第30話 打ち合わせ

「プリモシュテン市をお前たちに預ける。元々の計画のように市場と街道という街の設計さえ変えなければ後はどういう街にしても構わない」


 マーリナ侯はそう言って計画図と委任状をドラガンに手渡した。

何かと不便だろうからと竜車も一台貸し与えてくれた。



「まさか街を作ることになるなんて思わなかったわ。ドラガンは小さい頃からいつも何か作って遊んでたけど、さすがに街を作るのは道楽も極まってるわ」


 アリサは話を聞くとそう言って笑い出した。

しょうのない子とでもいう感じである。


「当面はここジュヴァヴィとプリモシュテンを往復でしょうね。明確に優先順位を付けてやってかな、いつまでたっても作業は進まへんですよ」


 ザレシエは計画図を見ながら、渋い顔で口元を押さえた。


「まずは何をおいても水の確保。それと食料の確保、資材の確保。居住地の整地に農地の整地。そのためには港湾と街道を敷設。その辺りが最優先だろうか」


 ポーレが計画図を見ながら顎を撫でた。



 まずは現状の進捗を見ないと何とも言えない。

その日はそういうことで解散になった。




 翌朝、ドラガンたちは竜車に乗り、プリモシュテンへと向かった。

ポーレは以前行商を行ったこともあり竜車も操れる。

御者の息子なのに竜に嫌われるドラガンとは大違いと言ってアリサは爆笑していた。


 ポーレ、ドラガン、ザレシエ、プラマンタ、アテニツァ、イボットの六人で竜車に揺られ続けること数時間。

やっとプリモシュテンに到着した。


 報告で聞いていた通り、かつては一面の毒の沼地であったのだろう。

草木の生えていない広大な荒野と沼地が広がっている。

どうやらすでに全体の半分以上水抜きが終わっているらしい。


 中央に細い川が流れていて、毒の沼から流れ出た水が注ぎこまれ、緑と紫を混ぜたような独特の色をしている。


 海岸沿いに大きな建設小屋が何棟か建っていて、簡易的ながら港も造られている。

この辺りは恐らくアルシュタの建設小屋を模しているのだろう。



 建設小屋に顔を出すと、工事を指揮しているアンドレイ・オラティヴという人物が挨拶をしてきた。

オラティヴを見てドラガンは、あっと声をあげた。

アルシュタの工事現場でよく見た顔だったからである。

当時の印象は良い笑顔で何でも楽しそうに作業する元気なおじさんという感じであった。

オラティヴはドラガンの顔を見ると、お久しぶりですと言って微笑んだ。



 一行は、ゆっくりと椅子に座って話を聞いていくことになった。

オラティヴも優先順位を付けてしっかり管理しないとどうにもならんと考えたらしい。

ジュヴァヴィから資材を運び込み、まず簡単な港湾を造り、質素な建設小屋を作り、大規模な水抜きを始めたのだそうだ。


 ベルベシュティ地区からの竹の買い付けに苦戦したらしく、マーリナ侯に話をし、バラネシュティ族長から許可を得て、リベジレ村というところから大量の竹を運び込んで貰った。


「街道の位置はもう決まっています。そこを真っ先に水抜きしようとこれまでやってきました」


 そう言ってオラティヴはドラガンたちが貰った市の完成予想図と似たような地図を広げ、ドラガンたちに見せた。


「東西の街道、それとそこから北に伸びる港への街道。この二本がこの街の主要道路になります。東西の街道、我々は『北街道』と仮に呼んでいますが、この街道の南北に市場が連なる予定です」


 南北の道路の東西は繁華街で、その周りに住宅地、さらにその周りに耕作地という計画になっている。


「見ての通り街は三つの区画に別れています。それについて何かご意見はございますか?」


 例えば三区画の名前とか。

オラティヴは嬉しそうな顔をしてドラガンの顔を見た。


「三区画の名前なら案があります。もちろん皆が納得してくれればですが」


 そう言ってドラガンは予定図を指差した。

西の区画がベレメンド、南の区画がジャームベック、東の区画がエモーナ。


 それしかないとザレシエは言った。

何の名前なんですかとイボットが尋ねると、ザレシエは無くなった故郷の村の名だと説明した。


「おい! エモーナ村はまだ無くなってないぞ!」


 ポーレが指摘すると一同は大笑いした。



 実は飲み水の確保に難儀しているとオラティヴは困り顔をした。

今は樽に水を一杯に入れて、船で資材と共に運んできているらしい。

何とか飲み水が確保できれば、作業員たちはいちいちジュヴァヴィに帰らないでも済み、作業は倍の早さで進むであろうに。


「水源になりそうな場所は無いんですか? できればこの辺りに」


 そう言ってドラガンは予定図の下の方、実際には南のベルベシュティの森に近い一帯を指差した。


「それでしたら、この辺りとこの辺り、少し小高い場所に沢があります。ですが、それをここまで引いてくるとなると膨大な石が必要になってしまいますよ」


 オラティヴがそう言うと、ザレシエは『たたき』を使えと即答であった。

そもそも港を造る際に『たたき』を使っているのに、何でそれを水路に応用しようという頭が働かないのか。

ザレシエは呆れ口調で言った。


「いやいや。港は大きな丸石である程度成型して、それを『たたき』で固めているんですよ。あそこからここまで『たたき』で固めたら、一体どれだけの貝殻が必要になることやら」


 もし港のように石を積むんだとしても、そんな大量の石は中々かき集められない。

そもそも石はこれから道の舗装にも使うのにとオラティヴは難色を示した。


「泥に草混ぜて成型して、それを並べていって、その周りを『たたき』で塗って補強したら良えやないかい」


 ベルベシュティ地区で、家の建築材料としてよく使われている土レンガというやつである。

オラティヴがイマイチ何の事かわからないという顔をしているので、その部分はザレシエが指導するということになった。

現状、最優先がこの作業と位置付けられることになったのである。


 そもそも土レンガがあれば家も建てようと思えば建てられる。

倉庫だって建てられる。

それを『たたき』で固めてしまえば良いのだ。

当座の家であればそれで十分であろう。



 その日は沢の近くで木で土レンガを造る枠組みを組み、土レンガの土を練って型に埋めて終了となった。

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