第48話 戦況報告

 ロハティンにしか退路がない。


 それは敵の増援が自分たちが進軍して来た方角からやってきた事で兵士全員が感じた事であった。

空軍だけであれば、強行突破してきたかもという淡い期待もできたであろう。

だが、その後ろから陸軍もやってきているのが見えた。


 兵たちはゾロテ・キッツェの東、ベルベシュティの森を通り抜け、西街道を北に潰走していった。




 スラブータ侯爵領防衛成功の報は、直ちにアバンハードの宰相執務室に届けられる事になった。

そこから遅れる事五日。

ユローヴェ辺境伯領防衛成功の報が届き、さらにその二日後にはマロリタ侯爵領接収の報も届いた。


 あれほど悪かった戦況は、プリモシュテン沖の海戦の勝利を機に一気に好転したのだった。


 もはや敵の拠点は西府ロハティンを残すのみ。

だがヴァーレンダー公は、ユローヴェ辺境伯たちにも、マロリタ侯たちにも、包囲のみにして自分が行くまで何があっても力攻めしてはならないと厳命したのだった。




 翌日、ヴァーレンダー公は臨時で摂政となっている王太子グレゴリーに謁見した。

ヴァーレンダー公はここまでの戦況を報告すると、西府ロハティン攻略の指揮を執るためアバンハードを立つと報告した。

ただ恐らく自分がいなくなると必ずやおかしな行動を起こす者が出る。

そこで当座の側近としてボヤルカ辺境伯を、グレゴリー卿の護衛としてレヤ辺境伯を、宮廷警護にハイ辺境伯を任命していく。


 ルガフシーナ地区の二人の辺境伯の兵は既にアバンハードに入っているし、間もなくペンタロフォ地区の二人の辺境伯の軍もアバンハード入りする。

アバンハードの防衛に関してはそれで問題は無いと考える。


「後任人事の方は進んでおるのか? 今回の件で諸侯に空きがでているであろう」


 今の話ではなく次の話をする。

父と違ってよくできた人だとヴァーレンダー公は感じた。


「ホストメル侯、オラーネ侯、マロリタ侯、ベレストック辺境伯、空白となったのはその四諸侯です。今回の件で侯爵は辺境伯を昇格させるとして、それでも四つ……いやドゥブノ辺境伯を入れて五つの席が空きます」


 そこまで聞いたグレゴリー卿はロハティンはどうするのかと尋ねた。


「ブラホダトネ公にちゃんと立て直しをさせます。でないと王族の威信に関わりますから。家宰については、誰か適任と思う者を私が推挙いたしましょう」


 確かに王族が民を見捨てて逃げ帰ったとなっては今後の統治にも支障をきたすかもしれない。

解放後に全ては家宰のやった事として復興に尽力すれば、もちろん結果次第ではあるが逆に評価を得る事もできるかもしれない。


「竜産協会の方はどうする気か? 拘束者が多数出ていると聞き及ぶが?」


 それについてはヴァーレンダー公も実はかなり悩んだ。

本社にいた者たちは反乱罪として禁固刑もしくは極刑が妥当だと法ではなっている。

だが、いかんせん人数が多すぎるのだ。


「協会は一旦解散いたします。以降の生産は民間に委ねるつもりです。それと拘束されている者たちですが、東街道を整備するための強制労働に駆り出そうかと考えています」


 罪に対し目に見える罰をしっかりと与える事、それが無ければ遺族は納得しない。

犯罪者が法を犯しても罰せられないのであれば被害者が私刑を与えるしかなくなる。

ドラガンの言葉をヴァーレンダー公はあの後からじっくりと考えていた。

そこで出た答えがそれであった。



「先ほどドゥブノ辺境伯も空白と言っていたが何があったのか? 此度の件で何か不手際でもあったのか?」


 グレゴリー卿はここまでドゥブノ辺境伯の件を一切耳にしていなかったらしい。

ヴァーレンダー公はここまでの経緯をグレゴリー卿に説明した。

先代のアナトリー卿が重税を課し民衆反乱を招いた事、ユローヴェ辺境伯の後見で今のビタリー卿が爵位を継承した事、ビタリー卿が幽閉されていたアナトリー卿を殺害し家宰を追放した事、そして再度民衆に重税を課し住民の離反を招いている事。


「此度の反乱鎮圧には全ての諸侯が持てる全てを繰り出し対応しております。ただ一人ドゥブノ辺境伯を除いて。報告によれば、兵を出してはきたのですが一軍というより一隊という兵数であったと」


 国法では住民反乱を起こされた領主は改易となっている。

何故アナトリー卿の時に国法が執行されなかったのか、グレゴリー卿はそれが気になった。

グレゴリー卿もこれまで教育を受け、そうした改易がこれまで行われた事が無いと言う事は知っている。

教育係はそれを諸侯の善政の賜物だと言っていた。

だが、グレゴリー卿は長い歴史の中、そんな善政を行う者ばかりなはずが無いと疑問に思っていたのだ。


「事を収めたユローヴェ辺境伯は、住民反乱ではなく抗議と言う事で片付けたようです。ただし、騒ぎを起こしてしまったのだから両者共に罰を与え、アナトリー卿は幽閉、反乱の首謀者たちは蟄居に処したと」


 これまでもこのような事があった場合、周辺の諸侯が仲裁に入って穏便に事を収めてきた。

それでも住民が納得いかないと言う時は、国家に対する謀反として鎮圧してきた。

だから国法で決められた改易は一度も実施されていない。


「そうやって市民を虐げた仲裁者もいるのであろうな。何の為に国法にあの条文があると思っているのか。領民を慈しんで感謝されるような統治を心掛けさせる為と言う事が何故わからないのか……」


 グレゴリー卿は椅子から立ち上がり拳を握りしめた。


「この国には長きにわたる統治で膿が溜まりきっている。今の反乱が鎮圧されたら、此度の件を奇貨として一から見直しをかけよう。聖域無く全てにおいて。民が安んじて暮らせるような、そんな王国に作り変えて行こう」


 グレゴリー卿はつかつかとヴァーレンダー公の前に歩み寄った。


「ヴァーレンダー公、恐らく貴公の才に頼るところは大きくなるだろう。帰ったらそなたの考える国の形も聞かせてくれ。私も私でそれまで色々と考えてみるゆえ。だから無事に帰って来い」


 ヴァーレンダー公は片膝をついて仰々しく礼をした。




 ロハティン市が作られてから、これまで一度も閉じた事の無い門が閉じられようとしている。

門と言っても扉があるわけでは無い。

街と西街道の間に跳ね橋がかかっている。

その跳ね橋が上げられたのだった。


 オラーネ侯たちの軍、それに次いでロハティン軍の敗残兵が続々とロハティンに逃げ込んできた。

その報を聞いた家宰ヴィヴシアは街の門を閉める準備をしろと命じた。

以降、何人たりとも街から出る事は許可しないと。


 門を閉めようとしたところにマロリタ侯爵軍が、マロリタ侯、家宰のルサコフカと共に逃げ込んできた。


 ロハティンの門が閉じられるという報はロハティン市民の間にあっという間に知れ渡り、街の門では、入ってこようとするマロリタ侯爵軍と、街を逃げ出そうとする市民たち、その市民たちを遮ろうとする警察でごった返していた。

そこに外から討伐を終えて戻った冒険者たちが加わった。


 もはや街の出口は収集が付かないといった有様であった。

そのごたごたの中、討伐を終えて帰って来た七人の男がロハティンに忍び込んだのだった。

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