第32話 作戦立案
ロハティン軍が去るとスラブータ侯の家宰ソシュノはすぐに書簡をしたためた。
宛先はマーリナ侯。
ドラガンが現在マーリナ侯のところに身を寄せているというのはポーレ商会の輸送船の船長から漏れ聞いていた。
「竜は乗り潰しても構わん。一刻も早くマーリナ侯へこの書簡を届けよ。休憩も許さん」
ソシュノは執事の一人にそう命じた。
早朝出発した執事は全力で竜を走らせ続け、途中何度か川の水を飲ませ、深夜遅くにマーリナ侯爵領に到着したのだった。
「その方は僕の命の恩人です。あの時、その方が助けてくれなかったら僕は今この世にいません。それと姉ちゃんも。何とか助け出すことはできませんか?」
ドラガンの懇願にマーリナ侯の前にザレシエが難色を示した。
「いくら命の恩人いうても山賊ですよ? 誰が手貸してくれるいうんですか? 山賊行為は公開処刑、それがこの国の法です。罪に対し罰が正しく執行されへんと、世の仕組みが狂ってまいますよ」
あまりの正論に誰も反論ができなかった。
マーリナ侯ですらどう反論して良いかわからなかった。
すると突然ドラガンがポロポロと涙を流した。
「僕一人でも助けに行く。どうせあの人に助けて貰った命なんだ。あの人を助けに行って命を落とすなら惜しくない」
マーリナ侯も世継ぎのボフダン卿も、ドラガンの身の上話は聞いている。
それだけに胸を打たれるものがあった。
「妻と義弟が世話になった人なんだ。僕も行くよ。誰も手伝わなくても良い。二人だけでも乗り込もう」
ポーレがドラガンの肩を掴むと、ドラガンはか細い声でありがとうと礼を言って小さく頷いた。
そんな二人を見てザレシエは困り顔をした。
ザレシエとしては一般論を言ったまでで、感情で押されてしまったら自分が悪者のようになってしまうではないか。
そんな気持ちを察したのだろう。
デミディウがふぉっふぉと笑い出した。
「閣下にもボフダン様にも困ったものですな、法よりも感情を優先なされて。まあ良いでしょう。我々マーリナ侯爵領は元々カーリク様に追随すると決めております。市の建造計画のこともありますしな」
とは言え、マーリナ侯爵領だけでロハティンに対抗するのは無理がある。
となればここはもう一人の公爵の力を借りる他無いであろう。
問題はロハティンに乗り込む口実である。
「口実なら一つあります!」
声の主に会議室内全員の視線が集中した。
「この国の法では人身売買は極刑となっています。なのにあの街では堂々とそれが行われています。そして噂では盗賊団と竜産協会の支部と繋がっている。ブラホダトネ公も半ば容認です」
キドリーはそこまで言うと一旦お茶で喉を潤した。
「子供たちは恐らくそこに売られると思うのです。それを国法違反だと言ってヴァーレンダー公に乗り込んでいただくのです。山賊の処刑前に冒険者たちを潜り込ませ解放し、ヴァーレンダー公の船に乗せられれば」
キドリーの案に一同は無言で顔を見合わせた。
デミディウが何か言おうとしたのだが、その前にザレシエが手を挙げた。
「二点懸念点がある。一つは事前に土地勘のある協力者の助力が無いと、山賊の解放は極めて困難いう点、もう一点はブラホダトネ公が調査を承諾するか否か」
本来であれば一点目については強力な協力者になりそうな人がいた。
リュドミラ・アルサというサファグンである。
だがリュドミラは惨たらしい拷問を受け処刑されてしまった。
「確かリュドミラさんって人の妹が今もロハティンで冒険者やってるはず。姉を処刑されかなりロハティンを恨んでるって聞いたよ。後は竜産協会の支部に投降したマイオリーさんも協力してくれると思う」
そのドラガンの情報にザレシエは小さく頷いて目を伏せ考え込んだ。
リュドミラの妹の名はフリスティナ。
実はアルサ姉妹はエモーナ村の隣村の出でポーレは面識がある。
ペティアの村からはエモーナ村を挟んで反対側の村のため面識は無いかもしれないがアルディノは面識があるだろう。
ポーレはあの『はねっかえり』の妹かと呟いて後頭部を掻いた。
「カーリクさんは論外。ポーレさんも面が割れているかもしれへんから現地入りは止めておいた方が良いでしょう。ロハティンに潜入するんはアルディノが適役かもしれません」
ザレシエの発言にドラガンとポーレはそんなと文句を言った。
だがデミディウだけじゃなく、マーリナ侯とボフダン卿にまで同調されてしまい、引き下がるしかなかった。
アルディノには冒険者の恰好をしてもらい、数人の冒険者を厳選して連れて行き万事屋に紛れ込んでもらうのが良いだろう。
キドリーの提案に一同は賛同した。
「それと私は行きますよ。アルディノだけやと不足の事態があった時に対処ができへんかもしれませんから」
ザレシエはさっそく翌朝イボットを伴い船でエモーナ村に帰ることになった。
それまでにドラガンにはマイオリーとフリスティナへ協力をお願いする手紙を書いてもらった。
またマーリナ侯にも書簡を書いてもらい、プラマンタにアルシュタへ飛んでもらった。
プラマンタから書簡を受け取ったヴァーレンダー公とロヴィーは口頭で事情を聞き、ブラホダトネ公に鉄槌を下す口実を得たと感じた。
すぐに海軍の三役を招集。
ラズルネ司令長官に明朝ロハティンに発つので軍船を厳選せよと命じた。
「威圧にならない程度の大きさの軍船を三隻、それと迎撃の出来そうな高速船数隻だ」
実戦になるかもしれないと暗に言うヴァーレンダー公に、ラズルネ司令長官は息を飲んだ。
それと同時に心が躍った。
当然、あくまで演習でしかない。
だが艦長たちに貴重な実戦経験を積ませる事のできるまたとない機会になるかもしれないのだ。
海軍の三役は敬礼し退室すると即座に出撃準備に取り掛かった。
一方、マーリナ侯の軍船でエモーナ村に向かったザレシエとイボットは、真っ直ぐ万事屋へ向かった。
ザレシエはペティアとアルディノを呼び寄せ、冒険者を集め、今回の作戦について大まかに説明を行った。
既にザレシエ、イボット、アルディノの三名は決定している。
もう数名を募集した。
これだけの大がかりな作戦である。
皆が我も我もと手を挙げた。
協議の結果、残りの三人は、ムイノク、ゾルタン、エピタリオンの三名に決まった。
ムイノクとゾルタンは純粋に戦闘要員として。
エピタリオンは伝令である。
あまり面識の無い冒険者ではザレシエが統率を取りにくいという事でこの三名になった。
翌朝、ザレシエたちがアルシュタの軍艦の到着を待っていた時の事だった。
「ロハティンに乗り込むんだろ? 俺たちも連れていけよ」
ザレシエが振り返ると三人の男性が各々武器を携えて立っていた。
ホロデッツ、リヴネ、ペニャッキの三人である。
「竜産協会のやつらに俺たちは船長と仲間を殺されたんだ。これは俺たちにとっては弔い合戦みたいなもんなんだ。なに、勝手な事はしないよ。あんたの指示には従うさ。だから頼むよ」
三人の真剣な表情にザレシエは渋々という感じで了承した。
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