第11話 市民
「おいドラガン、いい加減にしろよ! 姪っ子にどれだけお土産買うつもりなんだよ!」
村に帰るに際しお土産を持っていきたいと言うドラガンに、クレピーは、ある程度でしたらお出ししますよと言ってくれた。
村に帰ったらお返ししますと言って、ドラガンは音のなるおもちゃや、ぬいぐるみ、可愛い人形と、あれも良い、これも良いと見て周っていた。
そんなドラガンをホロデッツは呆れながら叱った。
荷物持ちで付いて来たアテニツァも、若干笑顔は引きつり気味である。
そろそろお昼にしようという事で、食事処に入る事になった。
最初にクレピーが入店し、ドラガン、ホロデッツ、リヴネ、ペニャッキと入店、最後にアテニツァが入店しようとした。
そこでアテニツァは店員に腕を引かれ、外に専用の席があるからそっちに行けと言われてしまった。
それなりの食事処ではこういう事は良くある事とアテニツァは承知しており、申し訳ないですと謝罪して亜人用の席に向かった。
席に着いた五人は、アテニツァが来ないことを不審に思っていた。
アテニツァはどうしたのだろうとドラガンが言うと、クレピーは至極当たり前の事のように、この店は亜人は入れない店だと言った。
日頃サファグンと普通に食事処で食事をとり酒を酌み交わすサモティノ地区の三人にとっては、かなり衝撃的な話だった。
キシュベール地区でも、ベルベシュティ地区でもそんな事は無かったし、ロハティンですらそんな事は無かった。
どうしてそんな事になっているのかと、ドラガンはクレピーに尋ねた。
するとクレピーは、亜人は二級市民だからだと極々当たり前の事を言うように答えた。
「それがヴァーレンダー公の統治なんですか?」
「いえ。市民たちが勝手にやっていることですよ。法で決まっているというわけではありません」
この街に対しドラガンが漠然と抱いていた嫌悪感の正体がやっとわかった。
恐らくどこかで亜人が虐げられている光景が視界の隅に映ったのであろう。
「ヴァーレンダー公は、それについてどう思っているんですか?」
「おそらく何とも思っていないと思います、むしろ、それを矯正することで圧倒的大多数の人間たちに混乱が生じる事を危惧しているのだと思います」
大いにありえる。
先日ヴァーレンダー公はトロルの事を迷惑な存在であるかのように言っていた。
あの時ドラガンはヴァーレンダー公の事を、民衆を数字でしか判断しない人と認識した。
「クレピーさんは、どう思っているんですか?」
「物心ついた時からこれが普通でしたからね。学校も彼らは彼ら用の学校に通いますし」
「どうしてそんな、自分たちから孤立するような事をするんでしょうね」
「普段からこうなわけですから、一緒の学校に行って危害を加えられたらってどの親も考えるでしょ? それなら自分たちだけの学校に行かせた方が安全だし健全と考えるのではないでしょうか」
気分が悪い、ペニャッキがそう言って席を立つと、ホロデッツもドラガンに、店を変えようと言い出した。
ドラガンもリヴネも同感だった。
ドラガンたちがそういう雰囲気を望むのならと、アテニツァも同席できる店に入ることになった。
ただ先ほどの店に比べると店内は非常に汚れていて、所々椅子や机が壊れている。
メニューを見ると露骨に値段が安く、店員の態度もぶっきらぼうだった。
一緒に食べられる場所というと、どうしてもこういう店になってしまうと、クレピーは申し訳なさそうに言った。
だがペニャッキもホロデッツも、こっちの方がよほど健全だと言って、メニューを見ている。
さすがに店の店長も、クレピーが総督府の執事である事は服装を見ればわかる。
ここはあなたのような方が来る場所ではありませんと、腰を低くして困り顔で言った。
クレピーは、こちらのお方がトロルと同席できる店をと所望したのだと説明した。
だからちゃんとした料理を出して欲しいとお願いした。
店長は困り果ててしまい、そんな事を言われてもペンタロフォ地区で出るような豆料理しか出せませんと言うと、ドラガンはそれが食べたいと笑い出した。
店に入ってからアテニツァは恐縮しまくっていた。
自分のせいでこんな事になってと俯きながら呟いた。
リヴネはアテニツァの背中をパンパンと叩き、俺たちは一緒に泥だらけになった仲間じゃないかと言って笑い出した。
クレピーの説明によると、トロルは大陸南東のルガフシーナ地区というところに住んでいる。
人間に比べトロルは背の大きな者が多く総じて力の強い者が多い。
ルガフシーナ地区は一面の草原で、そこに小さなテントを張って生活している。
人間たちも住んでいる事には住んでいるが、他の亜人の地区ほどには住んでいない。
なぜなら、土地所有という観念が弱いトロルと、自分の土地を信仰のように確保したがる人間とでは、そもそも相性が悪いからである。
さらにトロルは単純で、何かあると話し合いでは無く暴力に訴えてくる。
根は温厚なのだが怒り出すと手が付けられない。
他の地区と異なり地位協定が守られにくい地域なのである。
人間が住むのを避けるという事は、それだけ技術が伝播していないという事である。
草原と一言で言っても、いわゆる雑草が点々と生えるだけの土地が大半で農地にできる場所は極めて少ない。
川もろくに通っておらず、水の確保にも難儀している。
その為、生活の水準は大陸のどの地区よりも低く、食料事情は最悪を極めている。
