第25話 ゾルタン
オスノヴァ川の架橋工事は二週間ほどで橋脚部分の土台の製作がほぼ終わった。
後はここから同じ要領で柱を固めていく作業に入る。
一応念の為ということで、一月ほど川の水にさらして強度をみてみようということになった。
また橋の前の流木避けも、足場を組んでその上で木槌を振り下ろしてあっさりと完成した。
一体あの何時間も文句を言われた会議は何だったのか。
オスノヴァ侯と家宰のフェルマは、この後の事を考えると頭が痛いと言い合っている。
ひとまずドラガンたち一行はエモーナ村へ帰る事になったのだった。
その前に晩餐会を催すので出席していただきたいとフェルマが申し出た。
そこに一人のセイレーンがやってきた。
そのセイレーン――エピタリオンは侯爵屋敷上空をうろうろと飛んでいて、危うく衛兵に撃ち落とされそうになっていた。
そこをたまたまアテニツァとムイノクに見つけてもらい、慌てて事情を説明し事なきを得た。
エピタリオンは涙目でアテニツァに抱き着いたのだが、アテニツァは非常に迷惑そうな顔をした。
エピタリオンのもたらした急報は、キシュヴェール地区からバルタたちの船が戻ったという内容だった。
ザレシエからちょうど明日帰るところだったと言われ、エピタリオンはじゃあ来る必要無かったし、撃ち落とされそうになる必要も無かったと憤った。
「あのなエピタリオン、侯爵屋敷の上空をうろうろしとったら、不審者や思って撃ち落とされて当然やろ! もう少しそういう礼節いうもんを学べ!」
ザレシエに頭ごなしに叱られ、エピタリオンは涙目になった。
「エピタリオン、ザレシエの言う通りだよ。危うく大事な友人をつまらない事で失うところだったよ。もう少し気を付けて貰わないと」
ザレシエに比べドラガンの言葉には温かみがあり、エピタリオンは思わず涙ぐんだ。
翌日、ドラガンたちはオスノヴァ侯の軍船に乗り、領府スタンツィアを発った。
船にはオスノヴァ侯の執事チェピリーが一緒に乗り込んでいる。
工事の様子を見て来いとフェルマから厳命されたのだそうだ。
ドラガンたちと一緒にエモーナ村へやってきたチェピリーを見てポーレは顔を引きつらせた。
うちの村はいつから辺境伯屋敷になったんだ、うちはしがない小さな漁村だぞと悪態をついた。
どうやら、マーリナ侯の執事キドリーたちもそのまま居座っているらしい。
軍船の船長や船員は、連日食事処で酒をかっくらっているのだそうだ。
金を落としてくれるのは嬉しいのだが、宿泊所がパンパンだとポーレは辟易して言った。
キドリーはうちの軍船で送っていくから、マーリナ侯の軍船には帰って貰うように言いますとチェピリーはポーレを宥めた。
「ゾルタン!!」
チェピリーとポーレが話をしている後ろで、ドラガンがそう叫んで駆け出した。
「ドラガン!! 会いたかったばい! 消息が途絶えてから、何度もドラガンん事は諦めそうになった。アリサさん事もね。ばってん族長から話ば聞いて。それでもなかなか信じられんやった」
最後に会ったのは五年も前の事だった。
ゾルタンはそれから立派な髭が伸び、ドラガンは背が伸びた。
二人はまだ信じらないという顔で、お互いの顔をじっと見つめている。
言葉もなかなか見つからない。
そこに、おいたんと叫びながらエレオノラがよたよたとした足取りでやってきた。
視線の先にはアリサが優しい目でドラガンとゾルタン、エレオノラを見つめている。
エレオノラはドラガンの目の前で躓き、四つん這いになって泣き出した。
慌ててドラガンはエレオノラを抱きかかえ、良い子にしてたかなと言ってあやした。
するとアリサの後ろから何やら見た事のあるドワーフたちが現れた。
「え? もしかしてラースロー? イヴェットとフラジーナ?」
三人はちゃんと覚えててくれたと言って大喜びした。
