第50話 ボロ屋

 空き家に隠れた七人であったが、いつまでもこうしてここにいるわけにはいかない。

空き家におっさんが七人も突然住み始めたら近所の住民は不審に思うし、警察を呼ばれでもしたら一巻の終わりである。


 できれば早急にサファグンの学校に誰かしらを派遣する必要がある。


「ザレシエが適任なんだろうが、如何せん敵中突破できるほど武芸に明るくねえしなあ」


 若干物言いに引っかかる部分があるものの、悔しいがチェレモシュネの言う通りである。

ザレシエもそこは引き下がらざるをえない。


「一人はポーレさんで決まりですね。チェレモシュネさんたちでは信用されへんでしょうから」


 ザレシエの言葉にカチンと来たチェレモシュネとタロヴァヤはどういう意味だとザレシエを問い詰めた。

だがすぐに喧嘩してる場合かとポーレとマクレシュに叱られ、三人はしゅんとなってしまった。


「アテニツァに一緒に来てもらうよ。マクレシュさんにはザレシエたちが喧嘩しないように目を光らせておいてもらわないと」


 ポーレがチクリと言うとアルテムが笑い出した。




 現在いる空き家からサファグンの学校まで危険な建物が二つある。

北の鎮台と北の警察屯所である。

ここを避けようとすれば、防御壁近くを進む事になり、それはそれで怪しまれてしまうかもしれない。


 なるべく何食わぬ顔で。

極力平静を装って。


 鎮台を通り抜け、南北の通りを抜け、屯所の近くを抜け、学府に辿り着いた所で二人は少し緊張を解いた。

ここまで来れば後はサファグンの学校を探すだけ。


 だだっ広いだけで人がおらず、がらんとしてしまっている学府の周囲を歩いていると、ふいにアテニツァがもしかしてあれじゃないだろうかと指を差した。


 学校というにはあまりにも粗末。

所々壁板が腐って剥がれ、窓の木枠もボロボロ。

校庭などは無く申し訳程度に空き地が付いている。

この感じだと雨が降るたびに建物の中が大変な事になっているだろう。


 そのボロボロの校舎の隣に同じくらいボロボロの家が隣接している。

ポーレはアテニツァを残し、恐る恐ると言う感じてその家に向かった。


 ドアもボロボロで呼び鈴すらない。

本当にここに人がいるのか若干不安になってくる。

まるでエモーナ村の時の住人が逃げた後の手入れされていない空き家のよう。


 奥から幼い子供の声が聞こえる。

ポーレはその声のする方に近づいて行った。

どうやらこのボロ家には裏庭があるらしい。

女性の声と複数の小さな子供の声が聞こえる。


 ポーレは裏庭を隠している板の上から裏庭を覗き込んだ。

思わず庭にいる女性と目が合ってしまった。


「きゃああああ」


 裏庭から金切り声が響き渡った。


 裏庭では若い女性サファグンが幼いサファグン三人と湯浴みをしていたのだった。


 ポーレは思わずその場から逃げ出した。

だが少し逃げた所で当初の目的を思い出し、玄関前で待つ事にしたのだった。


 暫く待っていると戸が開き、先ほどのサファグンが顔を出す。

もちろんちゃんと服を着ている。


「あの……」


 そう言っただけでぴしゃりと戸を閉められてしまった。

ポーレは痛恨という顔をすると大きく深呼吸した。


「ヴェトリノ先生という方に用があって来たのですが、どちらにおられるかご存知ありませんでしょうか?」


 家の中はシンと静まり物音も聞こえない。

恐らく自分が立ち去るのをじっと待っているのだろう。

ポーレはもう一度大きく深呼吸をした。


「フリスティナの紹介で参りました。リュドミラの知り合いでポーレと言います。『モレイ・ボガットの導きにより』」


 『モレイ・ボガットの導きにより』と言った瞬間戸ががらりと開いた。

中から先ほどの女性がかなり驚いた顔をして飛び出してきた。


「え? フリスティナ? あなたげにフリスティナの知り合いなん?」


 ポーレはこくりと頷くと、フリスティナからヴェトリノ先生ならきっと力になってくれると聞いてきたと伝えた。


「そうですか……フリスティナが……で、今フリスティナはどちらに? 姿を見せんようなって、ずいぶんになるけど」


 サファグンの女性は悩まし気な顔でポーレを見る。

だがポーレは先ほどの湯浴みが脳内にちらついてしまっていて、どうにも目の前の女性をしっかりと見れないのであった。


「今はプリモシュテン市にいます。以前、ヴァーレンダー公がこの街に来て誘拐された女性や子供たちを救出した際、それを手伝って一緒に」


 サファグンの女性はこんなところでは何なのでと、とりあえず家にあがるようにポーレに言った。

ポーレは連れがいるからとアテニツァを手招きした。


「それで、ヴェトリノ先生はどちらに?」


 ポーレの問いにサファグンの女性はくすくすと笑い出した。


「目の前におるじゃないですか。うちがソフィア・ヴェトリノです」


 正直、ポーレはもっとずっと年配の老婆のような人物を想像していた。

きっとこのサファグンの女性はヴェトリノ先生という方の孫か何かだろうと思っていた。


 サファグン特有の波がかった髪は菜の花のように透き通る薄黄色。

細身の体ではあるが中々に良いスタイルをしている。

背は少し小さめだが脚がすらりと長い。


 ヴェトリノは三人の子供たちに自分の部屋に行っていなさいと促し、客間にポーレとアテニツァを通した。

実はまだ連れが他に五人いると言う事を伝えると、ヴェトリノはかなり困り顔をした。


「この通り狭いボロ家じゃけぇ、正直言うてそがいにお泊めできるほど余裕がないんですよね」


 ヴェトリノは少し考えると、そうだと言って手を打ちポーレたちを学校へ案内した。

その中のひと部屋に連れて行き、暫くはここを自由に使ってくれと空いた教室をあてがったのだった。



「色々と聞きたい事はあるんじゃけど、全ては夕飯の後にしましょう。夕飯の食材を買うてくるね」


 七人分も何を作ろうと言って、ヴェトリノは少しはしゃぎ気味に買い物に出かけて行った。

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