第34話 反乱軍

 ムイノク、アルディノ、イボット、ゾルタン、ホロデッツ、リヴネ、ペニャッキの七人は、二組に別れて万事屋を目指した。

アルディノとゾルタンが一緒にいるのは目立つかもしれないということで、アルディノ、イボット、ペニャッキの三人で先に万事屋に入ってフリスティナを探し出すことになった。


 このチーム別けはムイノクの案だったのだが実に絶妙だった。

アルディノたちが万事屋に入るとすぐにアルディノに寄って来る人物がいた。

それが探し出そうと言っていたフリスティナだったのだ。


「アルディノさんじゃないの。どしたん? 漁師はやめてしもうたの?」


 しまったという顔をアルディノはしてしまった。

フリスティナもアルディノの表情から『訳あり』だとすぐに察し、しくじったと思ったらしい。

その気まずい雰囲気を察したペニャッキがアルディノとイボットの肩を抱いた。


「親方が急死しちまってさ、船が廃船になっちまったんだよ。それで、冒険者でもやろうってことになってね」


 ペニャッキは周囲を見渡しフリスティナに目配せをした。


「そうじゃったんだ。そりゃあ大変じゃったね。じゃあさ、再会を祝して一杯やろうよ。まずはあんたたちの話を聞かしてよ」



 フリスティナはアルディノの手を引くと万事屋を出た。

横貫通りを南に外れ、一件の怪しげな酒場へと向かった。

イボットは他の四人を連れてくると言って店の手前で一旦別れた。


 酒場に入るとフリスティナは、カウンターでライムのカクテルを注文。

気が付くと、アルディノとペニャッキは他の客に取り囲まれていた。


「何しに来たの? あんた達あの港の船で来たんじゃろ? 目的は何なの?」


 事と次第によっては生きて帰さないとフリスティナはアルディノを睨みつけた。

話が違うなとアルディノは感じていた。

フリスティナは無条件でこちらの協力者だと聞いていたのに。


 アルディノとペニャッキが顔を見合わせ焦っていると、怪しげな奴らがうろついていたと言って、いかにも冒険者という風貌の男が店に入って来た。

その冒険者の仲間と思しき男がイボットたちの首筋に剣を押し当てて酒場に入って来た。

事前の計画とは前提条件が崩れているとイボットたちは感じていた。


 だが、その状況の中で一人ムイノクだけが冷静だった。


「アルサさん。俺の胸の内ポケットの手紙を読んでくれ。それを読んでから全てを判断してくれないか?」


 フリスティナの横にいた男が両手を頭の後ろで組んでいるムイノクのポケットから手紙を取り出し、フリスティナに渡した。


「マスター、この人たちに例のカクテルを作っちゃってよ。この人たちは同志じゃ」


 フリスティナは後から入って来た屈強な冒険者――カニウに外を見張るように命じ、ムイノクたちに適当に椅子に座るように促した。




 申し訳なかったとフリスティナはまず謝罪した。

あの竜窃盗事件の後、ここの酒場には何十人という公安に反抗する冒険者が集っていた。

公安が何度も乗り込んで来たが、その都度、冒険者の同志たちを集めて必死に抗った。


 ところが、公安はそんな冒険者たちを一人一人闇討ちにしていった。

昨日楽しく呑んだ仲間が翌朝バラバラになって横貫通りに捨てられているなんてことが続いた。

さらには、酒場の前のマスターが店内で首を吊っていたということもあった。

だが周囲には足場にした物が無く、どう考えても自殺ではなかった。

マスターの殺害容疑だと言って冒険者が次々に逮捕され、そのまま帰って来ないという事が続いた。


 一方のこちら側はこれといって対抗手段が取れずやられ放題。

しかも、味方だと思っていたエルフのベーチェという者が公安のスパイで、仲間を売っていたことが発覚してからは、皆、疑心暗鬼になってしまった。