三人のうちの男の子がリベセン・ラースロー。
当時は九歳で、ゾルタン以上のやんちゃ坊主で、よく悪戯をして叱られていた。
年上の方の女の子はカルツァグ・イヴェット。
当時十一歳で、ドラガンやゾルタンたちよりアルレムの妹ナタリヤとよく遊んでいた。
年下の女の子はパクシュ・フラジーナ。
当時五歳で、いつもイヴェットの後ろをくっついていた印象がある。
村が無くなる直前、カーリク家に行くようにとザバリー先生に学校の裏口からこっそりと脱出させてもらった。
その後、みんなでドワーフの神社へ逃げ込み、ゾルタンに連れられドワーフ屋敷で保護されていた。
当初はティザセルメリ族長のベレメンド村への感情があまり良くなく冷遇を受けていたのだが、その後事情を知ってからは一転数少ない村の生き残りとして大切に育てられていた。
周辺の村の人間たちの襲撃で四人ともに両親を失っている。
当時五歳だったフラジーナは毎日のように、父さんに会いたい、母さんに会いたいと泣き続けていた。
そんなフラジーナを見てゾルタンは、今日から俺がお前らの兄であり父だと宣言した。
ゾルタンは族長屋敷で執事見習いとして働き始めたのだが、他三人は学生で、学校に行かねばならなかった。
家宰のエゲルに口を利いてもらい、近くの村の学校に三人は転校することになった。
ところが三人は学校で歓迎はされなかった。
毎日泣いて帰るフラジーナだったが、ゾルタンが何があったか聞いても何も答えてくれない。
それはラースローもイヴェットも同じだった。
こっそりと様子を見に行ったゾルタンは、そこでフラジーナがいじめられている光景を目にしてしまう。
その日の夜、ゾルタンはイヴェットに、妹がいじめられているのになぜ助けないのかと説教をした。
さらにラースローには、なぜ妹を体を張って守ろうとしないのかと説教した。
俺たちはたった四人の兄弟だ、助け合えなくてどうする、そう言って二人を叱責した。
その翌日、ラースローは喧嘩をしたらしく、ボロボロの服で顔中痣だらけで帰って来た。
イヴェットも所々引っ掻き傷がついていた。
ゾルタンは、良く頑張ったと二人を褒めた。
暫くし、学校の教師が家宰のエゲルを訪ねて来て、あんな乱暴者はこれ以上受け入れできないと申し入れてきた。
エゲルはゾルタンを呼び出して事情を聞いた。
するとゾルタンは教師を睨みつけて言った。
「『金ば持ち逃げした村ん捨て子』、そげん風に紹介されりゃあ、誰だって暴れとうなるちゅうもんやなかと?」
エゲルは、どういう事かとその人間の教師を問い詰めた。
黙ってしまった教師を部屋に残し、エゲルは執事に村長と首長を呼びに行かせた。
エゲルは二人に事情を説明し、どういうことかと尋ねた。
すると村長は首長からそういう風に聞いたと言って居直ったのだった。
まさかのドワーフの首長が原因という予想だにしていなかった事態に、ティザセルメリとエゲルは頭を抱えた。
ティザセルメリは意を決しすくっと立ち上がった。
「私にも原因がある。かくなる上は、私がしばらく学校ば見学することで事ん鎮静ば図ろう」
ティザセルメリがわざわざ学校に来てフラジーナたちを見守ったことで、ドワーフの子供たちにも、この子たちは蔑む対象ではないという事がわかったらしい。
そこからフラジーナたちは、毎日楽しく学校に通うことができるようになった。
イヴェットは学校を卒業するとティザセルメリの娘の侍女になった。
ラースローも族長屋敷で警護隊の見習い隊員として、日々武芸の鍛錬を積んでいた。
だが先日、突然ゾルタンが地区を離れると言い出した。
族長の許可も得た、お前たちはどうしたいと尋ねた。
三人の返答は一つであった。
「兄弟はいつも一緒ばい!」
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