第38話 北部戦線

 ソロク侯とゼレムリャ侯から報告を受けたヴァーレンダー公とボヤルカ辺境伯は、ホストメル侯とオラーネ侯の侯爵屋敷の事には何の興味も示さずに、ホルビン辺境伯、ブルシュティン辺境伯、ユローヴェ辺境伯、リュタリー辺境伯の四人を呼び寄せた。


 アバンハード軍の空軍と陸軍を率いてスラブータ侯爵領へ向かうように。

そうヴァーレンダー公は四人に命じた。


「まず、空軍が先行すればよろしいのでしょうか? というか、そもそもスラブータ侯爵領のどこを目指せば?」


 ホルビン辺境伯の質問にボヤルカ辺境伯が説明を開始した。


 現在スラブータ侯爵領からの定期報告が途絶えてしまっている。

さらに敵北部戦線ともいえるマロリタ侯爵領の状況も入って来てはいない。


 ユローヴェ辺境伯の屋敷から何も言って来ないところを見ると、北部戦線は恐らく膠着か敗退して籠城かという状況だとは思う。

だが問題は南部戦線である。

コロステン侯からの報告が入ってこないのだ。


 恐らくだが残念ながら南部戦線は既に崩壊してしまったと推測する。

仮に領府ネドイカでの包囲戦となっていたら空軍はあまり役には立たないかもしれない。


 そこで空軍には陸軍と行動をいつにしてもらい、索敵を密にし、戦況を逐一アバンハードへ報告していただきたい。




 ポーレたちはプリモシュテン市を離れた後、一旦マーリナ侯の侯爵屋敷へ挨拶に伺った。

一応でも暗殺作戦の事を新たにマーリナ侯となったボフダン卿に情報として入れておこうと思ったからである。



 ボフダン卿はポーレたちを先代時代からの客人として招き入れた。

だがすぐに人払いをお願いされ、例の暗殺計画を打ち明けられたのだった。


 ボフダン卿は、先代イェウヘン卿同様、かなり義侠心や正義感に篤い人物である。

歳が若い分、そういう感情の強さは先代以上かもしれない。

話を聞くと静かに椅子の背もたれにもたれかけ大きく息を吐いた。

恐らくは義侠心と正義感とで大きな葛藤が生じているのだろう。


 先代イェウヘン卿もそれで悩み、最終的に義侠心を取って晩節を汚すと言ってくれた。

ボフダン卿も散々悩んで一つの答えを出した。


「応援はする。ただし賛同はしない。個人としては成功に終わる事を祈っている。だが侯爵としては知らなかったという事にする」


 ボフダン卿はイェウヘン卿と異なり正義感を取ったという事であろう。


「個人としてでも応援いただければそれで。ヴァーレンダー公も同じ考えのようですから」


 ポーレの言葉を聞いて、ボフダン卿はヴァーレンダー公もかなり悩んだのだろうと思いを馳せた。



 翌日、ポーレたちは侯爵屋敷を発つ事にした。

ところがそこにセイレーンがやってきて急報がもたらされたのだった。


 本日、朝からオスノヴァ侯、ユローヴェ辺境伯、ドゥブノ辺境伯連合軍と、マロリタ侯、ロハティン連合軍が衝突し、激しい戦闘が行われている。

これまではマロリタ侯爵軍のみだったのだが、突然ロハティン軍が合流し攻めかかってきたらしい。

オスノヴァ侯はすぐにサファグンに援軍を要請したのだが、如何せん正規軍の数が違いすぎる。

戦況はかなりこちらが不利という状況らしい。


 ドラガンたちがイェウヘン卿の遺体を持ってやってきた際、一緒にボフダン卿宛てのヴァーレンダー公の書状も持ってきている。

その書状には”北部戦線の支援をお願いしたい”と書かれていた。

”セイレーンの族長アスプロポタモス族長にも軍を整えてもらっているので、必要とあらば要請するように”とも書かれていた。


 ボフダン卿にしても新たな家宰のキドリーにしても、外交や内政は経験があるのだが、軍に関する経験は皆無である。

正直そう言われてもどう対処して良いか困っていた。


 この時も報告を受けてもマーリナ侯爵軍を送ってよいものかどうか判断できずにいたのだった。

そんな二人にザレシエは事態は一刻を争うのだからさっさと決断しろと一喝。


