第15話 随員
翌日の昼、ポーレに呼ばれ、ドラガンはサファグンの居住区にある食堂広場へと向かった。
食堂広場は基本的には大宴会場であり、大きな筏の中央に椅子と机が用意され、それを取り囲むように簡易店舗が立ち並んでいる。
ただ一部の簡易店舗は食堂広場から切り離せるようになっており、少し離れた場所で簡易的な個室として食事を振舞えるようになっている。
そんな店舗の一つがコウトの経営する店舗だった。
ドラガンがコウトの店舗を訪ねると、コウトは縛っている綱を緩め、食堂広場から自分の店舗を切り離した。
普段食事を受け取る窓口の隣の扉から中に入り、奥の一室にドラガンは通された。
ドラガンが部屋に入ると、ちょっとした飲み物と菓子が用意されており、ポーレとザレシエが菓子を摘まみながらドラガンが来るのを待っていた。
ドラガンが席に着くとコウトは机の上の飲み物を回収し、菓子を部屋の隅の小机の上に置いて退出。
コウトは昼食を持って再度入室すると、そのまま自分も席に着いた。
話は食事をとってからにしようとポーレが言って食事を食べ始めた。
コウトの料理の腕はかなり上がっており、海鮮を豊富に使った料理は絶品であった。
ある程度食事が済むとコウトは席を立ち、三人に茶を淹れてまわった。
さらに空いた皿を片付け一度部屋を退室し、デザートを持って戻って来た。
そこから本題に入ることになった。
ポーレもザレシエもアルシュタ総督の意図に関しては一致しており、自身の覇業にドラガンの知恵を活用したいと感じているのだろうというものであった。
その為、ここでアルシュタに行けば、あの手この手でドラガンは引き留めを受けるだろう。
そうこうしているうちにアルシュタに留まらないといけない理由ができる。
そうならないようにする為にはエモーナ村に帰るという強い目的を作り、それを待ち続ける必要がある。
つまりドラガンの希望である『安住の地』を作るという目的をしっかりと持ち続ける事である。
ドラガンはアルシュタでは安住の地を作れないと言っていた。
理由は亜人の地位が低いから。
だがそれはアルシュタを『安住の地』にできないという理由にはならないとポーレもザレシエも思っている。
何故なら都市の法で亜人の地位を向上させれば良いだけだから。
ドラガンがアルシュタで沼の水抜きに成功すれば、ベルベシュティ地区の時と同様にアルシュタでも名声が轟く事になる。
食糧事情が改善されれば、それまで購入に頼っていた資金が浮く事になり、税を下げる事もできるだろう。
そうなれば、ドラガンが亜人の地位を上げたいと考えれば、アルシュタの人たちもドラガンが望むのであればと自然とそれに従うようになるかもしれない。
「つまり、ヴァーレンダー公が僕を引き留める為に亜人の地位を向上すような政策をするかもしれないと」
ここまで説明してくれたザレシエに相槌を打つようにドラガンは言った。
するとポーレがそう言う事だと頷いた。
「そうなれば、もはや村に帰るという理由は無くなってしまう事になる。そこでだ、随員には亜人を付ける。アルシュタの奴らがその者たちを虐げるかもしれないが、そこはぐっと堪えてくれ」
「そんな……」
「それを帰る口実にするんだよ! 途中で暴発したらヴァーレンダー公がすぐに対処してしまうだろう。そうなったら帰還の口実にはできなくなりこの策はそこで終いだ」
そこまでポーレが説明すると、ザレシエが、エルフは私が担当しますと頼もしい顔で頷いた。
サファグンについては、ザレシエとポーレで当日までに誰か適任の者を探し出すと説明した。
「問題はだ。もう一つの方なんだよなあ。こっちの方は確実に当日までにはどうにもならんだろうな……」
ポーレとザレシエは顔を見合わせ特大のため息を付き合った。
「そんなに難題なんですか?」
「ザレシエにこれまでの状況を聞いたんだが、全く良い案が出なかった。はっきり言ってお手上げだ」
ポーレはうなだれて首を横に振った。
「そんなに大変な問題なんですか! 一体どんな?」
ポーレがドラガンの顔を見て大きくため息をつくと、ザレシエとコウトもドラガンの顔を見て首を横に振った。
ドラガンは首を傾げたのだが、その態度にも三人はため息をついた。
ポーレは、レシアが良いと僕は思うんだと言うと、ザレシエはベアトリスも良いと思うと言い出した。
昨晩の事を思えばその二人だろうかと二人は真剣な顔で話し合っている。
そこにコウトが、噂では漆工房でデザインをしているサファグンのムグリジュも、かなり熱をあげていると聞いたと言い出した。
するとポーレとザレシエが、ああ、あの娘かと言い出した。
そこから三人は、ああでもない、こうでもないと、ドラガンをそっちのけで議論をぶつけ合う事になった。
この人たちは何をこんなに真剣に女性の名前を出して言い争いをしているのだろう?
