第31話 急報

 年が明け数日が経ったある日の夕、マーリナ侯から緊急の呼び出しがあった。


 マーリナ侯には、新年にアリサやベアトリスたちを引き連れて年賀の挨拶に伺っている。

なので恐らく晩餐の誘いなどではないだろう。

緊急ということなのでプリモシュテンの工事の件だろうと思っていたドラガンたちだったが、マーリナ侯から発せられたのは全く異なる話であった。


「カーリク。ヴィシュネヴィ山の山賊に知り合いはいるのか?」


 ヴィシュネヴィ山の山賊といえば、父セルゲイと義兄ロマン、ラスコッドが殺害された後、一人で樽の中で震えていた時に、父たちの埋葬を手伝ってくれた人たちである。

首領の名はチェレモシュネ。


「昨年末、ブラホダトネ公が主となって、オラーネ侯、スラブータ侯と合同で大規模な討伐を行ったのだそうだ」


 ロハティン軍、オラーネ侯爵軍、スラブータ侯爵軍、それぞれ別の山賊を討伐したらしい。

その中で、スラブータ侯爵軍が攻めた山賊の館が、スラブータ侯の紋章『二本の賢者の杖』を見て交渉を申し入れてきた。


 山賊行為について申し開きはしない。

全ての責任を首領が取る。

だから仲間の命は助けてやって欲しい。


 山賊の首領からの書状を読み、騎士団のビルカ団長はかなり戸惑った。


 その時点でロハティン軍もオラーネ侯爵軍も山賊たちと激しく攻防を繰り広げており、ここで戦わねば我々だけ戦功無しということになってしまう。

だが、降伏するという者を攻めるのも戦士の道にもとるとも感じる。


 首脳を集めて協議をしていると、山賊の副首領ミハイロ・タロヴァヤという人物が直接交渉に訪れた。


「我々は他の山賊たちと違い、これまでも無益な血は流さないように心掛けていました。今回もお互い無益な流血を避けるために降伏しようと思っています」


 どうしても血が見たいなら自分と首領を斬って満足して欲しい。

だから部下には手を出さないでもらいたい。

特に友人の姉から預かっている少年少女には絶対に手を出さないでもらいたいとタロヴァヤは嘆願した。


 少年少女がいる。

恐らくはそれが彼らが戦闘より降伏を選んだ理由だろうとビルカ団長は察した。


「では、大人しく拠点を明け渡すというのだな?」


「我々は貧乏山賊で、そこまで備蓄があるわけではないが、わずかな備蓄も全て持って行って貰って構わない」


 部隊から数名の兵が拠点の確認をするために向かって行った。

その間、タロヴァヤは人質としてビルカ団長の元に残った。


 ある程度の時間が過ぎ、拠点に向かった兵の一人が帰って来た。

タロヴァヤのいう事は全て事実であった。

拠点の中には三人の少年少女と、その保護者のような青年がいる。

財宝などはほとんどなく、食料の備蓄と交易用の毛皮などがあるだけ。


 タロヴァヤの言に偽りが無いことがわかり、信用に足ると判断したビルカ団長は要求を飲むことにした。


 では引き渡しの準備に入ろうという時であった。

そこにロハティン軍が現れたのだった。


 ロハティン軍の団長はマイダンという人物だった。

鎧は返り血が滴っており団長自ら山賊と斬り結んだことがうかがえる。

彼らは降伏したと説明するビルカ団長を、マイダン団長は蔑むような目で見た。


「何を寝ぼけたことを言ってるのだ! 奴らは山賊だぞ! 山賊の命など路傍の石ほどの価値も無いわ!」


 マイダン団長は部下に攻撃命令を出した。

すでに明け渡しの準備をしていたところで、拠点にはスラブータ侯爵軍の兵もいた。

だがロハティン軍はお構いなしにスラブータ侯爵軍の兵もろとも拠点の外にいた山賊を射殺した。


「ふざけるな!! 敵と対峙しての死であればそれは名誉の死だ。だが味方に撃たれたとあっては俺は帰って何と報告すれば良いのだ!」


「くだらん。山賊にやられたと言えば良いだろう」


 激怒したビルカ団長はすらりと剣を抜き、マイダン団長の首に押し当てた。


「貴殿が言ったのだ。よもや異論はあるまいな。貴殿は山賊に撃たれて死んだことにする。貴殿は味方を攻撃したのだ。乱戦の中命を落としても不思議ではあるまい」


「待て! 早まるな! わかった、わかったからその剣を納められよ」


 それでもビルカ団長はマイダン団長の首に剣を突きつけ続けた。

マイダン団長は舌打ちし剣を地に落とすと、攻撃を中止させた。



 その後、首領チェレモシュネ、副首領タロヴァヤ以下全員が捕縛。

少年少女たちも捕縛された。



 オラーネ侯爵軍とはその場で別れ、ロハティン軍とスラブータ侯爵軍で捕虜を護送して帰還する事になった。

少年少女たちは、これから自分たちがどのような目に遭うのか不安で泣き続けていた。



 スラブータ侯爵領に着いた時点で陽は落ちており、ロハティン軍はスラブータ侯爵領に一泊する事となった。


 お腹が空いた。

捕虜の中から聞こえた子供の声にスラブータ侯の執事が気が付いた。

執事はそれを家宰のソシュノに報告。


 ソシュノはビルカ団長を呼び出し、降伏と聞いたが山賊討伐で実際には何があったのかと詳細な報告を要求した。

報告を受けたソシュノは口元に手を当て少し考え込み、首領に会ってみたいと言い出した。


 チェレモシュネは一目でソシュノがそれなりに地位のある人物だとわかったらしい。

自分はどうなっても良いから部下と子供たちを頼むと改めてお願いした。


「それと、子供たちが腹を空かせているから、何か食べさせてやってくれないだろうか。その子たちは俺の大事な友人の姉が残してった子たちなんだ」


 ソシュノは、その『大事な友人』というのは誰なんだと尋ねた。

するとチェレモシュネは腰にぶら下げた粗末な弩に目をやった。


「ドラガン・カーリクってやつだ。そうだ、ついでだからこの弩も奴に返してやってくれないかな?」


「もしやそのカーリクというのは、竜窃盗事件のあのカーリクか?」


 チェレモシュネは自分のことを言われているように、嬉しそうな顔でそうだと頷いた。

ソシュノはチェレモシュネに背を向けると、子供たちに食事を与えよと執事に命じた。



 翌朝ソシュノはマイダン団長に、この捕虜たちは我が軍に降伏したのだから我らが処理すると申し出た。

ところがマイダン団長は、捕虜を『戦利品』と呼び、一度ロハティンに連れて行くと言って拒否。



 ロハティン軍は荷台四台分の戦利品を引き、チェレモシュネたちを連れロハティンに帰っていったのだった。

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