第17話 協議

 中々アバンハードからドロバンツ族長が戻らない。

すでに帰還の予定を五日過ぎている。



 貴族や貴人は『家宰』という当主の側近とも言うべき執事を雇っている。

統治の相談以外にも家族の事の相談にも応じている当主専属の相談役とでもいうべき存在である。

当主が外出する時には、家宰は何かあった時の為に屋敷で待機している。


 ドロバンツも家宰ミオヴェニを屋敷で待機させ、執事と近衛隊長を付き従え、護衛もそれなりの人数引き連れて行った。

旅の人数としては結構な人数となる。

その為、竜車もそれなりの大きさのもの二台で行っている。


 それだけの人数を従えている為、もし何かあったのだとしても襲撃や暗殺という事は考えにくい。

そもそも最初から族長はそういった事態を想定しており、用心に用心を重ねているはずである。

しかも剣の腕前もなかなかに達者である。


 可能性としては拘束。

ただし無碍に扱えば部族全部が武器を取る事になり、そうなれば他の部族も同調する可能性が高い。

これも一貴族が行うにはあまりにもリスクが高いだろう。

そう考えれば弑されたとは少し考えづらく、ただ単に向こうの出立が遅れているだけと考えるのが普通だとは思う。


 だがミオヴェニは、どうにも胸騒ぎがした。

当然、背景にはリュタリー辺境伯とスラブータ侯の事があった。

ミオヴェニは何人かの首長に招集をかけ不測の事態に備える事にしたのだった。




 ミオヴェニは招集した首長三人に現状を報告した。

万が一を考えての事で、まだ何かあったと決まったわけではない。

その上で、何かあった時の為に念のために来てもらったとミオヴェニは言った。


 三人の首長の一人はバラネシュティ首長。

残る二人は、以前ドラガンが井戸を掘ったリベジレ村のモルドヴィツァ首長とコシュネア村のオストロフ首長だった。

三人はお互い挨拶を交わすと早速会議に入った。


 三人の考えは一致しており、情報を少しでも多く集める必要があるであった。

現状では噂程度のぼんやりとした情報しか集められていない。

特に重要なのはアバンハードの状況である。


 では具体的にどうするか?

色々話し合った結果、各村の万事屋に依頼をし冒険者を募り四組に別けてアバンハードの情報収取をしてもらおうという事になった。


 それと、最悪の事態も想定しておくべきという意見も一致した。

エルフは弓を得物とする者が多い。

その為、各村々に矢を大量に備えておくよう指示を出す事にした。

エルフたちであれば、この指示だけである程度の状況を把握し独自に準備を行うであろう。



 翌日、モルドヴィツァとオストロフは、リュタリー辺境伯の家督争いをしている二人の元に出向いた。

状況が状況である、早急な和解を要請したのだ。

ただエルフだけで行っても相手にはしてもらえないので、それぞれの村の村長にも同行をお願いした。

そこで二人の首長は、リュタリー辺境伯が毒殺である事と、家督争いがボヤルカ辺境伯の策である事を知った。


 ミオヴェニとバラネシュティはその報告を受けて、恐らくボヤルカ辺境伯は決死の覚悟でアバンハードへ向かったのだろうと察した。

戻れなかった時のその後の事を事細かに家宰に命じてから出立したのだろう。

だとすると族長の事も覚悟をしないといけないだろう。




 数日後、スラブータ侯を暫定で継いだセルヒーから、エルフの族長、ボヤルカ辺境伯、リュタリー辺境伯宛てに手紙が送られて来た。

ミオヴェニが内容を確認すると、そこには新市場建設計画の中止を決断したという内容が書かれていた。

手紙によると、市場の機能を移転しても赤字にあえぐ未来が目に見えており、強行したとしてもロハティンと共倒れになるか、当方が赤字を補填しなくてはならなくなるという事だった。


 恐らく既にロハティン総督はスラブータ侯の抱き込みに入っている、文面からはそう察せられた。

アバンハードに派遣した冒険者が戻らないと何とも言えないが、この手紙だけでも、ロハティン総督は新市場建設計画の後ろに誰がいるかを知っている可能性が非常に高いと考えられるだろう。

今後の対応をどうしていくか四人の会議は紛糾した。


「守勢に回って後手後手に回るんは、あまり芳しうはないやろうな」


 モルドヴィツァはこの屋敷に来て何杯目かのコーヒーを飲んだ。


「そうやけども、攻勢に出たら今度は行商が危険になってまうで?」


 オストロフも、モルドヴィツァの言う事に納得はしながらも、村民の事を思うと中々首を縦に振れないところであった。


「そうなったらうちらは干し殺しになってまうな」


「村長の話によると、公安の嫌がらせが徐々に酷なってるらしいで」


 モルドヴィツァとオストロフの話を、ミオヴェニとバラネシュティは非常に険しい顔で聞いている。

場合によっては行商の中止も検討せねばならんとミオヴェニが言うと、それは極めて難しい話だとオストロフは憤った。


「物を作るのに行商からの仕入れを前提にしとる者がおるんやで? 例え暫く地区内の流通で賄うんやとしてもや、その者は生活の術を失ってまう事になるんやで?」


 バラネシュティの指摘に、ミオヴェニは確かにその通りだと頷いた。

だからと言ってロハティンに迎合など真っ平御免、そこについては四人の意見は一致している。




 族長屋敷で四人のエルフが現状への対応を検討していた頃、ちょっとした出来事があった。


 ベルベシュティ地区では竜を材木の運搬に活用している。

竜は竜車用と同様四足歩行のものだが、力仕事なため一回り体躯が大きい。


 キシュベール地区でも、採掘した鉱石の運搬に竜を使用していた。

薄暗い洞窟の中を何度も往復させるため、少ない頭数では竜の寿命が短くなってしまう。

そこで、毎回竜を入れ替えながら運搬に従事させていた。


 ベルベシュティ地区は野外での作業であり、キシュベール地区ほど過酷な作業ではない。

にもかかわらず、これまで竜の寿命はキシュベール地区の竜の半分くらいであった。

理由は非常に明快で、溜池の腐った水を飲んでいて体調を崩す竜が多かったのである。


 竜は人間やエルフほど軟ではない。

ちょっと水が腐っている程度や、ちょっと毒蟲に刺された程度では体調を崩したりはしない。

だがそれが毎日、さらに飼料にもとなると話は変わる。

徐々に体力を奪われ、最後は力尽きてしまう。


 そのような事情の為、ロハティンから定期的に竜産協会の営業が両地区を訪ねている。

各村々を回り竜の注文を聞いていくのである。

ベルベシュティ地区で全ての注文を聞き終えると、次はキシュベール地区に向かい、そちらも注文を聞き終えると一旦ロハティンの支部へ戻る。

注文をランチョ村へ送り竜を用意してもらい、それぞれキシュベール地区とベルベシュティ地区へ別々に配送部隊を派遣する。



 いつものように、竜産協会の営業は竜の注文を聞きに来た。

半分ほど村を回ったところで営業はあからさまに注文が少ない事を不審がった。


 次の村で営業は、世間話のように竜の注文が少ないという話をした。

すると、よくはわからないがエルフたちが溜池を綺麗にしてから竜があまり体調を崩さなくなったという話を聞いた。


 溜池を見に行くと、確かに非常に綺麗な水が流れている。

この水はどこから引いているのか近くにいた村人に尋ねた。

近くの川から直接引いていると言われたが、近くの川はここからかなり離れた場所にある。

どう考えても水路も無しに引ける距離ではない。


 竜産協会の営業は営業活動を中止し急いでロハティンに戻った。

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