第37話 救出

 フリスティナは宝石店に入ると、真っ直ぐ奴隷たちが収監されている地下室へ向かおうとした。

だが、地下への階段の手前のドアが開き、奴隷商の雇っている用心棒がぞろぞろと武器を手に出てきた。


 用心棒たちの最後尾に浅黒い肌の男が蛮刀を構えて立っている。

手には宝石の付いた指輪をいくつもはめており、鼻の下には立派な髭を蓄えている。

恐らくあれが奴隷商オレクサンドル・ヤニフだと、その場の誰もが思った。


 通路はそこまで広くはなく、二人が横に並ぶのが精一杯という感じである。


「長物のやつは下がってろ」


 蛮刀を持ったトロルが一歩前に出た。

すると、先ほどの戦いでヴァーレンダー公を守っていたトロル二人が前に出た。


「おめらばりに良い顔されでたまるがよ! 今度はおらだづの番だべ」


 少し得の長めの板斧を持ったトロルと、棘の付いた棍棒を持ったトロルが、蛮刀を持ったトロルを押しのけて前に出た。


 相手の用心棒たちもかなりの手練れのようにアルディノには見えた。

だが、二人のトロルはまるで相手がどのような攻撃をしてくるか、事前に察知でもしているかのように武器で受け流し、相手の体制が崩れたところに容赦なく武器を叩きつけた。


 顔面を棍棒で強打され絶命する者の横で、板斧で袈裟斬りされて絶命する者がいる。

二人のトロルは交代交代で用心棒に対峙。

用心棒の返り血で二人はあっという間に真っ赤に染まった。


 二人のトロルが用心棒を相手にしている間、フリスティナたちは地下へと降りて行った。

糞尿の強烈な臭いが鼻を付く。

糞尿の臭いに混ざり腐肉の臭いもしている。


 奴隷商の用心棒がいるかもしれず、フリスティナたちは慎重に奥へと進んで行く。

視界のほぼ効かない部屋、その周囲から無数のすすり泣く声が聞こえ、実に不気味であった。

怪我を負っているのか、ううといううめき声も聞こえる。


 廊下にあった燭台で猛獣用の檻を照らすと子供が捕らえられているのが見えた。

明らかに数が多い。

この子たちは一体どこから?

