第18話 奸計
族長の帰りを、一日中会議をしながらじっと待ち続けている。
三人の首長はあまり緘口を敷かず、各村の首長にある程度の情報を流している。
首長にはそれなりに分別のあるものが就いているので、情報を流せば各々でしっかりと対処を検討してくれるからである。
族長の屋敷には、各村から様々な情報が寄せられる事になった。
その多くは単なる情報の一つや、噂話程度のもの、既に得ている情報であった。
だがその中の一つ、リベジレ村からの報告に三人の首長は目を疑った。
あくまで村人の昔話、そういう情報ではあった。
竜産協会の営業がベルベシュティ地区を回っているのは多くの人が知っている。
彼らは材木工房に行き竜の状況を確認している。
その後で必ず溜池に寄るようにしている。
どこの村でも同様の行動をしている。
その話は最近の話では無く何十年も昔の話らしい。
村の長老の話によると、最初は溜池の中を消毒する薬を持ってきたと言っていたのだそうだ。
その薬を溜池に入れると、確かにそれまで夏場に大量発生していた蚊の発生が抑えられた。
だがそこから竜が病気で亡くなる事が多くなったらしい。
亡くなった竜は竜産協会が引き取っていくので死因などはわからない。
竜は国家の資産とされていて『竜の購入』と言っても所有権は竜産協会が有しており、実質賃貸なのである。
竜は亡くなってもありとあらゆる部位が薬や工芸品の素材になり高額で売却される。
もし各村で勝手に処分したとなれば、高額な賠償金を取られる上に法律違反で罰せられる事になっている。
この話を長老から聞いていたリベジレ村のチェルニカ首長は昔話の一つとして処理していた。
ドラガンが村に来た時に、ロハティンで何があったのか色々と話を聞く機会があった。
その時、何かチェルニカの中に引っかかるものがあった。
先日食事をしている時に、ふとこの噂話を思い出したのだった。
この話、何か既視感が無いだろうかと手紙は締めていた。
手紙を読んだバラネシュティ首長は、すぐにロハティンの竜窃盗事件の手口を思い出した。
三人の首長の連名で、竜産協会の営業が来た際には監視を付けろと各村々に通達される事になった。
通達を出した翌日の事であった。
ベルベシュティ地区に一人のセイレーンが舞い降りてきた。
セイレーンは大陸の五つの亜人種の一つで、大陸北東部、海府アルシュタの南『ペンタロフォ地区』というところを拠点としている。
有翼の種族で、普段はベスメルチャ連峰の北東の麓『ペンタロフォの森』を居住地としている。
ドワーフ、エルフ、サファグンは西府ロハティンを活動の拠点にしていて、アバンハードやアルシュタに行く者はあまりいない。
それと同様にセイレーンは、アルシュタかアバンハードを拠点にしている者が多く、あまりロハティンには寄り付いていない。
セイレーンの住むペンタロフォ地区は、土地が恐ろしく痩せていて麦が上手く育たない。
さらに周囲には毒の沼地が多く農地にできる場所も非常に狭い。
セイレーンたちは、粟や黍、蕎麦といった比較的痩せた土地でも育つ物を主食としている。
だが他の地区同様、地区には人間たちも住んでおり、物資の多くをアルシュタからの輸入に頼っている。
その為、経済状態はお世辞にも良いとは言えない。
若者の多くは成人するとアバンハードやアルシュタへ行き飛脚業に従事する者が多い。
空を飛べるセイレーンは配達作業にうってつけなのである。
優秀なセイレーンの中には貴族のお抱えとなっている者がいて、中でも優秀な者はアバンハードの貴族屋敷に専属の伝令として仕えている。
そういう者は武芸にも優れている。
アバンハードのエルフ屋敷にも専属のセイレーンがいる。
普段は執事として高所作業に従事していて、急な伝令の際には飛脚となる。
ところが今回来たのは、その専属のセイレーンでは無く別のセイレーンだった。
体のいたる所を怪我をしており、肝心の翼にも何本か矢が刺さっている。
セイレーンの青年は屋敷が見えると、安心して意識を失ったらしい。
木の枝に引っかかっているところを近所の村人が見つけ出してくれた。
幸い致命傷となる怪我は無く、すぐに村の医師が手当てを施した。
目を覚ましたセイレーンの青年は、族長屋敷に行かなくてはと、包帯だらけの体で病床から出ようとした。
医者は必死に止めるのだが、セイレーンの青年は一刻を争う話だと言って聞かない。
医師はエルフの首長にその旨を報告した。
首長は族長の屋敷に行き、三人の首長と家宰ミオヴェニを村に呼んだのだった。
病床のセイレーンが語った話は驚愕の内容だった。
議会中に倒れた国王ユーリー二世は、床に横たわった状態で貴族のお見舞いを受け続ける事になった。
