第12話 帰宅

 翌日、ドラガンたちは小型艦に乗り込み、海路エモーナ村を目指した。

小型艦は一頭の海竜によって曳かれてはいるが、船自体小さくかなりの速度が出る。

それでもエモーナ村までは丸一日半かかる。

そこで途中オスノヴァ侯爵領、マーリナ侯爵領に寄港し一泊づつしエモーナ村を目指す事になった。


 どうやらクレピーもアテニツァも船には初めて乗るらしい。

最初はこれが船の乗り心地かとかなり興奮気味だった。

だが一時間もするとみるみる顔色が悪くなり、少し船が揺れるたびに身を乗り出して海に色々と吐き出していた。

リヴネから下じゃなく上を見ていろと言われると、もはや立つ気力も失い甲板に横になり空を見続けていた。



 オスノヴァ侯も、マーリナ侯からドラガンの噂は聞き知っている。

寄港した事を知るとすぐに屋敷に呼び晩餐会となった。

その中でオスノヴァ侯は漆箱を見せ、うちの漆細工はどうかと聞いてきた。

これは見事ですねと褒め称えると、これのおかげで我々も贈呈の品を自前で用意する事ができるようになったと満面の笑みで言った。




 翌日、マーリナ侯爵領に寄港すると、そこでも呼び出しを受け晩餐に招待された。

マーリナ侯はドラガンを見ると、無事だとは聞いていたが、この目で見るまで安心はできなかったと言って抱きしめた。

ドラガンもこの老人の話はユローヴェ辺境伯からよく聞いており、かなり好意的に感じている。

ご心配をおかけしましたと言って少し涙ぐんだ。


 晩餐会の間、どのような経緯で難破したのか、その後どうやって生き延びたのか、アルシュタではどうだったのか、ドラガンの話をマーリナ侯は、その都度感想を挟みながら、うんうんと頷いて聞いている。