ドラガンは不思議そうな顔をして黙って聞いている。
するとポーレが面倒だと言って手を叩いた。
「もうこの際、全員付いて行ってもらったら良いだろう。人が多ければその分取り込みがしにくくなるだろうし」
「ですがポーレさん、男性も私を入れて三名ですよ。そこに付いてきている随員が二名。さすがに人数が多くないですか」
ポーレの案に随行の決まっているザレシエが懸念を抱いた。
「ザレシエ、君が取りまとめたら良い話じゃないか!」
「えっ? 私がその大所帯をまとめるんですか?」
明らかにザレシエの表情はこわばっている。
難しいかと尋ねるポーレにザレシエは、男だけならまだしもと言いよどんだ。
「まあ女性の方は喧嘩だけはしないように気を配ってもらって」
ザレシエの表情が露骨に引きつったものになった。
そもそも女性たちの目的を考えれば、喧嘩しない方がおかしいのだ。
コウトはザレシエの苦労を偲び、肩をポンポンと叩いて慰めた。
食事が終わるとコウトは綱を手繰り店舗の筏を食堂広場に接岸させて固定。
店から出るとポーレはレシアの下に、ザレシエはベアトリスの下に、コウトはペティアの下に、それぞれ向かって行った。
自分の意志を無視して何かおかしな陰謀が蠢いている。
そんな何とも言えない雰囲気を感じながらドラガンはアリサの下へと向かった。
ドラガンがエレオノラのところに行くと、エレオノラも母乳を飲み終えたところで、アリサに抱かれながら背中をゆっくり叩かれて目を閉じて寝ようとしていた。
ドラガンが部屋に入ると、アリサは口に人差し指を当てしっと音を出した。
アリサはエレオノラが完全に眠ったのを確認するとそっと布団に寝かせた。
「どうしたのドラガン。うちの人とお昼してくるんじゃなかったの?」
「もう終わったよ。途中からよくわからない話で僕をそっちのけで盛り上がってた」
アリサは昨晩ポーレからドラガンの嫁の話を相談されており、ドラガンの言う『よくわからない話』が恐らくその件だろうと察した。
少し不愉快そうな顔をするドラガンがアリサには可笑しく思えて思わずクスリとした。
「姉ちゃんはどう思うの?」
「どうって何が?」
「僕がアルシュタに行く件だよ」
どうと言われても、アリサには正直よくわからない。
というより、そもそもアリサには昔からドラガンのやる事はよくわからないのだ。
「そうね。ベレメンド村やジャームベック村にいた頃なら反対したかもね。でも今はもう、あなたにはあなたのやりたい事があるでしょうから。好きにしたら良いと思うよ。多大な迷惑さえかけなければね」
アリサはエレオノラに向けるような優しい顔をドラガンに向けた。
ドラガンはそんなアリサの顔に、亡くなった母イリーナの面影を見た。
「なんだか姉ちゃん、言う事が母さんに似てきたね」
「そうかな? もしそうだとしたら、この娘ができたからかもね」
寝ているエレオノラがふにふにと何か声を発した。
アリサは慈愛に満ちた顔で、寝ているエレオノラの布団をぽんぽんと叩いた。
「そんなに何かが変わったの?」
「大事な事の優先度が変わったかな? それまでは自分が第一だったけど、この娘が第一になったの」
そうなんだと言って、ドラガンも眠っているエレオノラの頭をそっと撫でた。
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