気が付けば酒場からはどんどん人が去って行き、現在残っているのはたったこれだけ。


「もうみんな巨悪に屈してしもうた。ほんじゃがうちらは最後までやるよ! 姉ちゃんの敵を討っちゃるんだ!」


 フリスティナは大きな瞳に涙を滲ませ唇を噛んで身を震わせた。



「俺たちが知りたいのは三点。一つはマイオリーという人物のこと、二つ目は奴隷商の店、三つ目は先日連行されて来た山賊の収監場所」


 ムイノクの言葉にフリスティナたちは顔を見合わせた。

マスターのテクチャがカウンターの下から街の地図を取り出すと、奴隷商の店ならわかると地図の一点を指差した。


 そこは南町の屯所の北、竜産協会の支部の南にあたる。

表向きは不動産会社で空き物件の販売や貸し物件の賃貸契約を行っている。

だが店主オレクサンドル・ヤニフは、食堂街組合の組合長カルポフカ、金貸しのチェレピンと繋がっている。

さらに公安委員長のイレムニア、竜産協会の支部長スコーディルとも繋がっている。


「だがここに乗り込むのは容易じゃねえぞ? もし乗り込んだら、屯所の警察、公安の警官、おまけに盗賊たちが力づくで訴えてくることになる」


 ムイノクはにやりと笑い、ゾルタンにプラマンタに報告だと命じた。



「もしかして竜産協会のマイオリーってあの人じゃないのか?」


 冒険者の一人ロタシュエウがフリスティナに半年前の拷問事件の話をした。


 同志の一人がマスター殺しの容疑で中央広場で拷問にかけられていた時の事であった。

すでに市民たちは「またか」という雰囲気で気にも止めなくなっていた。

どうもそれが公安には気に入らなかったらしい。

槍の石突で数人交代で殴打し始めた。


 骨が砕け手足が体を支えきれなくなっており、それでもなお冒険者は意識があり拷問に苦しみ続けた。

誰でも良いから殺してくれ。

何度もそう呟いている。


 すると竜産協会の支部から一本の矢が飛んできて冒険者に止めを刺した。

公安はその男を睨みつけたが、建物の五階から正確に急所を射抜ける技術を考え、歯噛みしながらもそれ以上のことには発展しなかった。


「その人は今どこに?」


「その一件の後、確か配置換えになって竜の放牧場で牧夫しているはずだよ」


 テクチャは、ここが放牧場だと街の地図の北東の端を指差した。

そこは自分とイボットで向かおうとムイノクはアルディノに進言した。


「それと恐らくだが、普通に考えたら捕虜は南北どちらかの鎮台に収監されているはずだ。先日の山賊討伐の話はこっちではあまり騒ぎにならなかったから、多分北の鎮台だと思う」


 テクチャが地図の北の街道横を指差した時だった。

外を見張っていたカニウが慌てて店に入って来た。


「大変だ!! スラブータ侯の軍がロハティンの入口に集結してる! スラブータ侯も来てるってよ!」


 ホロデッツは腰のサーベルに手を置くと、リヴネとペニャッキの顔を見た。


「どうやら俺たちの役割はこっちらしいな。俺は先日の買い付けの件でスラブータ侯と面識ができた。北の鎮台は俺たちが行く」


 ホロデッツが椅子を立った時だった。

フリスティナが酒場の入口に立った。


「私たちにもてごさせてよ。この街の土地勘なんて無いんじゃろ? じゃったらうちらが案内におった方が確実じゃろ?」


 ムイノクが無言で頷くと、フリスティナはその場にいた冒険者たちを四つに別けた。

ムイノクに付いて放牧場に行く者、ホロデッツたちと共にスラブータ侯の所に行く者、アルディノと共に奴隷商を見張る者、そして、万事屋に行き同志に決起を促す者。


 フリスティナは万事屋に行こうとしたのだが、テクチャたちの猛反対に会い、アルディノと共に見張ることになった。

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