第14話 慰労会

 夕方、帰郷を祝した慰労会がサファグンの居住区の食堂広場で行われる事になった。



 ドラガンが、ポーレと、ポーレの父アレクサンドルと共に向かった時には、既に多くの人たちが来ていてすっかりお酒が入っていた。

昨年、前の村長ヴォロンキーが殺害され、その後を正式にアレクサンドルが引き継ぐ事になった。

ヴォロンキーにも息子はいたのだが、その息子が父が殺害された事に腰が引けてしまい、アレクサンドルに相談したのだそうだ。

アレクサンドルは会場に入ると、軽く挨拶をして乾杯の音頭をとった。



 ドラガンたちが席に着こうとすると真っ先にベアトリスがやってきてドラガンの首に抱き着いた。

エニサラもやってきてドラガンの手を引き、イリーナとマチシェニが座る席へと引っ張って行った。


 ジャームベック村を出てからドラガンは急に背が伸びている。

ベレメンド村にいた頃はかなり背が小さい方だった。

ドワーフのゾルタンとあまり変わらない身長で、長身のアルテムに比べるとかなり小さかった。

ジャームベック村にいた頃に徐々に背が伸び始め、エモーナ村で一気に伸び、アルシュタでまた伸びた。

長身の多いエルフにしては低身長のベアトリスは、ドラガンに抱き着くともはや足が地面に付かない。

ベアトリスとしては、それがかなり嬉しくもあったりする。


 エニサラとベアトリスはドラガンの体をぺたぺた触りながら、背が伸びたよねと言い合っている。

既にお酒が入っており、最初は腕だったのだが、だんだんと胸や腿を触り始めていた。

ベアトリスは酒量はざるなのだが、エニサラはそうではなく完全に酔っぱらっている。

それを見てマチシェニが、ドラガンが困ってるじゃないと言って笑っている。

イリーナもお酒が入り、ただただケラケラと楽しそうに笑っている。


 イリーナの話によると、あれからベアトリスは冒険者になったらしい。

イリーナは万事屋で会計と受付を行っている。

マチシェニは元々農夫であり農場で働いている。


「えっ、冒険者? 冗談でしょ? だってベアトリスって、冒険者やれるほど運動神経良くないでしょ?」


 驚くドラガンにエニサラはきゃははと笑い出す。

そんな二人にベアトリスは不貞腐れたような顔をする。


「失礼やわあ。私やって、ちゃんと冒険者くらいやれるわよ」


「得物は何を使ってるの? だって武器とか振っても当たらないでしょ。どう考えても」


 ドラガンの指摘にマチシェニまで笑い出した。

ベアトリスはさらに不機嫌そうな顔をする。


「ホンマ失礼やわ。長物は確かに当たらへんけども、こう見えて矢撃つんは得意なんやから!」


 ベアトリスが真顔で反論するとイリーナは噴き出してしまった。

あの弓の腕でそれを言うんだとボソッと呟くとベアトリスはキッと母を睨んだ。


「だってベアトリス、水突き一回も的に当たらなかったじゃん!」


「あれはドラガンが細工してたからやないの! 普通にやったら私やって当てる事はできるの!」


 嘘でしょと呟きエニサラを見ると、エニサラはくすくす笑って酒を呑んでいた。

弓はちっともだけど実は弩を撃つのが上手いんだよと言って、エニサラは完璧に酔っぱらった赤い顔でベアトリスに、だよねと笑いかけた。



 そんな話をしているとホロデッツがやって来て、ドラガンは『バハティ丸』の遺族のところに引っ張られていった。

遺族たちの話によると、あれからドゥブノ辺境伯の家宰バルタが漆細工の工場に働きかけ『バハティ丸』再建の資金提供を募ってくれたらしい。

ドラガンのおかげで漆工房は蘇ることができ、さらに大きく発展する事にもなった。

現在は特別事業扱いまでしてもらえているのだそうだ。

その為、どの工房も喜んで資金提供に応じてくれた。


 ホロデッツがそこまで話すと、どこからともなく酔っぱらったペティアがやって来て、ドラガンのおかげでいっぱいお金がもらえるようになったんだよと言って背中から抱きついてきた。

