第37話 侯爵屋敷

 翌朝、十分な守備兵を残し、ソロク侯爵軍とゼレムリャ侯爵軍は、オラーネ侯の侯爵屋敷へと進軍を開始した。

前日の辛勝によってソロク侯爵軍は三分の一の兵と将軍を失っており、主軍はゼレムリャ侯爵軍であろう。

行軍はゼレムリャ侯爵軍が先行し、その後ろをソロク侯爵軍が進軍という体制であった。



 オラーネ侯爵領を横切る西街道は、かなりの部分をベルベシュティの森が覆いかぶさっている。

その森の途切れた所にそこそこの町ができているという感じである。

町に入る度に市街戦になるのではないかとゼレムリャ侯爵軍は緊張したのだが、そんな事は無く、むしろ集落の無い森を行軍している時に奥から矢の一斉斉射を食らった。

だがその抵抗も比較的軽微で、恐らくは先日の一戦で動かせる部隊を失ったのであろう事が想像される。

とすれば一戦するとなれば恐らくは侯爵屋敷前。



 ゼレムリャ侯が推測した通り、守備兵は侯爵屋敷前に集結していた。

数は少ないが、民兵を徴兵し弓を持たせて数を水増しさせている。

観察した感じで守備兵の半数は冒険者であり、正規兵はそこまで多くない。


 ゼレムリャ侯は十分に後続の兵が追いつたのを確認し戦闘開始の命を下した。

オラーネ侯爵軍は将軍の一人が指揮を執っている。

先日の戦いで劣勢と見るや我先にと逃げ出した人物である。


 まず執事の号令で一斉に民兵が矢を射かけてきた。

こういう場合によくある光景ではあるのだが、軍に造詣ぞうけいが浅い者ほど、戦に慣れぬ者に弓を持たせがちである。

戦場で足手まといになると考えるからである。

だが実は弓というものは剣や槍に比べ扱いが難しい。

多少は小動物の狩りなどで心得があったとしても、しかと狙って撃つというのは難しいのだ。


 結局民兵の矢は幸運な数本以外、ほとんど何の役にも立たなかった。

逆にゼレムリャ侯爵軍の弓隊によって指揮していた執事が狙撃され、民兵たちは我先にと戦場を離脱した。



 正規兵たちは自分たちの地位を守るという強い意志があり、それなりに奮戦しているが、冒険者たちは金で雇われており、そこまで士気が高く無い。

さらに彼らには連携というものが無い。

近くで正規兵がやられそうになっていても助けるような動きはしない。

冒険者は自分の身の保全が第一であり料金分以外の事は極力しないのである。


 オラーネ侯爵軍の正規兵は次々に地に伏していき、ついに将軍が地に膝をついた。

そこにゼレムリャ侯爵軍の兵は一斉に剣を突き立て、残った兵は全て降伏した。




 侯爵屋敷に突入したソロク侯とゼレムリャ侯は入ってすぐに顔を見合わせた。

何か変な臭いがする。


 一階の奥の部屋に向かったが、匂いは強くはならない。

二階に行くと、むしろ匂いは弱くなる。

この匂いは一体どこから?


 もう一点不思議な事がある。

使用人が誰もいないのである。

執事は先ほどの戦いで全員討死したか捕虜になったかしているのかもしれない。

それにしても誰かしら残っていても良いであろうに、一体どこへ行ってしまったのか?


 二人は先ほどの戦いで捕虜となった正規兵たちにこの屋敷で何があったのかたずねた。

正規兵たちにとって、もはや内密にしておく理由など何もなく、知っている事を素直に証言し始めた。



 話はヴィシュネヴィ山の山賊討伐に遡るらしい。

あの時、ロハティン軍とスラブータ侯爵領は将軍が率いていたのだが、オラーネ侯爵軍は将軍以外に家宰のフルヒフが参陣していた。


 フルヒフはかつては竜産協会で総務部の経理部長をしていた人物である。


 フルヒフは山賊討伐に出立する前にオラーネ侯に商品の女性を宛がって行ったらしい。

討伐の間その事がかなり話題になっていた。


 山賊討伐から帰ると侯爵屋敷は大事件となっていた。

オラーネ侯が行方不明となっていたのである。


 フルヒフはオラーネ侯の捜索を冒険者に依頼。

だが、その日を境にオラーネ侯の家族が一人また一人と行方不明になっていった。


 こうしてオラーネ侯爵領は暫定的フルヒフが統治する事になったのだった。

あくまでオラーネ侯が見つかるまでという事で。


 現在フルヒフはスラブータ侯爵領の侵攻軍に帯同している。



 話を聞いた二人の侯爵は、この屋敷のどこかに監禁部屋があると確信した。

恐らくその部屋には内と外、二か所に入口がある。


 そして屋敷側の入口は恐らく侯爵執務室のどこか。

ソロク侯は侯爵執務室の真下にある部屋に入った。

その部屋は普段は多目的の広間として利用している部屋である。


 一旦部屋を出てその隣の更衣室に入った二人はある事に気が付いた。

明らかに壁が厚い。

まるで間にクローゼットくらいの奥行の小部屋があるかのよう。


 再度、二階の侯爵執務室へ行き、その隙間の真上に当たる壁を注意深く調べてみる。

すると本棚の一部が扉になっており開く事がわかったのだった。



 ソロク侯とゼレムリャ侯は護衛に次いで暗い階段を降りて行った。

屋敷の入口で嗅いだ匂いと同じ匂いが階段には漂っている。

しかも数倍強い匂いである。

間違いなく匂いの元はこの先にあると二人は確信を持った。



 階段を降りていくと、その先にかなり重そうな石扉があった。

護衛にその扉を開けさせると、強烈な匂いが扉の奥から漏れ出てきた。


 鼻が曲がりそうになるほどの強烈な腐臭の中に、蜂蜜のような甘い匂いが少しだけ混ざっている。

扉の奥を燭台で照らした護衛の一人がうわあと叫び声をあげて腰を抜かした。

別の護衛はその光景を見て吐き気を催している。


 ソロク侯とゼレムリャ侯はその護衛の反応で、ある程度その先にどんな光景が広がっているかはわかった。

だが確認の為、部屋の中を覗き込んだ。

見なければ良かった。

二人は激しく後悔した。


 部屋の中には無数の腐乱死体と白骨が転がっていたのだった。

壁の鎖に繋がれた女性のものと思われる白骨遺体。

台の上に乗せられ鎖に繋がれた女性のものと思われる白骨遺体。

奥の扉には爪で引掻いた跡があり、その横に高貴そうな服を着た白骨遺体が転がっている。

まだその三体はマシな方である。


 問題はそれ以外の数体の遺体。

衣類からするとオラーネ侯の家族であろう。

こちらは全てまだ腐乱死体の状態なのである。

所々白骨が見え、一部は肉体が溶けている。

変な蟲がその周囲を跳ねまわっている。


 ソロク侯とゼレムリャ侯は扉を閉めさせると、無言で階段を駆け上がり便所に駆け込んだ。

そこで思い切り嘔吐したのであった。

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