第13話 相談

「エレオノラちゃん。ドラガンおじちゃんですよ!」


 ドラガンはポーレの家に行くと、真っ先にエレオノラのところに行き、アルシュタで購入した音の鳴る玩具をジャラジャラと鳴らしてエレオノラの気を引いた。

エレオノラは、はいはいしてドラガンの下に行き玩具に手を伸ばす。


「そのジャラジャラうるさい玩具、何なの?」


 エレオノラは非常に喜んでいるのだが、アリサにとってはドラガンの玩具の音が少し不快に感じるらしい。


「アルシュタの子供用品のお店で買ったんだ。良いでしょ!」


 こんなのもあるんだよと言って小さな鈴が付いた玩具も取り出すと、エレオノラは今度はそちらに気を移す。

ドラガンは膝に乗ってきたエレオノラを抱きかかえ、目の前で鈴を鳴らしてあやした。


「ねえ、ドラガン。私へのお土産は?」


 ぶすっとした顔のアリサにドラガンは視線も合わせず、エレオノラを抱きかかえたまま大袋からアリサのお土産の髪飾りの入った箱を取り出して渡した。


「ちょっとドラガン! こっちを見なさいよ!」


「何? 姉ちゃん、何怒ってるの?」


 窘めようとしているのにドラガンがこちらを一瞥しかしなかった事に、アリサの怒りはピークに達した。


「そんなお座なりなお土産の渡され方されて、怒らないわけないでしょ!」


「ちゃんと買ってきたんだよ。そんなに怒んなくても良いじゃん」


 ねえとドラガンはエレオノラに賛同を求めた。

その態度がアリサの怒りにさらに油を注いだ。


「怒るに決まってるでしょ!!」


 アリサが声を荒げたことでエレオノラが泣き出してしまった。

ドラガンはアリサから顔を反らし、鈴のおもちゃを鳴らしながら、お母さんは怖いですねえと言ってエレオノラをあやす。

アリサはポーレの顔を見ながら、ダメだこれはと言わんばかりに首を横に振った。

ポーレはそのやり取りに笑いが堪えきれなかった。



「ドラガン、エレオノラを抱いたままで良いから、何があったか話してくれないかな?」


 それまで笑っていたポーレがすっと笑顔を消し、真面目な声でドラガンに尋ねた。

ドラガンは泣き止んだエレオノラの背中をポンポンとゆっくり優しく叩きながら、それまでの優しい顔から少し険しい表情に変えた。


 竜産協会の竜医に竜が何かの薬を刺されたらしい事、漁の途中で竜が死んだ事、難破した船内で流行り病が発生した事、アルシュタの軍船に発見された事、ここまでを順を追って話した。

そこまでポーレとアリサは、うんうんと頷きながら聞いていた。


 気が付くとエレオノラは泣き疲れて熟睡してしまっており、アリサが受け取って布団に寝かせた。

ドラガンが買った玩具はエレオノラの布団の横に置かれた。


 エレオノラの布団を囲み今度はアルシュタでの出来事を話した。

沼地を耕作地に変えたい。

その総督の希望に答えようと土木工事を行ったところで、一旦村に帰りたいと申し出て帰って来た。


「じゃあこの後、またアルシュタに戻らないといけないのか」


「ええ。その為に二人お目付け役を付けられました」


 さっき随行していた二人はその二人かと、ポーレは頭を掻いて唸った。


 ポーレもここまで聞き、アルシュタ総督がドラガンを抱え込みたいと考えているのだろうと察した。

ドラガンは人並外れた頭の柔らかさをしており、そこからくる発想力は、およそ人知を超えているといっていい。

これを上手く統治に役立たせることができれば、それまでの治世では困難だった事が容易に解決できるようになる。

為政者からしてみたら、『名君』という最高の称号を未来永劫にわたって自分の名と共に語り継いでもらえるという事になる。


 恐らくここでアルシュタに戻れば、ドラガンは、もうアルシュタから出しては貰えないだろう。

身の回りを世話する女性を宛がわれ、その者にドラガンを誘惑させる。

その女性は恐らくアルシュタ総督の縁者の一人。

その後強引に関係を持ち、子供ができたから結婚して欲しいとドラガンに迫る。


 そうしてアルシュタに留まる理由を作り徐々に統治に関わらせる。

用意される地位は家宰、もしくはそれに近しいもの。

現アルシュタ総督が高齢なら次当主の守役だが、聞くところによるとまだ若いということなので家宰の補佐といったところだろうか。


 そこまで考え、ふとポーレは疑問に感じる事があった。

それはそれでドラガンにとって幸せな未来では無いのだろうか?



