第26話 滑車
ペティアの描いた絵によって、ある程度は工事の完成図は見えている。
そのせいか、ドラガンたちが造船所に向かった時には、既に敷棒が地面に埋められていた。
土嚢を積んで水を堰き止めてから水を抜いて作業をしており、大量の土嚢用の麻袋が散乱している。
『たたき』で固定しているが、乾くまでまだ少し日数がかかると報告を受けた。
それを見たペティアとザレシエが、オスノヴァ侯の幹部よりよほど賢いと大笑いした。
皆大笑いしているのだが、チェピリーだけは顔が引きつっていた。
ペティアの絵と車輪を見て敷棒の使い方は何となくわかった。
だが、滑車だけがどうにも使い方がわからなかったらしい。
しかも滑車は明らかに形が
輪の軸部分に縄を通す穴が空いており、この穴を利用して縄を巻くのだということもわかる。
で、何だというのだろう?
「これがこの作業の最大の要なんですよ。これがあればきっと人力で船が陸に上げられると思うんです」
皆、ドラガンが何を言っているのか誰もわからない。
どうせ口で言っても誰も理解しないだろうと思い、ドラガンは滑車に綱を巻きつけ杭に吊った。
ぐるりと見渡しアルディノとペティアを呼ぶ。
「二人に力比べをしてもらおうと思う。ペティア、勝てたら一つアルディノにいう事聞いて貰いなよ」
アルディノはペティアを見て、いくら尻に敷かれてるからって腕力でまで負けるわけないだろと笑い出した。
ペティアは、じゃあ私が勝ったら一週間禁酒ねと言い出した。
皆、大盛り上がりである。
アルディノには小さい方の滑車から出た綱を引いてもらい、ペティアには大きい方の滑車から出た綱を引いてもらった。
「じゃあ、せいので引っ張り合ってみてよ。いくよ! せいの!」
二人で一斉に綱を引き合った。
「ちょっ! ちょっ! まっ待った! 待った!」
ペティアが綱をどんどん引いて行くと、アルディノはじりじりと引っ張られた。
「おいアルディノ! どうした! だらしねえぞ!」
工房の工員がそう言ってアルディノを煽った。
「ねえ、ちゃんとそっち引っ張っとるの?」
ペティアが不思議そうな顔で聞くと、アルディノは真っ赤な顔で、引いてるわと怒鳴った。
「約束じゃけね。一週間禁酒ね」
ペティアがニコニコ顔で言うと、アルディノは騙されたと言って悔しがった。
どうなってるんだと言いながら、皆で綱を引っ張り合っている。
半分とまではいかないが、それに近い力で大きい輪から出ている綱を引っ張れる。
「お銚子を持って、首の所と底の所で左右で持って回し合ってみたんだよ。それで気が付いたんだ。太い方が回しやすいってことに」
これを棒に括り付けてその棒を二人で回せば、かなり重い物でも引っ張れると思うとドラガンは言った。
工員たちは大喝采だったが、ザレシエは信じられんと言う顔で何度も綱を引き合った。
温泉でのあのお銚子で、どうやったらこれを思いつくというのだろう。
この発想力は尋常では無い。
今は良い。
周囲がその才能を希少と持て囃してくれている今は。
だがこの才能はいつか権力者たちにとって脅威になるかもしれない。
そうなった時には極めて危険な状況に陥りかねない。
「おおい、ザレシエ。何してるんだよ! 会議だってよ!」
少し離れた事務室の前でイボットがザレシエを手招きした。
事務室は机を壁側に押し付け、椅子だけになり急拵えの会議室となった。
一番奥に、ドラガン、ポーレ、バルタの三人。
それを取り囲むように、ザレシエ、ムイノク、アルディノ、プラマンタ、ホロデッツ、ペティア、イボット、ゾルタン。
そしてキドリーとチェビリー。
最初に会議をしたいと持ち掛けたのはキドリーだった。
これからの話を詰めたい、そうキドリーが言うとチェビリーも自分も話したい事があると言い出した。
「単刀直入に聞きたい。ポーレさん、この事業をどういう風にしていこうと考えているんだ?」
キドリーの質問の意味がポーレにはよくわからなかった。
ポーレ商会の一事業として、部材の買い付けから設置まで承ろうと思っていたとポーレは説明した。
するとキドリーだけじゃなく、チェビリーもそれはマズイだろうと指摘した。
「この施設の需要は全国の大小の港だぞ? どれだけの儲けが出るかわからないのだ。それを一漁村の一工房が一手に行うなど、この国の過去には前例が無い。官僚に目を付けられるぞ?」
具体的には法によって活動を規制される事になる。
特別指定団体という枠組みをはめられ、特別に税を徴収される事もあるだろう。
工事のたびに国の許可を得なければならないという風になるかもしれない。
「それと確実に竜産協会に睨まれる事になるだろう。そうなれば、また死人が出る事になる」
チェビリーの懸念にキドリーも頷いた。
そういう政治的な話は、集まった者の中ではポーレとバルタくらいしかわからない。
二人が困り顔をしていることで、一同はチェビリーの懸念がかなり現実的なものだということを察した。
「具体的に何か対策は思いつきますか? 我々としては儲けよりも、この件で諸侯の結びつきを強くしたいと思っているのですが」
ポーレの発言に会議場はざわついた。
この工事を政治工作に利用するなどドラガンですら思っていなかった。
君たちがそういう考えであれば話は簡単、そう言ってキドリーは微笑んだ。
「合資商会にしたらどうだろう? 合資と言っても、複数の貴族から資本を出し合って貰うだけで、君たちの活動に口出しはしない。……儲けの一部を還元してくれると出資者は喜ぶと思うがね」
当然、そうなれば出資者は出資が無駄にならないように官僚に圧力をかける。
工事の順番で揉める事にはなるかもしれないが、そこは出資者の中で決めてくれと言えば良い。
出資者以外からの依頼の場合、出資者の紹介が必要と言っておけば、社交界での出資者の立場も良くなるだろう。
「で、出資者は誰を想定してるんです? マーリナ侯、オスノヴァ侯以外に」
ポーレの問いかけにキドリーとチェビリーは顔を見合わせ笑い出した。
この事業に自分たちも混ぜろという下心はバレバレだったという事である。
「一番の出資者は間違い無くヴァーレンダー公でしょう。それとスラブータ侯も参加すると言うと思います。あとユローヴェ辺境伯は外すと怒るでしょうね」
バルタが名前を挙げていくと、ポーレ、キドリー、チェビリーは、そんなところだろうと頷いた。
「じゃあ、五諸侯の共同出資による商会を想定して動きますよ。まあ、うちには財務に明るい者が二人もいるんでね。何とかなるでしょ」
ポーレが笑い出すと、ザレシエは手で目を覆った。
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