれだけ竜の管理費が抑えられることか。

滑車は食事を取らないし機嫌を損ねたり暴れたりすることも無い。


 アンベロナスは、ヴァーレンダー公が出資を申し出ていると申請し、ひとまずアルシュタへ帰ることにした。



 アンベロナスから報告を受けたヴァーレンダー公とロヴィーは金行券を何枚も用意し、次の工事をアルシュタでと捻じ込んだ。

エモーナ村から工房を移した時に『ポーレ造船』は『ポーレ商会』と名を変えており、『ポーレ商会』としてこれが最初の地区外の仕事になった。




 ポーレが主になり、ドラガン、ザレシエ、周辺の村の工務店の作業員を引きつれ、アルシュタの軍船に迎えに来てもらいアルシュタへと向かった。



 ヴァーレンダー公としては、できればドラガンたちを丁重にもてなし、色々積もる話をしたかったところであろう。

だが、さすがに造船所の工事が最優先で、初日の歓待以外中々時間を貰えなかった。


 ロヴィーは何だかんだと理由をつけて船工房に出かけ、ドラガンたちと談笑して帰って来ている。

それを漏れ聞いているだけに、ヴァーレンダー公も何かモヤモヤしたものがあったらしい。


 ある日、お忍びで造船所に顔を足を運んだ。

皆、実に楽しそうに作業をしているではないか。

ヴァーレンダー公は、何か慰労の品でも持って堂々と来るんだったと少し後悔した。


 しかも物陰に隠れこっそりと見ていたのを造船所の作業員に見つかってしまった。


 雰囲気的に明らかにこれからロヴィーに叱られようという場面である。

だがそこはヴァーレンダー公、色々とあしらい方を心得ている。


「ロヴィー、そなたが休憩の茶菓子を用意しておらんと聞いてな、真かどうか確認に来たのだ」


 絶対興味本位で来たくせに、ロヴィーだけじゃなく、ドラガンとザレシエもそう感じた。

ポーレだけが馬鹿正直に勿体ない申し出ですと恐縮している。


 ヴァーレンダー公とロヴィーが毎日見学に行っていると聞き、軍の幹部も気になったらしい。

ラズルネ司令長官たちが毎日のように見学に来はじめた。

そうなると町中から見学者がどっと押し寄せることになった。

どこからか喧嘩が始まり、憲兵隊が駆けつける騒ぎとなってしまった。


 その状況にヴォルゼル憲兵総監が激怒した。


「皆さん、何を考えているのです!! あんな大人数の大衆が集まるところに護衛も連れずにのこのこと。もしテロにでもあったらどうする気ですか! 作業員に何かあったらどうするつもりですか!」


 翌日から造船所は憲兵隊が重点警備する事になった。

当然、重役であろうと公爵であろうと近づく事は許されなかった。

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