第38話 撤退

 マイオリーたちは一旦三階まで降りた。

下りて来た階段のさらに奥に扉があり、そこで立ち止まった。


「この扉を開けると細い階段があって一階に行けます。一階に行ったら、また同じような扉があって、その先に地下にいく階段が。ですけどどちらも鍵が無いと……この扉は頑丈で……」


 ナタリヤがまだ説明をしているというに、マクレシュが戟でドアを打ち破った。

マイオリーは思わず口笛を吹いた。

ムイノクたちはもうマクレシュの規格外の行動に慣れてきて、もはやこの程度では驚かなくなっている。

だがナタリヤとアリョーナは初見であり、完全に言葉を失っている。



 階段は一人通るのがやっとという狭さで、先頭はマクレシュが進んでいる。


「アルシュタの件からするに、この面倒な作り、どうやらここも最初からこういう商売目当てで作られてるっぽいな」


 そう言って、二番手を進むイボットが苛立ちながら四方を見渡した。


「アルシュタでも、こいつらこんな事やってたのかよ……」


 三番手のムイノクはそう呆れ口調で言い、階段を下りながら後方を確認した。

どうやら全員付いて来れているらしい。



 一階に着くとマクレシュは、再度、重そうなドアを戟で一突きにした。


「何だこの臭い? 甘ったるいというか、甘酸っぱいというか……」


 ムイノクは思わず口元を手で覆った。


「麻薬だ! まともに吸い込むんじゃねえぞ! ちゃんと口に布当てとけよ!」


 イボットは忠告すると上着を脱ぎ、それを切り刻んで皆に配布した。


 壁に掛けられた燭台に火を灯しながら、マクレシュは慎重に階段を下りて行く。

マイオリー、ロズソシャとチャバニー、ナタリヤ、アリョーナはその場に残ることになった。



 地下に下りた三人は、またも重い扉に行く手を阻まれる事になる。

これまで同様扉を打ち破ったマクレシュは、先ほどよりもかなり強い匂いに思わず顔を背けた。


 部屋の中に入った三人は、およそこの世の地獄のような光景を目の当たりにすることとなった。 


 女性たちは全員衣類を身に付けておらず、恍惚とした表情で涎と糞尿を垂れ流して、力無く地面に寝転がっている。

中には少女というくらいの女の子もいる。

よく見ると、奥の方には裸の女性が折り重なるように積み重ねられている。


 あまりの惨状にムイノクは思わず嘔吐しそうになった。

イボットは匂いの元になっている燭台の火を消し、女性たちを一人一人確認していく。

だが全員ピクリとも反応せず、生きているのか死んでいるのか全く判別がつかない。


 三人は、とりあえず全員マイオリーのいるところまで運び出そうと言い合った。

一人が運べるのは二人が限界で、一回に運び出せるのは六人だけ。

二回目からはマイオリーたちも手伝い、全員を一階まで運び出した。


 女の子の一人がナタリヤの探していたダリアだったようで、ナタリヤはダリアを抱きしめ、わんわん泣き出した。


「で、この娘たちどうやって外に運び出すよ? とりあえず一旦三階まで担ぐかい?」


 イボットは足元に寝かされた二八人の裸の女性を眺め見てムイノクに尋ねた。


「ほいなめんどぐせこどしねんでも、こごは一階なんだがら壁さ破れば良いべ」


 マクレシュの提案にイボットとムイノクは笑い出した。

マイオリーもガハハと笑うと、マクレシュの背をパンパン叩いた。


「じゃあ先生、いっちょ頼みますわ」


 マイオリーに促され、マクレシュは無言で頷いた。

戟を壁に向かって構えると目を閉じて精神を統一。

かっと目を見開く。


 はぁぁぁぁ!


 戟を壁に何度も突き刺した。

ふっと息を吐くと、壁はぼろぼろと崩れ落ちた。

アリョーナは言葉も無く、思わず拍手をした。

泣いていたナタリヤも、口をぽかんと開けて壁の外を呆然と見ている。


 壁の外で待機していたエピタリオンは腰を抜かして驚いている。

目の前の壁が轟音を立てて崩れ落ち、そこから見知った顔が出てきたのだ。

驚くなという方が間違っているだろう。


「エピタリオン! ぼうっとしてないで早く竜車を持って来てくれ!」


 ムイノクに叱られ、エピタリオンは全力で船まで飛んだ。


 今回竜車は、僚船にそれぞれ一台づつしか積んで来ていない。

現在一台はヴァーレンダー公たちが使用している。

だが、二八人の女性を乗せるとなると、かなり詰め込まないといけないであろう。




 竜車の到着を待っていると、ヴァーレンダー公たちを乗せた竜車が通り過ぎて行った。

するとその後ろから南の鎮台の兵が駆けつけて来る。


 マクレシュは竜車が通りすぎると戟を構え、街道の中央に仁王立ちになった。


 マクレシュの姿を見たトロルが二人、竜車から飛び降りる。

長柄の武器を持った二人のトロルは、マクレシュの両脇を固めるように同様に仁王立ちになった。


 ロハティン軍の兵は、わずか三人という寡兵を見て、そこをどけと言って突っ込んできた。

一瞬の出来事だった。

わずか三人。

そのわずか三人が、ロハティン軍の、それも正規軍の軍人を七人葬ったのである。


 三人は武器に付いた血を滴らせ、ロハティン兵に近づいて行った。


「あ、あ、相手はたった三人じゃないか! ひ、怯むな! か、数で押し切れ!」


 団長と思しき人物がそう命じた。

だが、皆、先ほどの光景を目にしている。

誰しもが二の足を踏む。

勇気を振り絞って突進してくる兵もいたが、一太刀も浴びせられず三人のトロルの前に横たわる事になった。



 百人以上の兵が、わずか三人に足止めされている間に竜車が到着。

ムイノクたちは裸の女性たちを乱雑に竜車に乗せ続けている。



「どうした? もう骨のあるやづはいねえのが?」


 マクレシュが挑発し、戟で地面をガンと叩く。

両脇のトロルも師に倣って武器で地面を叩く。


 二十人近い兵が、一斉にマクレシュたちに襲い掛かった。

だがマクレシュたちは見事な体捌きで相手の武器を射程ギリギリで避け、各々の武器を叩きこんでいく。

二十人はあっという間に十五人になり、九人に減り、二人に減る。

腰を抜かし地にへたり込んだ兵を両脇のトロルが止めを刺した。


「ば……化け物め……」


 団長は震えあがった。



 そうこうしている間に竜車の方の積み込みが完了した。

竜車の天井にはマイオリーが乗って弓を構えている。

さらにその上空にはプラマンタとエピタリオンが武器を構えて飛んでいる。

御者席にはロズソシャとチャバニーが乗り込み前方を牽制。

後方からはムイノクとイボットが追いかけ、その後ろをマクレシュたちが追いかけている。


 途中、公安が前方に立ち塞がった。

だが、マイオリーが一人の眉間を正確に撃ち抜くと公安たちも恐怖で道を開けた。


 こうして竜車は無事港湾に突入したのだった。

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