マーリナ侯の奥さんも大変でしたねと言って、穏やかな顔をドラガンたちに向けた。


 マーリナ侯の息子のボフダン夫妻や、孫たちも同席しており、晩餐会はかなり賑やかであった。

その中でドラガンは例の針の付いた輪を見せ、これが海竜の胸びれに刺さっており、恐らく刺したのは竜産協会の竜医だと言うとマーリナ侯の顔色が変わった。

さらに次期領主たるボフダンの顔色も変わった。


 一般の竜医までドラガンを暗殺しようとしてる。

無実の一般人を抹殺しようと執拗に追いかける。

奴らにどんな事情があるかは知らないが、そんな事はあってはならないし断じて許せる事では無い。

そう言ってボフダンはいきり立った。


 それを聞いた子供たちはボフダンの妻に、お父さんまた怒ってるよと言って笑い合った。




 翌日の昼過ぎ、高速船はエモーナ村に到着した。

エモーナ村はごくありふれた漁村であり、小型とはいえ軍船を停泊させるような港は無い。

その為、船から退去用の小舟を降ろし、それに乗って漁港まで向かった。


 どうやら一足先にマーリナ侯から連絡があったらしく、港には大勢の村人が集まって来ている。

よく見ると一杯やってる人たちもいる。

中央にはポーレが立っており、その隣にはエレオノラを抱いたアリサが立っている。

その隣にはスミズニーの妻アンナ、娘のレシア。

さらにホロデッツの家族、リヴネの家族、ペニャッキの両親が立って大きく手を振っている。


 まずペニャッキが降り、次いでリヴネ、ホロデッツ、クレピー、アテニツァ、最後にドラガンが下船した。


 ドラガンが港に下りると真っ先にアンナが抱きついてきた。

スミズニーさんの事は申し訳ありませんでしたと言うと、アンナは抱きしめる腕に力が入った。

あんただけでも帰ってきてくれて良かった。

あんたはあの人の形見だ。

そう言って豪快に泣き出してしまった。


 レシアはドラガンたちが来る前に泣き出していたようで、ドラガンの顔をじっと見つめ、赤い目、赤い鼻で、鼻をすすっている。

ドラガンと目が合うと、俯いてポロポロと声を殺して泣き出した。

そんなレシアの下にアリサが向かい、軽く抱き寄せ頭を撫でる。

するとレシアは、アリサに抱き着いて声をあげて泣き出した。

それに合わせてエレオノラも泣き出してしまった。


 コウトはドラガンの顔を見るとポンと肩を叩き、今晩は大宴会だよと言ってお店に戻って行った。

ポーレは、先に家に帰っているから後で話を聞かせてくれと言って帰って行った。

ザレシエが目を腫らしてやってきて、本当にご無事で何よりでしたと手を取り、積もる話は後日にでもと言って行ってしまった。


 ふと見るとホロデッツも、リヴネも、ペニャッキも家族や仲間に囲まれた状態で各々家に帰っていた。

ドラガンがアンナに家に帰りましょうと言うと、アンナはやっとドラガンから離れた。

実は友人がいるのですがと言って、アンナにクレピーとアテニツァを紹介した。


 クレピーが自己紹介した後で、クレピーに促される形でアテニツァもトロルのアテニツァですと自己紹介した。

アンナはトロルなんて生まれて初めて見たと言ってアテニツァをじろじろと見つめている。




 アンナは客間にクレピー、アテニツァを通すと、お茶と茶菓子を出しゆっくりしていてくださいと言った。

その後レシアと共にドラガンを連れて墓地へと向かった。


 途中、庭で花を摘んだ。

墓前に供える為である。


 墓に行くと一人一人墓に花を供え、三人でしゃがんで祈りをささげた。

墓にはヴァレリアンの名が追記になっている。

亡くなった日付が書かれているが、恐らくおおよその日付であろう。


 立ち上がるとレシアはドラガンに抱き着いた。

お父さんが、お父さんがと言って泣き出してしまった。

ドラガンが背中をぽんぽんと叩くと、アンナは先に家に帰っているねと言って、二人を置いて先に帰って行った。



「ごめんね。スミズニーさん、途中で流行り病にかかっちゃって。僕たちを隔離して他の病気にかかった人たちと一緒に……」


「そうなんだ……亡くなったとは聞いてたけど詳しい状況は知らされてなかった……」


 ドラガンとレシアは、墓地に置かれた長椅子に二人並んで腰かけている。

レシアは朝から色々な感情が押し寄せ何度も何度も泣いてるようで、目は真っ赤に充血しており瞼もかなり腫れている。


「船ごとドラガンも一緒に海に沈んじゃったと思ってた。だからね、私、毎日サファグンのとこに行ってね、無理言って祠にお参りさせてもらってたの。もしまだ生きてるなら無事帰してくださいって」


 サファグンの神様は水神様でもあるからと言って、レシアは今できる精一杯の微笑みでドラガンを見た。


「そうだったんだ。無事帰って来れたのはそのおかげかもね、ありがとう」


 ドラガンも微笑んでレシアの頭を撫でる。

それが何とも心地良いらしく、レシアはまた涙が零れた。


「私たちの神様、怒らないかな?」


「どうだろうね。でも、そんなに器の小さい神様だとは思いたくはないね」


 そうだねと言ってレシアはくすくすと笑い出した。

泣いたり笑ったり忙しい娘だと、ドラガンも少し可笑しくなって笑った。



「船が帰って来ないってなってからね、毎日、船員の家族がうちに来てたの。うちの人に何かあったらどう責任とってくれるんだって、お母さん何度も責められてて……」


 それが海難という事なんだ。

改めてドラガンは実感したのだった。


「ほとんど助からなかったんだけど、家族の人たちはどうしたの?」


「助かったのは四人だけって知らされてね。ポーレさんとアリサさんが合同葬を行おうって言ってくれたの。しかもね、アリサさん各家を回って今後の生活の相談を聞いて回ってくれたのよ」


 合同葬は数日前に無事終わった。

ドゥブノ辺境伯の家宰のバルタという方が駆けつけてくれて、代表として花を供えてくれたのだそうだ。


 遺族の家を回っていたアリサだが、時には頭ごなしに怒鳴られたりしていて大変そうだった。

その光景を思い出しレシアは軽く唇を噛んだ。


「姉ちゃんは面倒見が良いからね」


 いつもそうだった。

それに何度救われた事か。

ドラガンは小さい頃の出来事をいくつか思い出し、涙ぐみそうになった。


「アリサさんが間に入ってくれたおかげで、船員の家族の人たち、みんな怒りをおさめてくれたんだよ。他の村だと船主の家族が殺されたりする事だってあるんだから」


「そうなんだ。姉ちゃんすげえな」


「普通、あんなに他人に親身になれないよ。憧れちゃう……」


 どうやらレシアは、アリサと自分を比べて少し惨めに思ったらしい。

唇を軽く噛んで黙ってしまった。

そんなレシアの頭をドラガンはポンポンと叩き、アンナさんが心配するから家に戻ろうと優しく言った。

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