第36話 襲撃
ムイノクとイボットは、ロズソシャ、チャバニーという女性二人の案内で放牧場に急行。
芝生で呑気に寝ているマイオリーと接触した。
マイオリーはムイノクから手紙を受け取ると肩を震わせた。
「そうか……あの坊主、無事だとは風の便りに聞いていたが。今度は手を貸して欲しいってか。で、俺は何をすりゃ良いんだ?」
この日が来るのをじっと待ち続けてきた。
俺は嫌な奴らにぺこぺこと頭を下げ続けて、この日が来るのをずっと待ち続けたんだ。
そう言ってマイオリーはムイノクを睨むような目で見た。
「竜産協会の支部で女性を商品として売るために監禁している部屋を知らないか? その娘たちを救出したいんだ」
ムイノクの問いにマイオリーはパンと肩を叩いた。
「俺はそれをずっと探っていたんだ。同郷の協力者を得て、ある程度まで場所は把握できている。すぐにでも救出にかかろう。今ならまだ助かる女もいるかもしれん」
ムイノクがどういうことだと尋ねたのだが、マイオリーは険しい顔をしそれ以上は答えなかった。
その態度でイボットには全てが理解できたらしい。
スヴィルジとナディアさんの仇をとってやると鬼の形相で呟いた。
ヴァーレンダー公はトロルたちとプラマンタを引きつれて、南町の宝石店に向かった。
途中、突然トロルに袖を引かれた。
見ると、目の前に顔を隠した者たちが手に手に武器を持ち立ちはだかっている。
その数二六。
こちらはヴァーレンダー公とプラマンタを入れてわずか七人。
五人のトロルたちは武器を取り、ヴァーレンダー公を守るように立ちはだかった。
ヴァーレンダー公もすらりと腰の剣を抜く。
刺客の一人が無言で剣を前に振り合図をすると、残りの二五人は一斉にヴァーレンダー公に襲い掛かった。
トロルの一人が片鎌槍を驚異の早業で突き出し、あっという間に三人を突き殺す。
あまりの早業に刺客たちは驚き一瞬足を止める。
そこを一人のトロルが蛮刀を振るって二人の刺客に止めを刺す。
更に別のトロルが槍で突いて一人の刺客を突き殺した。
一瞬であった。
あっという間に六人の刺客が命を落とした。
だがそれでも、まだ二十対七である。
「師匠の顔さ泥塗るなよ!」
ヴァーレンダー公を守っているトロルの一人が叫ぶと、前の三人は指一本触れさせないと意気込んだ。
前の三人は逆に刺客に斬り込んでいき、鬼神の如き暴れっぷりで、一人また一人と命を刈り取っていく。
一方で敵の攻撃に対しては見事な体捌きと武器捌きで全てを武器で反らして傷一つ受けない。
すると刺客の後方から矢が射かけられた。
本来であれば、斬りつけて混戦になっている所を、弓隊で止めをという連携の予定であったのだろう。
だが、あっという間に近接部隊が倒れてしまって連携が崩れていた。
ヴァーレンダー公を守っているトロルが矢を叩き落とすのだが、射手が複数いるらしく、トロルたちをすり抜けるのも時間の問題と思われた。
前の三人のトロルも近接部隊の相手をしながら射手を探しているのだが、どうにも見つからないらしい。
すると刺客の後方から何かが飛んできて物陰に隠れていた射手を撃ち抜いた。
姿を現した射手は胸部の下を短い銛で貫かれている。
フリスティナの二本目の投銛が別の射手を射抜く。
さらにゾルタンが鉞を振り、アルディノが銛で突き刺し、射手を全員討ち取った。
残りの刺客をトロルたちが全て討ち取り、計三十名の刺客はあっという間に全滅したのだった。
北の鎮台に進入したスラブータ侯たちだったが、捕虜はすぐに発見する事ができた。
鎮台には捕虜を収監する一角があり、多くはそこに収監されていたからである。
その中にはチェレモシュネとタロヴァヤもいた。
だが、彼らと一緒にいた子供たちの姿が無い。
『人身売買』と先ほどヴァーレンダー公が言っていた。
はったりにしてもとんでもない事を言い出したと思ったのだが、どうやらはったりなんかでは無かったらしい。
