第49話 潜入
”もし無事にロハティンに忍び込む事ができたら、街の北西、防御壁近くにあるぼろぼろの建物を目指して。そこはサファグンの学校で、そこにおるヴェトリノという先生を訪ねて欲しいの”
アルサという名を出せばきっと力になってくれるから。
そうフリスティナはポーレたちに言っていた。
サファグンの学校を訪ねる事については特に問題はない。
問題はその場所である。
そこに辿り着くまでには、いくつもの危険な施設の近くを通らないといけない。
以前であれば横貫道路は行商隊とその商店で賑わっていた。
だがロハティンの街は、もう行商が来なくなって久しい。
横貫道路は兵隊や警察が頻繁に見回りをしており、市民はただそこを通るという目的のためだけに利用している状況である。
大陸最大の商業都市は見る影もなく錆びついている。
そこに怪しげな七人組がウロチョロしたらすぐに拘束されてしまうだろう。
冒険者として潜り込む、そこまでは良い。
問題はその後なのである。
とりあえずポーレたちは行商の待機宿に向かった。
さすがに待機宿を使う事はできないが、建物の裏手で着替えくらいはできるだろうと考えていた。
ところが区画に一歩足を踏み入れ、すぐに逃げ出した。
行商の待機宿はロハティン防衛のための武器庫になっていたのだった。
大量の矢と替えの武器、医療品などが所狭しと置かれていた。
”もし困ったら街の北東にある竜の放牧場に向かえ。そこは周囲を木に囲まれているから隠れる事くらいならできるはずだ”
マイオリーが言っていた。
実はそこの一角の防御壁が崩れている。
ちょうど人一人が通り抜けられる程度に。
七人はとりあえず放牧場を目指す事になった。
七人まとまってだと目立つので、二人、二人、三人に別れて。
ロハティンに来るまでの道中、色々な事を話し合ってここまで来た。
この組み分けも、ロハティンに入った時点ですぐに行動できるようにと最初から決めてある。
ザレシエとアテニツァ、ポーレとマクレシュ、チェレモシュネとタロヴァヤとアルテム。
それぞれバラバラに牧場を目指した。
七人は色々と冒険者に見えるように工夫はしている。
大きな背負い袋は実際にエニサラやロズソシャたちが使っていた物を譲り受けてきたし、山に大ミミズや巨大ねずみの討伐にも行き、カニウとロタシュエウから徹底的に冒険者としての手ほどきを受けてきている。
冒険者に見えるための一番は武器と背負い袋。
汚れた服も着ているとなお良し。
逆に言えば、それを隠してしまえば一般市民に見えると言う事である。
ただ一点問題がある。
七人のうち四人の得物が長柄なのである。
ザレシエの合成弓、ポーレの打刀、タロヴァヤの幅広刀、普段武器を携行していても怪しまれなさそうなのはその三人。
もしかしたらザレシエの合成弓だって怪しいものである。
つまり、普段は使い慣れない短い剣や刀を武器としていなければならないと言う事である。
実はそれも想定済みだったりはしている。
ここに来るまで、マクレシュとアテニツァは『マクレシュ流体術』という武芸を基礎から五人に叩きこんでいる。
ザレシエが未だに微妙なのだが、他四人はそれなりに体得した。
武器の間合いを見切る、足捌きで敵の動きを避ける、小さな力で敵の武器の軌道を変える、敵の力を利用して敵を攻撃する。
この四つを基礎とした『マクレシュ流体術』は、完璧に体得できれば、その辺の箒を使っても武装した兵と互角以上に戦う事が出来る。
これまでの『武器が体の一部になるまでとりあえず振り続けろ』という鍛錬法とは、根本的に思想のようなものが大きく異なる『マクレシュ流体術』は、要人護衛で各国に雇われたトロルたちによって徐々にだが門下生を増やしている。
「マクレシュさん。うちらは居住区の一番東を通りましょう。どうせやったら防御壁周辺がどうなってるんかを見ておきたいんです」
ザレシエとマクレシュは少し速足で街の東の端の通りを進んだ。
この街ではトロルは非常に珍しい。
そんなトロルが二人もいたら嫌でも目立ってしまう。
身長に関してはちょっと背の高い人間だと誤魔化しも効くだろう。
特徴的な毛深さも服をちゃんと着込めば問題は無い。
問題はその耳である。
トロルは他の種族より少し耳が高い位置に付いていて、長い耳が下を向いている。
どうにも誤魔化しが効かない為、耳まですっぽりと隠せる頭巾を被ってもらっている。
ザレシエとマクレシュはなるべく怪しまれないように、ちらちらと横目で見るように防御壁の横の道を歩いた。
防御壁は補修の跡があちこちにあり、急場で弓を撃つための櫓と櫓間を移動するための足場が組まれている。
徹底した籠城戦の構えである。
籠城戦というのは消耗戦の最後の形である。
包囲している方の食料が尽きるか、籠城側の援軍に敗北すれば包囲側の負け。
逆に籠城側が耐え切れなくなるか、防御壁を超えて雪崩れ込まれたら籠城側の負けである。
だが、ここは大都市ロハティン。
戦闘員にならない市民が多数住んでいる。
市民も籠城側の食料を食い尽くしていくのだ。
しかも市民からしたら別に今の統治者を助けるいわれがない。
反乱を起こされたらそこで終わりなのである。
だとすると彼らが待っているのは恐らくは援軍の方であろう。
だがここまで大きな敗戦を積み重ねており、もう大陸内にロハティンの味方はいない。
では、援軍はどこから?
恐らくは海の向こうの大陸から大量のグレムリンがやってくる。
そうなる前に中心人物を全て殺害し街を解放しておかねばならない。
そんな事を考えながらザレシエは牧場へと向かった。
残念ながらマイオリーが教えてくれた牧場の情報は、何一つ役には立たなかった。
牧場は街の防御壁から出っ張った位置にあった。
そのせいで兵の詰所と櫓が建てられてしまっていて、完全に迎撃拠点に作り変えられていたのだった。
家の物陰に隠れて元牧場であった場所を見ていたザレシエは何者かに腕を引かれた。
ギクリとして振り返るとタロヴァヤであった。
ここに来るまでにタロヴァヤたちは一件の空き家を見つけている。
そこに全員集まっているとの事であった。
ザレシエたちは一旦その空き家に身を潜める事にしたのだった。
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