第52話 メズドラ
ポーレはヴェトリノに自分の妻アリサの話をした。
ここロハティンで騙されて母親を目の前で失い、全ての財産を奪われ身一つで逃げ出さなければならなかった事、その後自分と結婚し娘が産まれ、二人目の子供を身籠ったところで、この街を牛耳る奴らの仲間に誘拐され惨殺された事。
そして妻アリサの弟が、この街で竜窃盗事件の犯人に仕立て上げられたドラガン・カーリクである事。
アリサは自分たちプリモシュテン市に住む全ての人の女神であり母神であった。
更には、そんな自分たちに安住の地を与えてくれたマーリナ侯も彼らは殺害した。
だから、自分たちは復讐の為にここにいる。
「でも、うちはしがない教師ですよ? 見ての通り日々の食事にも事欠く有様ですよ? そがいなうちに一体何のおてごしができるというんです?」
ポーレたちのお願いは三点。
一点目、この街の詳しい内情を教えて欲しい。
二点目、活動の間ここに身を潜めさせて欲しい。
「あと、地下の隠し倉庫のような場所があったら教えて欲しいのですが」
少し考えヴェトリノは地下室ならどんな場所でも良いのかとたずねた。
声が漏れず、容易に人が立ち入らない場所であればとザレシエが言うと、ヴェトリノは今ならきっと使える場所があると言い出した。
翌日、ザレシエ、ポーレ、マクレシュの三人はヴェトリノに教えられた場所に行ってみた。
そこは倉庫街の北の外れにある地下貯蔵庫。
ロハティンにも昔はサファグンの漁師が多くいた。
そのほとんどが移住者。
人間たちにも漁業に従事している者がいて、漁場の奪い合いでいつも揉めていた。
最終的に横貫通りを挟んで北がサファグン、南が人間と決められた。
ところが人間たちの仲買人がサファグンの仲買人をサファグンの市場から暴力で追い出した。
人間たちの仲買人は鮮魚を買い叩き、人間の市場で競った価格で転売した。
その結果、サファグンの漁師は後継者不足に悩まされ、その多くが廃業。
今では細々と近海で採れたものを個人的な付き合いの相手に卸すだけになっている。
この地下貯蔵庫は、まだサファグンの漁業が盛況だった頃に作った施設なのだそうだ。
おあつらえ向きだとポーレは言った。
扉を閉め、中でマクレシュに大声を出してもらったが外には漏れていない。
足跡で利用がわからないように出入り口の掃除をしておこうとザレシエが言った。
学校に戻るとザレシエはヴェトリノに少し話があると言い出した。
「ヴェトリノさん、少し考えたんやけどね、その漁業関係にも私らの仇敵の仲間がおるんと違いますかね? できればサファグンの漁師の話が聞いてみたい思うんですけど、心当たりはありませんかね?」
事情を知っている人物で、さらに秘密が共有できる人物。
そうザレシエに注文を付けられ、ヴェトリノはメズドラさんなら大丈夫かもと呟いた。
明日、少し話をしてみますとヴェトリノは微笑んだのだった。
その日の夜、一人の男性が女性の肩を抱きながら酒場から出てきた。
やや細身で長身、特徴的な細長い耳、エルフである。
腰には愛用の弓が吊るされている。
さらには護身用の短剣が反対側に吊られている。
先ほどからエルフの男性は、連れの女性から親しげにエメリックと呼ばれている。
『エメリック・ベーチェ』
かつてラスコッドたちに竜窃盗事件の対処の知恵を貸したエルフの一人である。
フリスティナが同志を募り、姉リュドミラの無念を晴らそうと活動していた事を公安に漏らしていた人物である。
「ちと呑みすぎたらしいな。もよおしてもうた」
そう言ってベーチェはゲラゲラ笑っている。
連れの女性は嫌だと恥ずかしそうな声を発する。
ベーチェがベルトを外し小便をしようとすると、連れの女性はもうと言って背を向けた。
ところがいくら待っても全然声がかからない。
不審に思って後ろを振り向くと、そこには誰もいなかった。
翌日、ヴェトリノはサファグンの漁師メズドラを学校に連れてきた。
ヴェトリノは市場の事で話が聞きたいと言っている人がいるとメズドラには話した。
これはザレシエからそういう言い方をしてくれとお願いされたからなのだが、そのせいでメズドラはその相手が商人だと考えていた。
どうせそいつらも魚を安く買い叩きたいだけ、そう思っていた。
ところが案内されて現れたのはエルフ。
まずこの時点でどういう事かわからず思考が停止した。
友人の紹介でヴェトリノさんを訪ねたら、そういう事であればとあなたを紹介してくれた。
そう聞くとメズドラはかなり訝しんだ顔をした。
ここからがザレシエの巧妙なところであった。
ザレシエは以前ロハティンの学府にいて、ここの魚料理が気に入っている。
特に干物を焼いたものは絶品だと思っている。
是非ともこの味をベルベシュティ地区のエルフたちにも知ってもらいたいと考えている。
だが何度も市場に足を運んだのだが、当時市場に魚がほとんど無かったという微妙に真実を混ぜた架空の話をしたのだった。
するとメズドラは表情を曇らせ、サファグンの市場の魚は人間の仲買人が全部安く買い叩いていくんだと愚痴るように言った。
仲買人は一人では無い。
全部で五社。
だが全て後ろで繋がっている。
彼らは人間たちの市場で取引される金額の五分の一の価格でサファグンの市場からは落札していくのだ。
当然こちらもそれを知っているし人間の方の市場に直接水揚げした事もある。
だが規約違反だと言われ、サファグンの水揚げした魚は全て海に捨てられてしまったのだった。
かつてはサファグンの仲買人もいた。
だがある日、早朝の海に浮かんでいたのを漁師に発見されている。
サファグンの仲買人がいなくなった事で、堂々と買い叩けるようになったというわけである。
彼らの店ではサファグンの獲った魚も人間の獲った魚と同じ金額で並べられている。
つまりサファグンから買い叩いた分が儲けとなっているのだ。
ここまで聞いてザレシエは、その儲けは全て仲買いの儲けになっているのかとたずねた。
メズドラは少し驚き、さすがエルフ察しが良いと手を叩いた。
「仲買人を操っとる奴らが後ろにおるんじゃ。全てはそいつが仕組んだ事じゃ。ほいでそいつの後ろにゃあ闇の組織みたいなのがある。そいつもその闇の組織の一人なんじゃ。じゃけえ誰もそいつに逆らえんのじゃ」
『ワシル・ドミトロフカ』
漁業協同組合の組合長をしている人物である。
家宰ヴィヴシアの推挙で組合長になり、以降ずっとドミトロフカが組合長を務めている。
ベルベシュティ地区の行商の店の南に一際大きな屋敷があり、そこに住んでいる。
公安や警察、軍とも懇意らしく、前回ヴァーレンダー公の一派が来た時に標的にもなったのだが、すぐに警察が駆けつけ実行犯を問答無用で斬り殺している。
ヴァーレンダー公の一派が来た際、すぐに警察がドミトロフカの屋敷の警護にやってくるのを見た者がいるらしい。
もしもその人物がいなくなったらどうなるか、何か困る事はでるのか。
ザレシエの質問にメズドラは少し考え込んだ。
「やねこい(面倒な)事はようわからんが、改めてそう言われてしまうと、何であいつがおるんじゃという疑問が沸いてくるのお」
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