第51話 ヴェトリノ

 夕飯は学校前の小さな小さな校庭で鍋でスープを煮て、その火で塩漬け肉を炙り、パンと共に食べた。




 七人は学校に集まると自分たちがここに来た目的をヴェトリノに話し協力を仰ぎたいと要請。

ヴェトリノはとりあえず話は伺いましたから、まずは食事の準備をしてきますと言って校庭に向かって行ったのだった。


 その間、アルテムとアテニツァは子供たちの面倒をみていた。

健気にもヴェトリノの食事の支度を手伝おうとする子供たちに感銘を受け、アルテムとアテニツァは子供たちとヴェトリノを手伝った。


 食事を作っている間、チェレモシュネはタロヴァヤと周囲をキョロキョロとうかがっていた。

誰か人に見られて不審に思われたら何かとやりにくくなると思ったのである。


 ところが、結局食事が出来上がるまで学校の近くの道は誰一人通らなかった。

一体ここは何なんだ?

チェレモシュネとタロヴァヤは眉をひそめてそう言い合っていた。



 ある程度食事が済むとヴェトリノはぽつりぽつりとこの場所について話しはじめた。



 ――この場所は元々は隣の学府の学生寮であった。

施設が古くなり学府は別の場所に学生寮を作ってこの学生寮を放置した。


 実はこの周囲にはサファグンしか住んでいない。

ある時、大聖堂が低所得者を追い出し街の補助金で巨大な墓地を作った。

その際にこのサファグンの住んでいた一角だけが墓地の区画から漏れたからである。



 当時学府に通う学生だったヴェトリノは、街の中のサファグンの子供たちの惨状に胸を痛めていた。


 この辺りに住んでいるサファグンたちは全員低所得者で、女性たちは売春行為で生活の糧を得ているような状況であった。

男性は港湾施設で倉庫整理。

子供たちは学校にも通わせてもらえず、まともな教育も受けられず、さらにいえば親からの愛情も受けずに成長していく。

当然そんな子を雇う店などなく、冒険者としても知能が低すぎて使い物にならない。

しかも親から十分な躾を受けていないから、すぐに喧嘩をするし手癖も悪い。


 低所得者であればこそ協力して生きて行かねばならず、夫婦になっている者が多く、子供がいる家庭も多い。

つまりこの辺りのサファグンの子供たちは、そんな子ばかりと言う事である。

そんな子たちの行く末は知れている。

違法行為に手を染めて処刑されるだけ。



 そこでヴェトリノは、このボロボロの学生寮を安いお金で譲ってもらい学校を始めたのだった。


 両親が共働きだったサファグンの子供たちを昼に夜にと面倒をみてあげる。

だが正規の学校ではない為、街の福祉事業とは認められず補助金が下りない。

ヴェトリノはその活動資金をサモティノ地区の行商たちから寄付してもらっていた。

当然それだけでは不十分でヴェトリノは深夜には酒場で給仕の仕事をしながら運営費に充てていた。


 そんなヴェトリノを冒険者をしながら支援してくれていたのがリュドミラであった。

リュドミラとは酒場で出会った。

疲労で倒れそうになっていたヴェトリノを家に送り届け、そこで初めてそんな活動が行われている事を知った。

リュドミラはサファグンの冒険者たちに寄付を募る一方で、自分の稼ぎの多くをヴェトリノに寄付していた。


 さらに妹のフリスティナも姉同様に支援してくれた。

二人の姉妹がいた頃、この学校は本当に明るい雰囲気で子供たちも皆楽しそうであった。

この事業を始めて本当に良かった。

ヴェトリノは毎日そう実感していた。


 ところがリュドミラが中央広場で公開処刑になった。


 この学校にも公安が来て、ヴェトリノも公安に連れて行かれ何日にもわたって尋問を受けた。

その間、ヴェトリノは子供たちの事が心配でならなかった。

一週間拘束された後、ヴェトリノは釈放になった。


 一週間も放置され、あの子たちはどうなってしまっているだろう。

そう心配しながら学校に戻ると、フリスティナが冒険者仲間と共に子供たちの世話をしてくれていたのだった。



 竜窃盗事件からロハティンの街は日に日に情勢が悪化していった。

隣の学府はあっという間に人がいなくなった。

行商もどんどん来なくなり、物の値段が跳ね上がっていった。


 行商が来ていた頃はそれなりに仕事もあったのだが、行商が来なくなってからは仕事が激減してしまい、出稼ぎに来ていたサファグンたちは大半が地元に帰るか、冒険者になって命を散らしてしまった。

低所得のサファグンたちも日に日に数を減らしていった。


 こうして子供たちだけが残される事になった。



 運営費はほとんど無くなり、子供だけは残された。

途方に暮れていたヴェトリノにフリスティナは言った。


 ”姉の無念を晴らしたいから手を貸して欲しい”


 だがヴェトリノは学生から先生になっただけで、それ以外には知識も技能もない。

フリスティナはそんなものはいらないと言った。

ヴェトリノにはこの街で起こった事の証人になって貰いたい。

いつかきっとこの街の歪んだ統治は崩壊する。

きっと『正義の勇者』が現れて、この街を救ってくれる。

その時にこの街でこれまで何があったかを知る者がいないといけない。

だから日記をつけて欲しい。

小さな噂、小さな出来事、おかしな事件、それらを客観的に日記に記して欲しい。


 そこからフリスティナは定期的にまとまったお金を持ってきてくれた。

こんなお金どこから手に入れたのかとヴェトリノも何度もたずねたのだが、フリスティナは頑として教えてはくれなかった。

本来であればそんないかがわしいお金には手を付けたくないのだが、子供たちを食べさせる為やむを得ず手を付けている。


 だがそんなフリスティナも姿を消してからもうずいぶんになり、フリスティナが残して行ったお金も底を尽きかけていたのだった――



「まさか総督が逃げてしまうなんて思いもよらんじゃった。うちらはもう見捨てられたんじゃ、そう感じとった」


 ヴェトリノは伏し目がちにそう言った。

そこはやはりサファグン、そういう表情をすると何とも艶やかで美しい。


「この街はまもなくで解放されますよ。その後どのような統治になるのかは知りませんが、うちの商会の収益の一部を御礼として援助いたしますよ」


 ポーレはそう言ってヴェトリノに微笑みかけた。


 あなたは一体?

ヴェトリノは不思議そうな顔でポーレを見る。


「エモーナ工業という港湾整備の商会を経営しています。代わりと言っては何ですが、我々の仕事を支援してはいただけませんか?」

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