第33話 訪問
まずはヴァーレンダー公の乗船の水兵としてロハティンに潜入する。
その為にそう見えるように服も貸してもらう。
ザレシエから説明された一行は自室で服を水兵のそれに着替えた。
ただし潜入したら今度は冒険者の恰好に着替えることになる。
その為、怪しまれないように最初は船上でヴァーレンダー公を見送り、それが終わったらすぐに着替え、武器を手に万事屋へ向かうことになる。
さすがにロハティンでセイレーンの冒険者は目立ちすぎる為、伝令に徹してもらう。
万事屋で探る情報は二つ。
一つは山賊たちがどこに囚われているか。
もう一つは人身売買の拠点の場所。
どちらも重要だが恐らく協力者が見つかれば奴隷商の店はすぐに判明するだろう。
そこでヴァーレンダー公の執事に扮したプラマンタに連絡し、ヴァーレンダー公に報告してもらう。
それまではヴァーレンダー公はブラホダトネ公を問い詰めてもらうことになる。
もちろんヴァーレンダー公にも身の危険はあるだろう。
だがヴァーレンダー公にはマクレシュという心強い護衛が付いている。
しかも選りすぐりのトロルを連れて来ている。
何かあったらマクレシュたちが身を挺してヴァーレンダー公を守り、その間に水兵たちに総督府に突入してもらう。
そのゴタゴタの中で山賊たちを脱出させ軍船に乗せる。
最終的には恐らくロハティンの駐留軍、公安、警察といった武装集団から追われることになるだろう。
全員船に乗り込み脱出、ここまでが今回の作戦となる。
さすがのヴァーレンダー公も、あまりの大仕事に身が縮む思いであった。
艦長も緊張で生唾を飲み込んだ。
「ホロデッツの兄貴やペニャッキは得物が剣だから良いけど、俺は槍なんだよな。冒険者って街中で槍を持ってたりするもんなのか?」
リヴネの質問にザレシエは少し困った顔をした。
ザレシエは一時学生としてロハティンの学府に通っていた事がある。
だが学府は北町の西地区にあり、冒険者の万事屋は横貫通りの東の端、あまり見た事が無いのである。
「鞘を被せて背に背負ってれば良い。そういう冒険者はいるよ。サファグンだと銛をそうやって常備している人もいる」
ムイノクは一度行商の護衛でロハティンに来た事があるらしい。
他にもいくつかのアドバイスをした。
ある程度方針説明が終わると、ヴァーレンダー公が椅子から立ち上がった。
「良いか、己の命を最優先に考えるのだ。危険と見たら船に逃げて来い。この船はアルシュタと同義と思え。艦長も何かあったらそう主張しろ」
そこまで言うとヴァーレンダー公は酒の入った杯を掲げた。
「諸君らの健闘を祈る!!」
一同は杯を取ると、酒を一気に飲み干した。
「こんな大役は久々だな。カーリクさんをサモティノ地区に移送した時以来かな」
船の甲板で、冬の刺すように冷たい風に当たっているザレシエにムイノクは酒の入った杯を渡す。
「あの時はほんまにしんどかった。私は頭脳働きの人やのに荒事ばっかやらされて。でも楽しかったなあ」
漆黒の夜空に
「プリモシュテンの工事の方はどうなってるんだよ? すぐに声がかかると思ったら全然なんだけど」
プリモシュテンの名が出るとザレシエは大きくため息をついた。
「まだ水の確保ができてへんのや。帰る頃にはできる思うんやけどな。そうしたら今度はマチシェニたちを呼んで畑を作ってもろて。やることは山積やな」
口から発せられる内容とは裏腹にザレシエの顔は実に楽しそうである。
「……死ぬんやないで、ムイノク。お前の命はお前だけのもんと違うんやからな。カーリクさんのもんでもあるんやから」
真顔で言うザレシエにムイノクは非常に嫌そうな顔をした。
「……それ、普通は女の子の名前で言うもんなんじゃねえのか?」
「お前一人身やんけ。そう思うんやったら早う嫁さん貰えや」
二人は瞬く星空の下、酒を呑んで笑い合った。
その日の夕刻、艦隊はサモティノ地区の西の海域に到達した。
荒れる海上で一泊し、翌朝ヴァーレンダー公たちを乗せた船と護衛艦二隻だけでロハティンに向かって走り出した。
否が応でも一同を緊張が襲う。
その緊張はロハティンの街が目に入るとピークを迎えた。
ロハティンはアルシュタと異なり港のすぐ下がかなり水深が深い。
元々断崖のような地形を港に作り変えているからである。
その為そこそこの大きさの船が直接横付けできるようになっている。
それがロハティンが商業都市となった理由の一つでもある。
ロハティン港に停泊し、波止場にもやいで固定すると、港からタラップが渡された。
突然のヴァーレンダー公の到来にロハティンの街は騒然となった。
ブラホダトネ公も焦って港に駆けつけヴァーレンダー公を出迎えた。
「どうしたのだ突然。来るなら来ると事前に連絡の一つくらい……」
ブラホダトネ公は握手をしようと手を差し出しているのだが、ヴァーレンダー公はそれを取ろうとしない。
「緊急の案件なのだよ。お前が国法を犯しているらしいという告発があってな。ロハティンを監査できるのは国王とアルシュタ総督だけだからな」
ブラホダトネ公は出していた手を引っ込める。
一応作っていた笑顔をどこかにしまい、ヴァーレンダー公を睨みつけた。
「誰からのどんな告発だ? 事と次第によってはただではおかないぞ」
ブラホダトネ公の恫喝をヴァーレンダー公は鼻で笑った。
「ここで大声で告発内容を叫んでやっても良いんだが、それだとお前が困ることになると思って控えてやってるんだがなあ」
ブラホダトネ公は歯噛みしながらヴァーレンダー公を睨んだ。
「わかった。総督府へお出でいただこう。ただし、水兵たちはこの港湾から出さないように頼む。テロ行為でもされたらかなわないからな」
ブラホダトネ公の言いように、ヴァーレンダー公は露骨に不愉快という顔をした。
その顔を見てブラホダトネ公は口元を歪めた。
ヴァーレンダー公と護衛のトロルたちは、ブラホダトネ公の案内で総督府へと向かって行った。
それを見届け、アルディノたちは冒険者の恰好に着替え、ザレシエを一人船に残しロハティンの街に潜入したのだった。
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