傍らには常に王妃エリナ、宰相ホストメル侯、王太子レオニードが立っていた。
王妃エレナの弟はオラーネ侯で竜産協会の理事長をしている人物である。
その三人が病室にいるという情報は、アバンハードのエルフ屋敷にも入ってきている。
リュタリー辺境伯が先に見舞いに行っており、くれぐれも注意しろと忠告してくれていたからである。
ドロバンツ族長は、アバンハードに到着してすぐにお見舞いの面会申請をした。
だがその日結局、面会の日取りを知らせる使者は来なかった。
翌日も昼過ぎまで待ったが使者は来ず、もしや国王の容体が急変したのではと心配したドロバンツは、王宮に使者を出し状況を確認させた。
使者は激怒して帰って来た。
面会の申請を紛失していたと言われたらしい。
明朝、一番で枠を空けるのでそこで来て欲しいと言われたのだそうだ。
翌朝、ドロバンツは、朝早くから見舞いの品を手に執事と共に王宮に向かった。
その時点でドロバンツは何か不穏なものを感じていたらしい。
共に連れてきた近衛隊長を執事という事にし、執事には屋敷に帰るように指示した。
何かあったらセイレーンを飛ばし真っ先に郷に知らせるようにと言い残した。
ドロバンツの不安は的中していた。
ホストメル侯の執事に国王の病室に通されたのだが、そこにはただユーリー王がベッドで横になっているだけで誰もいない。
近寄ると、ユーリー王は目を大きく開き口を開けて苦しそうな顔で固まっていた。
誰か人を呼ばねば、そう思ってドアに手をかけようとしたところに王妃エリナが入って来た。
エリナは夫の亡骸を見て金切り声をあげた。
その声を聴いたホストメル侯とブラホダトネ公がすぐに駆け付けて来た。
ドロバンツは国王暗殺の大罪人として、その場で拘束の命が出されることになった。
ドロバンツと近衛隊長は必死に逃げようと試みた。
だが入口を宮廷警護隊に塞がれてしまっている。
二人は王宮の二階に逃げた。
そんな状況でもドロバンツはかなり冷静で、逃げ込んだ先は歴代国王の肖像画の展示された部屋。
さすがの彼らでも歴代国王の前で荒事はできまいと考えたのだ。
だがホストメル侯は宮廷警護隊に構わず矢を射かけろと命じた。
追い詰められた二人は、ひと際大きな初代国王フセヴォロドの肖像画の前に立った。
ホストメル侯の撃ての掛け声に、宮廷警護隊は一斉に矢を射かけた。
二人は初代国王の肖像画に縫い付けられるように、全身に矢を受け絶命した。
この惨劇に参加した宮廷警備隊にピドゥリッシャという者がいた。
ピドゥリッシャは、ホストメル侯の命には従ったものの、あまりにも無法が過ぎると有力貴族の一人に報告をした。
相談した相手はアルシュタ総督のヴァーレンダー公。
ヴァーレンダー公はベルベシュティ地区のエルフの族長屋敷に知らせねばと、すぐにプラマンタという一人の青年セイレーンを呼び出した。
本来であれば何かしら書状を持たせるものだが、書状を奪われると自分の身が危うくなる恐れがある。
そこでプラマンタに話を覚えろと何度も同じ話をし、これを伝えろと言い聞かせた。
さらに、アバンハードの外にはセイレーンを狙っている弓兵が待ち受けているから、撃ち落されないように気を付けろと言い含めた。
すぐにプラマンタは出立しようとしたのだが、エルフの屋敷のセイレーンが出立した後に行くのが良いと執事から献策を受けた。
国王崩御の報は、多くの貴族がセイレーンを自分の領地に飛ばして知らせるだろうから、そこに紛れさせた方が安全という事だった。
翌朝、西に向け飛び立とうとしたほとんどのセイレーンが射落され命を散らした。
プラマンタは撃ち落されないように、街の東から出撃し東に進路を取るように見せてから、ベスメルチャ連峰目掛けて北に飛んだ。
それでも街の西側に近づくと発見され、執拗に狙撃を受けた。
何とか木々すれすれの高さを飛び、ベルベシュティの森を西に抜けた。
ホストメル公爵領でも、集落のあるような場所からはかなり離れたところまで飛んだ。
さすがに疲労も限界で森の中の木の上で一旦休憩をする事にした。
ところがそこで突然矢を射かけられてしまった。
そのうちの何本かは翼に命中。
こんなとこに村なんてあるはず無いのにどうして?
プラマンタは矢の刺さった翼を必死に動かし、西へ西へと全力で飛んだ。
森の中を凄い速さでしつこく追ってくる者がいる。
それも複数。
すると目の前に集落の煙が見えた。
それと共に追撃も止んだ。
プラマンタは安堵から、墜落するようにその村目掛けて高度を落としたのだった。
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