そのせいで故郷を捨てアバンハード、アルシュタに行き、その力の強さ、体の頑丈さを活かして冒険者や土木作業に従事する者が多い。
ただ、比較的所得の良い冒険者になれる者は、頭の良い一握りで、多くは安い日当で土木作業に従事している。
セイレーンよりも教育の質が悪い為、口の上手い者に騙され身を崩す者が非常に多い。
アバンハードでも、アルシュタでも、見せしめの為に公開処刑を行っているのだが、トロルの処刑件数が明らかに多い。
それだけトロルの犯罪件数が多いという事である。
だがそのせいで、トロルは犯罪者予備軍かのような印象を与えてしまっている。
悪循環ですよねと呟くように言うと、クレピーはアテニツァを見て小さくため息をついた。
その日の夜、ヴァーレンダー公から壮行会という名目で晩餐の誘いがあった。
そこで昼間にあった事を話し、ヴァーレンダー公はどう考えているのかと尋ねた。
ヴァーレンダー公も家宰ロヴィーも、耳の痛い話と言ってため息をついた。
アルシュタでも、昔から貧困から犯罪に走るものが非常に多く、総督であるヴァーレンダー公もかなり頭を悩ませている。
その最大の原因は教育の質の悪さに尽きると思っているらしい。
ただ大陸西部と異なり大陸東部では、亜人たちは亜人による教育をと考える。
大陸の西部では、ロハティンの学府に行き、それなりの教育を受けて故郷に戻って教師になるのが普通である。
だが大陸東部では、そんな亜人の教師は一人もいない。
教育というものは一朝一夕にいくものではなく、教える側の技術が上がり、それによって学力が上がった者が学府で学び教師になる。
それを繰り返して底上げをしていかなくてはならない。
ただ、そこに一つ問題がある。
教師の候補になるような人物が郷で教師をするより、街で体力仕事に従事した方が良い生活ができるという現実である。
「つまり、ペンタロフォ地区やルガフシーナ地区が豊かにならないと、教育の質が上がらないという事ですか」
「有り体に言えばそういう事になるな。我々も大昔から、どうすれば共栄できるかずっと頭を悩ませてきてはいるのだよ。それこそ何代も前の総督の頃からな」
せめて亜人たちが大陸西部のように人間たちと一緒に教育を受けてくれればと思うのだが、そういう意識改革を亜人たちが拒むという状況なのである。
落ちこぼれるのが目に見えているからというのがその理由なのだそうだが、人間にだって落ちこぼれは出るのだから、亜人の中でもついて来れる者はいるはずなのだ。
ヴァーレンダー公たちはそう考えるのだが、周囲の雰囲気というものもあるようで、中々に難しい問題なのである。
「何でそこまでわかってて未だに改善がされないんですか?」
ドラガンの質問にヴァーレンダー公は、酒を口に運び少し言い淀んだ。
ドラガンが自分を責めているわけではなく、単に純粋な疑問を口にしているだけというのはわかる。
だがどうしても為政者として心苦しいものを感じてしまうのである。
「色々理由はあるだがね、一番大きいのはやはり家庭教育だと思うのだよ。わかりやすくいえば、エルフと君のような者がこちらにいないという事だ」
「え? 私ですか?」
「そうだ。総じて知能の高いエルフ。それと突発的に生まれる天才を育てられる環境という事だ」
ヴァーレンダー公の説明に、ドラガンはいまいちよくわからないという表情をした。
そこからはロヴィーが説明した。
天才という類いの人は小さい頃に他人と違うと言って潰される事が非常に多い。
それを伸び伸び育てられる環境というのは、かなり余裕が無いとできない事なのである。
なぜなら、どの家にも稼業があり子供は未来の労働力である。
だが、天才は総じて労働力という点においては人並以下である事が多い。
それなりに社会が成熟していて、ある程度の経済力があれば、コミュニティ全体で育成するという事もできるのだが、そうでなければ単に人並以下の労働力として使い潰されてしまうからである。
また天才の発揮する能力というのは、露骨に周囲の学力平均に左右される。
周囲の学力が低いと、天才の閃きが、かつての天才の閃きだったなんて事にもなりかねないのだ。
その為この大陸では、これまで画期的な発明発見といえば全てがアバンハードなどの大都市かベルベシュティ地区が発生源であった。
ある程度の経済力を得るためには、そういう規格外の頭脳による発想が不可欠なのである。
だが、天才の能力を伸ばすだけの余裕がペンタロフォ地区にも、ルガフシーナ地区にも無く、そのせいでこれという産業も起きない。
だからずっと貧しいまま。
貧しければ土地を捨て街に逃げる者も出る。
先細る一方なのである。
ロヴィーの説明にドラガンは、そういうものなのですかと言って大きく頷いた。
そこから再度ヴァーレンダー公が説明を始めた。
今回の沼の水抜きが成功するようであれば、一人でも多くトロルを雇い、農業に従事するという事を学んでもらおうと思っている。
その後で、その技術をルガフシーナ地区に持ち帰ってもらえればと考えている。
その技術で草原を農地に変えてもらえれば、そしてそれがアルシュタに入ってくるようになれば。
そうなれば、アルシュタは食料の自給のみに力を入れなくても良くなり、大陸西部のように芸術品など嗜好品を生み出す事に力を入れられるようになる。
「それほどに、今回の水抜きの話には我々の未来がかかっているのだよ」
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