ヴァーレンダー公が呟いた。


「半月ほど前、孤児院が補助金の不正受給の嫌疑で潰されとるんです。恐らくは、そこにおった子たちかと」


 そう言ってフリスティナは悔しそうな顔をして唇を噛んだ。

嫌疑だけで潰すという事は恐らくは目的は孤児を奴隷にする事だったのだろう。



「アルテム!!」


 ゾルタンは、壁に付けられた枷を両手に付けられ、磔にされている男性に向かって叫んだ。


「ゾ……ゾルタン……そうか、俺、ついに死んだのか……」


「馬鹿ちん! 生きとうわ! 助けに来たっちゃん! しっかりせれ!」


 ゾルタンは鉞を振って鎖を断ち切ると、腰に吊るしていた水筒で水を飲ませた。


「アンジェラとイネッサがどこかに連れて行かれちまったんだよ。オレストも少し前から声が聞こえないんだ」


 よく見るとアルテムは拷問を受けていたのか体中痣だらけである。

ゾルタンが肩を貸し牢内を案内してもらうことにした。

ここは売約済みの子、ここは病気になった子、ここは売り出し中の子とアルテムは案内していった。

オレストは病気になっていたらしく、病気の子の檻の中に寝かされていた。


 最後にアルテムは大きな木の箱を指差した。


「亡くなった子はあの中に入れられてるんだ。もし余裕があるんなら、あの箱も運び出してもらえないか。ちゃんと弔ってやりたいんだ」


 アルテムの懇願を聞いたヴァーレンダー公は、プラマンタに竜車を呼んでくるように飛んでもらった。

ほっとしたアルテムは、そのまま気を失ってしまったのだった。




 竜産協会の支部に到着したマイオリー、ムイノク、イボットの三人と、ロズソシャとチャバニーの女性冒険者は、マクレシュと合流し支部に乗り込んだ。


「地下への入口は三階だ。そこからしか地下には降りれない。だけどその前に三階から六階に行く! 支部長室だ!」


 マイオリーは走りながらムイノクたちに情報を流した。

三階へ上がると階段はそこで行き止まりだった。

上に行く階段も下に行く別の階段も登って来た階段からは少し離れたところにある。


 一向は上り階段を目指して走った。

すると正面から武器を持った恐らく用心棒と思しき者たちに出くわした。

たった六人でどうするのかと、チャバニーがムイノクに尋ねた。

相手は十五人。


 ところがイボットは完全に頭に血が上っており、用心棒を見ると単身突っ込んで行った。

ムイノクは馬鹿野郎と叫び、イボットに次いで用心棒に向かって行く。

マクレシュはそんな二人を見て、若いなあと笑い用心棒に突っ込んで行く。

マイオリーはそんな三人に少し呆れ気味で、立ち止まって弓を構えた。


 イボットの片刃刀は用心棒の剣に阻まれてしまう。

ムイノクの両刃剣の斬撃は何とか用心棒の体を捕らえたが、致命傷にはならない程度の怪我しか負わせられない。


 マクレシュの武勇は凄まじかった。

構えた剣の中心少し下を正確に弾き相手の左胸に戟を突き刺し、あっという間に一人を床の敷物にする。

飛び散る返り血を気にも留めずイボットと対峙する用心棒の顎を砕き二人目。

さらに走り込んで行って奥の用心棒の腹に風穴を開けた。

わずか三撃で死体三つ。


「何だあのトロル! 化け物かよ!」


 後方で弓を構えていたマイオリーは、マクレシュの俊敏な動きに呆然だった。

マイオリーを護衛するように剣を構えていたロズソシャとチャバニーも、驚いて棒立ちになってしまっている。

イボットは目の前で何が起きたかわからず混乱しているし、ムイノクにいたっては見えないうちに鮮血が飛び散り少し畏怖している。

マクレシュの圧倒的な強さに用心棒たちはたじろいだ。


 イボットはムイノクと対峙していた冒険者に止めを刺すと、再度ムイノクと二人でマクレシュの隣に並ぶ。

イボットたちが追いつたのを見てマクレシュは再度戟を振う。

中央の用心棒の左肩を吹き飛ばし、さらに奥に進んで正面の用心棒の喉を一突き。

完全に士気の落ちた用心棒を、イボットとムイノクの二人で斬り進んでいく。

十五人の用心棒はあっという間に全滅した。



 一行は一気に六階へと階段を上って行った。

奥の扉の前で一同は一旦歩みを止める。

マイオリーがドアを開けようとしたのだが鍵をかけられたらしく開かない。

するとマクレシュが戟でドアの取っ手周辺を撃ち抜いた。


「何だ貴様ら! 何者だ! ここをどこだと思っている! 私を誰だと思っている!」


 部屋の中には壮年の小太りな男性が一人。

その両隣に布の少ない服を着せられた女性。

男性は長めの片刃刀を両手に持って構えている。

支部長セルジー・スコーディルである。


「誰でも良いよ。どうせお前はすぐに死体に変わるんだ。名前なんてどうでも良い」


 スコーディルはイボットの挑発に激怒した。

それまで恐怖で剣先が震えていたが、怒りでピタリと止まった。


 イボットが同じく片刃刀を両手で構え一歩進み出た。

スコーディルは正眼、イボットは下段に構えている。

お互いじりじりと近づいていく。

すると女性の一人が後ろからスコーディルを突き飛ばした。

イボットは前のめりになったスコーディルに刀を伸ばす。

イボットの刀は見事スコーディルの胸部を貫いたのだった。


「良いタイミングだったぜ、アリョーナ。助けが来たんだ。お前たちも一緒に行こうぜ」


 マイオリーは二人の女性を労うと、上着を脱ぎアリョーナに投げて渡した。

マイオリーはムイノクから上着を受け取ると、アリョーナと一緒にいた女の子の元に近づいた。


「今までよく頑張ったな、ナタリヤ。今からダリアたちを救って脱出する。ダリアたちが捕まっている場所まで案内できるな?」


 ナタリヤはマイオリーに頭を撫でられると、安心感からかポロリと涙を零し無言で頷いた。

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