「戦場いうんは、戦線が完全に崩れてもうたらどうにもならへんくなるんです。こっちが不利なんやろ? そしたらさっさと兵を送らな。それも最大限に」


 ザレシエの指摘でキドリーは慌てて兵舎に向かい出陣だと叫んだ。

この状況でまだ軍の準備ができていなかった事にザレシエは苛立った。

オスノヴァ侯爵軍だって出陣に際し挨拶をしていっただろうに、何故自分たちは無関係だと思えたのだろうか。


 ポーレはザレシエの苛立ちを見て、ボフダン卿にザレシエを一旦置いて行くと告げた。

自分たちはこのままユローヴェ辺境伯の屋敷に向かう。

そこで合流する事にすると言って六人で西街道を西に向かった。



 恐らくいつでも出れる準備をしていた者たちはいるだろうから、その者たちをまずは先行させるべきとザレシエはキドリーに進言。

まずはその号令をかけてくれと頼んだ。


 キドリーは言われるがままに将軍たちに指示を出した。

将軍たちもやっとかという態度で兵の半数はすぐに出れるようにしてあると報告。

キドリーはその半数でまず急行してくれと命を出した。


 ザレシエはその後一旦宰相執務室に入り今後の方針を提言。

まずは残りの兵の準備が整い次第急行させる。

それとセイレーンの部隊が温存できているはずだから、プリモシュテンに執事を急行させ、プリモシュテンのセイレーンに族長屋敷に飛んでもらい、アスプロポタモス族長に出陣を促す。

当然マーリナ侯の署名が必要なので、すぐに書いてもらう。


「それと各村の万事屋に連絡し、冒険者たちに準備もしてもろた方が良いでしょうね。そこまでの事にはならんとは思いますけど念のため」



 キドリーは執事たちをかき集め、そこまでの準備を急いで行って貰うと、ザレシエと共に侯爵執務室に入り人心地付いた。


「どうしたというのだろうな。これまでずっと睨みあいを続けていただけだったのに、突然ロハティン軍が出兵してくるだなんて」


 もしかしたらしびれを切らしたのだろうか?

初めての事だからどうにも頭が付いて来ないと、ボフダン卿が茶を啜りながら情けない事を言い出した。

それはキドリーも同様で、ザレシエが残ってくれて助かったと、こちらも情けない事を言っている。


 それまで黙って茶を啜っていたザレシエが細く息を吐いた。


「恐らくですが、南部戦線が崩壊したんですわ。スラブータ侯の領府ネドイカは今、敵軍に包囲されとるんやと思います。だからロハティン軍はこっちに兵を向ける余裕ができたんやないかと」


 ザレシエの推測に、ボフダン卿もキドリーも驚いて湯飲みを落としそうになった。


「アバンハードでも対処を検討して、進言もしたんですけどね。遅かったか、何らかの事情で前線に報告が行かへんかったか、もしくは……その対処では駄目だったのか」


 ザレシエは悲痛な表情を浮かべて茶を啜った。

ボフダン卿がどんな対処なのかと尋ねるので、ザレシエはため息交じりにアバンハードで話し合っていた竜を狂わせる麻薬の話をした。


 たださすがに領府ネドイカの民衆に向けて同じ事はしないであろうから、純粋に市街戦か、街を背に睨みあいか。

恐らくはそんな状況であれば市民も全力で抵抗はするだろうから、そう簡単には街は落ちないとは思うとザレシエは推察している。


「であれば時間を稼げれば稼げるほど、スラブータ侯爵軍が有利という事になるんですか?」


 キドリーの質問にザレシエは無言で首を横に振った。


「恐らく、敵は水路を遮ってくるんやないかと思いますね。あまり長くその状況が続くようやと、水が使えへんくなった市民たちも敵にまわってまうかもしれません」


 そうならない為にも早急に北部戦線を勝利で終えねば。

だが奴らはきっと二の矢を放ってくる。

その対処を今からやる必要がある。

そうザレシエは進言した。

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