ペティアは細身の人が多いサファグンにあって、かなり出るところの出た恵まれた体躯をしている。

背中にふんわりと軟らかい感触を感じ、ドラガンは思わず顔がほころんだ。


 このサファグンだいぶ酔っぱらってるなと言って、ペニャッキがげらげら笑い出した。

ペティアは抱き着いたまま甘い声で、だってドラガンが無事に帰ってきてくれたんだもんと言って、顔をドラガンに擦り付ける。

ホロデッツはわざとらしく咳払いをすると、まんざらでもないという顔をしているドラガンに、話を戻していいかなと少し引きつった顔で言った。


 仮に船を造ってもらったとして問題は竜と人。

人は別の船から融通してもらって何とかなるかもしれないが、竜はどうにもならないかもしれない。

ホロデッツはビールを吞みながらドラガンに、この話をどう思うか聞いてきた。

竜無しで船がまともに動かない以上、支援をいただいても無駄になってしまうとホロデッツは危惧している。

そこまで聞くとドラガンは焼いたエビの殻を剥いて口に入れた。


「実は今、少し考えている事があるんです。もしかしたら船を動かすのに竜なんていらなくなるかも」


 ドラガンは真面目な顔で話をしているのだが、いかんせんその首には酔ったペティアが巻き付いている。

ホロデッツには、どうしても真面目な話には聞こえなかった。


「それは遠洋漁業に竜無しで行けるって事なのか?」


「はい。もしかしたらですけどね」


 ドラガンは必死に真面目な話をしようとしてはいる。

だがその横ではペティアがエビの殻を剥いてドラガンに食べさせようとして、ホロデッツの額に青筋が走った。

その三人の光景を見てリヴネとペニャッキは大爆笑であった。


「だけどな、ただ船動かすってだけなら、今でも帆もあるし、船員が漕いでも動かせるぞ?」


「ああそっか。あれ? じゃあ竜がいないと何の問題がでるんですか?」


 ここまでドラガンとホロデッツのやりとりは非常にふわふわしていて、横で聞いてるリヴネとペニャッキは、二人ともだいぶ酔っていると言ってげらげら笑い合っている。


「一番は正確に漁場に行く能力だよ。帆では漁場の近くには行けても、魚の群れに着く事が困難なんだ。それに今は竜に魚の追い込みもしてもらってる」


 海鳥の動きである程度なら魚の群れを探り当てる事は可能ではある。

確かに、勝手に船が動いて舵で船を漁場に持っていければ竜はいらないという事にはなるのだが、それら全てを今は全部竜がやってくれているのである。

そうなればどの船主も普通に竜を使うだろ。


「遠洋の定置網やはえ縄の奴らにとっては、お前さんの言う船の方が都合が良いかもしれんがな」


 なるほどと言ってドラガンは顎に手を当て思案を巡らせた。

だが、そんなドラガンの頬をペティアが面白そうにツンツンと突きケラケラと笑っている。

思案も何もあったものではない。


「はえ縄って名前しか知らないんですけど、どんな漁なんですか?」


「一本の綱に釣り針をたくさん付けて一直線に海に流すんだよ。綱を引き上げる時に、竜がよくこの縄に引っかかるんだよ」


 リヴネとペニャッキも、どうやらはえ縄漁をしたことがあるらしく、あの漁は大物が取れるけど、竜が邪魔で効率が悪いんだよと言い合っている。 


「はえ縄か……」


「まあ、あれだ、船を降りたお前さんには、たっぷりと時間があるんだ。色々試したら良いさ」



 ペティアに絡まれながらホロデッツたちと船長たちの思い出話をしていると、ザレシエとムイノクに腕を引っ張られた。

ペティアも付いて行こうとしたがムイノクに引き剥がされてしまった。

隣の席ではアテニツァとクレピーが、アレクサンドル、ポーレ、アンナによって酔い潰されている。


 ザレシエが、良くご無事でとドラガンの手を取る。

ムイノクも手を取ったが、酔っているせいか目が少し潤んでいる。


 ザレシエは、この後どう過ごすつもりなのかとドラガンに尋ねた。

実は真珠の養殖がかなり順調で、もしかしたら実用化できそうといところまで来ているらしい。

そこで、一度見に来て貰いたいと研究所から言われているのだそうだ。


 ドラガンはザレシエに、アルシュタでの事を話した。

だからすぐにアルシュタに戻らないといけないという意図でドラガンは話をした。