「ドラガン。お前さんはどうしたいんだ? アルシュタに行った後は」


「僕はこの村で姉ちゃんとエレオノラと一緒に生活したい」


 そうかと一度は納得したポーレであったが、瞬時に違和感抱いた。


「おい! 何でそこに僕が入ってないんだよ! 僕だって大切な家族の一人じゃないのかよ!」


「あっ、いや……もちろん入ってる! 入ってるに決まってるじゃん、やだなあ!」


 ポーレは、じっとりとした目でドラガンを見続けた。

ドラガンは、しまったという感じで目線をポーレから泳がせた。

なおもポーレは無言でドラガンを責めるように見続ける。

その光景にアリサが大笑いをし、その声でエレオノラが目を覚ましそうになってしまった。


「先にはっきりと言っておくがな、アルシュタ総督の誘いは、お前さんの希望をかなりまで叶えられる類いの誘いだぞ?」


 身の安全が図れ、地位も名誉も得られる、富も。

家族だって得られる。

なんなら好き放題遊び回っても誰も咎める事は無い。

ドラガンがその頭脳をアルシュタ総督の求めに応じてその都度小出しにしてやるだけで、それだけのものが得られるのだ。


「世の多くの人はそれを得んと必死に学び、がむしゃらに働き、それでも得られずに生を終えるんだぞ?」


 それが人類の営みというものなのだ。

つまるところ全ては富の為。


「いらないよ、そんなの!」


 ドラガンは即答であった。

ポーレはちらりとアリサを見て、再度ドラガンに尋ねた。


「じゃあ、お前は何が欲しいんだよ?」


「僕は……」


 そこまで言ってドラガンは少し考え込んだ。

目の前でエレオノラが寝返りをうち、その親指を咥えた姿に思わず頬が緩んだ。


 エレオノラからアリサに視線を移し、これまでの事をゆっくりと思い出し憂いのある表情をする。


「僕は、いつまでも自分が抱く疑問をあれこれ試し続けて、みんなの生活をほんの少しでも楽にしてあげたい」


「そんなのアルシュタに行った方が、やれるんじゃないのか?」


 ポーレの指摘にアリサもその通りだと賛同。

それに対しドラガンは違うんだと首を振る。


「僕は姉ちゃんの夢も叶えてやりたいんだ」


「アリサの夢? 何だそれ? 僕も聞いた事ないんだけど」


 ドラガンとポーレは、同時にアリサの顔を見つめた。

アリサは二人の視線を浴びて、ドラガンの言う自分の夢というのが何か思い出そうとしている。


「えっ、姉ちゃん、もしかして忘れちゃったの? アルテムやゾルタンと約束したんでしょ?」


 ドラガンに指摘され、アリサはポンと手を打って思い出したと言って苦笑いをする。


「いつかみんなで静かに暮らそうっていうアレね」


「そうだよ! みんなで平和に暮らせる場所を作るんだよ。アルシュタじゃそれは絶対に無理なんだ」


 その話なら、ポーレもかなり昔にアリサから聞いている。

だが話を聞いた当時もポーレは、社交辞令、生きるための気力を持ってもらうための方便、そう思っていた。

死んだら天国で会おう、それと同義と感じていた。

先ほどの反応からして、恐らくアリサですらそう思い始めていたのだろう。


 だがドラガンはそうじゃなかった。

ここエモーナ村をドラガンとその仲間にとっての理想郷にしたい、そう考えてくれていたのだ。

そんなドラガンの思いが伝わり、ポーレは嬉しさが込み上げた。


「ドラガン。向こうにはいつ戻る予定なんだ?」


「ヴァーレンダー公は頃合いを見て高速船を迎えに寄こすって言ってました」


 これから年末に入りヴァーレンダー公もアルシュタの統治で、色々と予算の関係などで忙しくなるであろう。

できれば最低限の仕事を終えた後、そう考えているはずである。


「恐らく年明けすぐといったところか。わかった。明日ザレシエに相談して策を練っておくよ」

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