第35話 作戦開始

 トロルたちを護衛に従え、ヴァーレンダー公はロハティン総督府へと向かった。

応接室に通され執事にお茶と茶菓子を出されたが、ヴァーレンダー公たちは手を付けなかった。


 ブラホダトネ公はヴァーレンダー公を睨みつけ苛々と足を揺すりながら茶を啜っている。

ブラホダトネ公も親衛隊を数人侍らせているが恐らくいざとなったらひとたまりもないであろう。

ヴァーレンダー公の護衛の一人が、アバンハードでグレムリンの襲撃をたった一人で、それも無傷で跳ね返した達人だと知っているからである。


 ブラホダトネ公は何度も誰からのどんな告発なんだとヴァーレンダー公を問い詰めた。

だがヴァーレンダー公は焦るんじゃないとほくそ笑むだけで用件を話そうとしない。


「いい加減にしないか! 私だって忙しい身なのだ! 貴公の戯言に付き合うほど暇ではないのだよ」


 ブラホダトネ公はついにしびれを切らし机を叩いて恫喝した。


「そんなに私腹を肥やすことに忙しいのか? まだ役者が揃っていないから少し待てと言ってるんだよ」


「役者だと? 誰なんだそれは?」


 ブラホダトネ公の苛々を愉悦するかのようにヴァーレンダー公は問いには答えず薄ら笑いを浮かべている。

ヴァーレンダー公など放って退席したい。

だが相手も公爵。

勝手に席を立てないところがブラホダトネ公としては辛いところであった。



 暫く睨みあいを続けていると、家宰ヴィヴシアが血相を変えて応接室に飛び込んできた。

ヴィヴシアがブラホダトネ公に耳打ちすると、ブラホダトネ公は困惑しどういう事かと尋ねた。


「恐らくは先日の『戦利品』の件かと……」


「我々が起こした軍事行動で得た『戦利品』を我々が貰って何の不満があるというのだ」


 ブラホダトネ公とヴィヴシアがこそこそと言い合っているのをヴァーレンダー公は眉をひそめながら聞いている。

ブラホダトネ公は、とりあえずスラブータ侯もここにお連れしろとヴィヴシアに命じた。




 暫くしてスラブータ侯が親衛隊数人と共に総督府にやってきた。

スラブータ侯は二人の公爵を見ると、深々と頭を下げ空いた椅子に腰かけた。


「スラブータ侯、どういう了見か? 軍隊を引きつれて街を訪れるなど、非礼にもほどがあるのではないか?」


「これは異なことを。我らの捕虜を奪うという非礼を働いておいて、どの口が非礼を咎めるのですか?」


 ブラホダトネ公はスラブータ侯が何を言っているのかわからなかったらしく首を傾げた。


「捕虜とは何のことですかな? 我々は山賊の館から『戦利品』を持ち帰っただけのことで……」


 ブラホダトネ公がそこまで言うと、ヴァーレンダー公は豪快に高笑いした。


「スラブータ侯、聞かれたか? この御仁は捕虜を『戦利品』と言ったぞ? 人を物品扱いとはな。国法をなんだと思っているのやら」


 ブラホダトネ公は本当に何の事だとヴィヴシアに問い掛けた。

ヴィヴシアは戦利品を売った金額しか報告を受けていないのでわからないと回答した。

さすがのブラホダトネ公も何かを察したらしく、顔が青ざめ、はっきりとわかる感じで狼狽している。


「捕虜を奴隷商に売って金に換える。人身売買が国法で禁止されている事は貴公も存じておろう? 貴公は国法を犯したのだ。さあ、どう始末を付ける気だ?」


 ヴァーレンダー公は足を組み、ひじ掛けに両手を乗せ、ゆったりと椅子に座っている。

一方のブラホダトネ公はうなだれ、前かがみになって両手を組み震えている。


「し、証拠でもあるのか? そうだ、どこにもそんな証拠は無いだろう? 奴隷商だと? 一体何の事なのだ?」


 苦し紛れのブラホダトネ公の言い分だったが、ヴァーレンダー公はその一言を引き出そうと、ずっと待っていたのだ。


「良かろう! では市内を捜索させていただく。貴公はその存在も知らぬのであろう? ならば、我らが捜索する事に依存はあるまいな?」


 ヴァーレンダー公の勝ち誇ったような顔を見てブラホダトネ公は自分の失言を悔いた。

だが、もう全ては遅い。

ここで拒絶すれば自分が共犯だと白状しているようなものである。

ブラホダトネ公はぎりぎりと歯噛みし、ヴァーレンダー公を睨みつけた。


「スラブータ侯、貴殿も先日の捕虜を探されよ。捕虜は人であって戦利品では無いのだから。もし何かしら人身売買の証拠を握られたら、その時はそれを持って次回の議会に臨まれたら良かろう」


 ブラホダトネ公は二人の貴族を睨みつけ、二人が部屋を出るのを見送った。

二人が部屋を出ると、ヴィヴシアは消しましょうかと尋ねた。

ブラホダトネ公は鬼の形相で頷いた。




 総督府を出たヴァーレンダー公とスラブータ侯は、それぞれの伝令からの報告を受けた。

ヴァーレンダー公にはプラマンタが奴隷商の拠点を、スラブータ侯には親衛隊が北の鎮台の場所を報告した。


 だが問題はそこでは無い。

アルシュタでペティアが誘拐された一件を踏まえると、恐らくそのどちらにも女性はいないだろうと、ヴァーレンダー公は考えている。

以前ベレメンド村から妙齢な女性が連れ去られていると報告を受けている。

そして今回の捕虜の少女。

恐らくは、それは奴隷商ではなく竜産協会の支部が買い取っている。

それが、ドラガン、ザレシエ、ヴァーレンダー公の一致した見解であった。

だが、その入口は隠されているだろう。

もしかしたら、マイオリーなら知っているかもというのがドラガンの推測だった。


 ヴァーレンダー公はマクレシュに広場に残るように指示した。

マイオリーという者が来るはずだから、その者と共に支部に乗り込み女性を解放しろと命じた。

麻薬中毒になっている可能性があるから、すぐにセイレーンを飛ばし水夫を呼び搬送させるように。


「抗う者は構わんから全て斬れ!」


 ヴァーレンダー公は極めて冷酷な目でマクレシュに命じた。




 スラブータ侯は引き連れてきた軍隊の三分の一を引き入れ北の鎮台へと向かった。

その中にはホロデッツたちと案内役としてカニウとロタシュエウが含まれており、迷うことなく鎮台へ到着。



「公の許可は得ておる。中を改めさせていただく」


 どういうことかと抗議にやってきたマイダン軍団長をスラブータ侯は拘束した。


「そなたには人身売買の嫌疑がかけられている。後ほど厳しく取調べさせていただく」


 マイダンは暴れたのだが、スラブータ侯は首筋に剣を突きつけ、マイダンを盾にして鎮台内部へと潜入しようとした。


 通りを挟んで鎮台の前には北町の屯所がある。

屯所から警察が武器を手に駆けつけてきた。

いくら侯爵閣下でも我が町で狼藉は許せないと警察は布告した。


 警察と屯所の者たち、スラブータ侯たちで睨みあいになった。

すると、周囲三か所から同時に火の手が上がった。

最初は放って置けと警察たちも言い合っていた

だが、どうやらその三か所はいずれも、街にとって重要な場所であったらしい。


「カルポフカ様とスコーディル様の屋敷に火の手が……」


 警察の一人がそう諌言すると、上司と思しき者がくそっと舌打ちし火事の消化に向かって行った。

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