だがザレシエは、沼から水が抜けるという話の方に興味津々だった。

自分もアルシュタに行って、ぜひその目で見てみたい。

ムイノクも自分も行きたいと目を輝かせた。


「ムイノクはともかく、ザレシエはやめておいた方が良いと思うな」


「何でですの! 私はこれでも研究者ですよ! 何かの役に立つと思うんですけど」


 『元』だけどなとムイノクが指摘するとザレシエは話の腰を折るなと言ってムイノクを睨んだ。


「きっと不愉快な思いをするだけだと思う」


「どういう事ですか? しかもムイノクは良いって……」


 ドラガンはチラリと隣の席のアテニツァを見て、一度視線を落とした。


「あの街はね、亜人を下等市民扱いしてるんだよ。たぶんザレシエもそういう扱いを受けると思う」


「下等市民って何ですの?」


 初めて聞く単語にザレシエは眉をひそめた。

だが、言葉のニュアンスから間違いなく良い単語ではないという感じは受ける。


「人間より亜人は劣るからって、同じ席に着かせなかったりしてるんだよ」


「そしたら、あそこのトロルも向こうに帰るとそんな扱いなんですか?」


 ドラガンが無言で頷くと、ムイノクとザレシエは顔を見合い首を傾げた。

想像がつかない、そう言い合った。


「後学のためです。どんな状況なんか、それはそれで一度見ておきたいですね」


 ザレシエの発言にムイノクは物好きだと笑った。

そんなムイノクをザレシエは無視してビールを呑んだ。


「明日、ポーレさんが今後の事を相談するって言ってたから、そこで話してみてよ」


「承知しました。そしたら私の随行は確定いう事で」


 相談だよとドラガンは言うのだが、ザレシエはもちろん相談だとげらげら笑い出した。



 ザレシエが楽しそうな顔でアルシュタの話をせがんでいると隣の席からレシアがやってきた。

レシアは空いた椅子をムイノクとドラガンの間に置きそこに腰かけた。

かなり不機嫌そうな顔をしている。


「ねえ、ドラガン。さっきのサファグンの人、誰?」


 レシアは決してお酒に強い方ではない。

だが、どうやらかなり酒を呑んでいるらしく、絡むようにドラガンを問い詰めた。


「誰って漆細工をお願いしてる人だよ。この間、漆箱あげたでしょ?」


「どういう関係なの?」


 ドラガンは気づいていないらしく、この時点でムイノクはドラガンに無言で何かを伝えようとした。

だが残念ながらドラガンは首を傾げておりムイノクの意図は伝わらなかった。


「どういうって……友達かな。エニサラたちと同じだよ」


 ここで例として女性の名を出したドラガンに、ムイノクはあちゃあと呟いて目を覆った。

ザレシエもドラガンとレシアから顔を向けて酒を呑み始めた。


「ふうん。じゃあ、その前のエルフの人は? エニサラさんじゃない方の人」


「ベアトリスっていって僕の命の恩人なんだよ。ベルベシュティ地区でのね。それがどうかしたの?」


 それがどうかしたの、という一言にレシアは露骨に不機嫌そうな顔になった。

そのレシアの態度でザレシエとムイノクは、これから修羅場になると察したのだろう。

酒を取り行こうと言って、二人でそそくさと席を立った。


「どういう関係なの? あの人たちとは」


「どういうって……そうだなあ、年の近い姉みたいなもんかなあ」


 姉ちゃんと大して変わらないと笑ってドラガンはビールを口に運んだ。

レシアから見ても、ドラガンの目は嘘を言っているような目では無かった。


「恋人同士じゃないの?」


「恋人かあ。どうなんだろうね。今のところは別に」


 レシアの顔がパッと明るくなった。


「ほんとに? ほんとにほんと?」


「二人目の姉ちゃんみたいなもんだからね」


 レシアは完全に酔っており、かなり感情の起伏が激しい。

ドラガンの言葉にレシアは嬉しくなって椅子を近づけた。


「ねね、じゃあ私は?」


「……かわいい妹かな」


 レシアはその返答に口をぽかんと開け、じっとドラガンの顔を見つめた。

ドラガンは意味がわからず顔を引きつらせ首を傾げた。

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