スラブータ侯はブラホダトネ公の言葉を一時でも信じていた自分が情けなく感じた。
スラブータ侯たちは山賊たちを牢から出すと、改めて縄をかけ鎮台から出ようとした。
だが鎮台の出口で驚く光景を目にすることになる。
見張りと退路確保のために待たせていた親衛隊が全員殺害されているのである。
縛り付けていたはずのマイダン団長が縄を解かれ、下衆い笑みを浮かべてこちらを見ている。
半数とはいえ正規のロハティン軍を相手に、捕虜を抱えて逃げ切ることはほぼ不可能に近い。
するとスラブータ侯の親衛隊長は弓を構え、腰の中から一本特殊な矢を取り出し窓の外に向かって放った。
矢には笛が付いていて、ぴぃぃという甲高い音を立てた。
それを合図にされたかのように鎮台の兵たちがスラブータ侯たちに襲い掛かった。
ホロデッツにしても、リヴネにしても、ペニャッキにしても、それなりに武器は扱える。
だがそれはあくまで扱えるという程度で、訓練された職業軍人からしたら赤子のようなものである。
スラブータ侯の近衛兵はさすがに一般兵よりは精強だが、それでも多勢に無勢感は否めない。
カニウとロタシュエウは冒険者であり武器の扱いは達者で互角にやり合えてはいるが、それでもわずか二人足されただけである。
親衛隊長がまさに獅子奮迅という状況であった。
「おい! このままじゃあんたらも全滅だ。逃げやしねえから縄をほどいてくれ!」
チェレモシュネが強い口調で請願した。
スラブータ侯が頷くと、チェレモシュネたちは縄をほどかれた。
するとチェレモシュネたちは一斉に牢の方に戻って行った。
捕虜を守る必要が無くなり、親衛隊たちは全力で前方のロハティン軍に集中。
だが、一人二人を傷つけたところで、鎮台の外には
このままでは全滅は時間の問題と覚悟した時であった。
後方からカチカチという鉄の音が近づいて来た。
「おめえら遠慮すんな! こいつらに嬲り殺された山賊仲間の仇を取ってやれ!!」
チェレモシュネが命ずると、山賊たちは雄たけびをあげ一斉にロハティン軍に襲いかかった。
山賊たちの勢いに押され、鎮台の中のロハティン兵は全て鎮台の外に後退していった。
山賊たちに多少の被害はあったものの親衛隊は全員無事。
だが問題はこの後どうやって鎮台から出るかである。
出口は狭く、その先はロハティン軍に取り囲まれている。
じりじりと鎮台出口を挟み、両者で睨みあっている。
すると、わあという雄たけびが聞こえ、ロハティン軍は突然道路の後方に目を移した。
それを見逃さなかった山賊たちが、勇敢にもロハティン軍に斬り込んで行った。
親衛隊も続いて斬り込んでいき、次いでカニウたちが、その後にホロデッツたちも斬り込んだ。
チェレモシュネとタロヴァヤは、スラブータ侯を守りながら鎮台の建物から飛び出した。
スラブータ侯たちは鎮台の壁を背に隊列を組み、駆けつけてきたスラブータ侯爵軍と合流しようとした。
だが、敵も正規軍である。
綺麗な隊列を組んでおり、間に入り込まれ隙が無い。
また両者は少しの距離を取り膠着状態となった。
「親分、姐さんに会ったら、よろしく言っておいてくださいや。飯旨かったって」
怪我を負った山賊の一人がチェレモシュネに笑いかけた。
すると怪我を負った数人の山賊が、あの飯は旨かったと言い合い隊列を離れた。
親分を頼んだと言い残し、山賊は血路を開こうと斬り込んで行った。
それを合図に、駆けつけたスラブータ侯の兵も一斉に襲い掛かり、親衛隊たちも合流しようと斬り込んだ。
「馬鹿野郎が……生きてりゃ、もう一度あの飯が食えたかもしれねえのによ……」
チェレモシュネはスラブータ侯爵軍と合流すると、無残にも斬り殺されたかつての部下を見つめ、悔しそうに瞳を潤ませた。
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