第24話 報告
ロベアスカ首長は、報告したい事があるとドラガンたちを連れ族長の屋敷を訪ねた。
バラネシュティ族長は応接室に四人を招き入れると、家宰のミオヴェニにコーヒーと菓子を用意するようにお願いした。
久々に会えたからゆっくりと話がしたいところなのだが、今、問題が発生してしまっていてそういうわけにいかないと、バラネシュティはコーヒーを啜りながら困り顔をしている。
今日もこれからモルドヴィツァ、オストロフ両首長と対策会議なんだよとため息をついた。
「お忙しいようですね」
「ドロバンツ族長は、いつも暇そうに見えたんやけどな。見るとやるでは大違いやな」
ロベアスカが笑顔を引きつらせると、バラネシュティもつられて顔を引きつらせた。
「俺も正直安請け合いしたと後悔してますよ」
「村長がおるから、困った事は相談せい言うたやろ?」
現在ジャームベック村の一番の問題はドラガンをどう守るかであり、現状で最も頼りになるのはヤローヴェ村長だとバラネシュティは考えている。
その為、首長交代の際にヤローヴェ村長にも新首長をよろしく頼むとお願いしてきている。
「気苦労の方ですよ! 俺まだ新人やいうに、近隣の首長が相談に来るんですよ」
「なるほど。そうか、私との繋がりを期待されとんのか。そこまでは想定してへんかったな」
バラネシュティは、すまんすまんと膝を叩いて笑い出した。
ロベアスカ首長は肩肘張りすぎだとザレシエが軽く嘲笑すると、最初の数年は仕方ないとバラネシュティは微笑んだ。
バラネシュティはコーヒーをひと啜りし、報告したいことがあると聞いたがどうしたのかと尋ねた。
ロベアスカは椅子に座り直して、昨日ドラガンたちから聞いた毒蟲の話をバラネシュティに報告した。
話を聞いたバラネシュティは驚いて目を丸くした。
報告書を書いてきましたと、ザレシエが書面を手渡す。
その後でムイノクが、問題の蟲を捕獲したと木の容器を取り出しバラネシュティに見てもらった。
「あれだけ綺麗な水やのに、どうやったら毒を持ったこの蟲が生息してられるんやろ?」
バラネシュティは毒蟲を見ながら疑問を口にする。
恐らくこれが餌だと思うと、ムイノクが箱に入った紫色の四角い物体を見せた。
「これは一体何や? およそ見たこと無い物やけども」
バラネシュティがその紫色の物を触ろうとすると、ザレシエが毒があるかもしれないから触らない方が良いと強めに制した。
「それが蟲の穴の奥に一緒に埋められとったんです。何かの卵を固めたものやないかって思うんです」
「……毒蟲の餌を固めたもんか!」
バラネシュティは、隣で驚いた顔のままのミオヴェニに、早急にあの二人を呼んでくれと指示した。
ミオヴェニははっとして、直ちにと短く言い急いで応接室を出て行った。
「先ほど問題が発生していると言うたんやけど、まさにこれの件なんや」
バラネシュティは一同を見渡し再度毒蟲の箱を手に取った。
バラネシュティは来客の四人に、昼食を用意するからこの後来る二人にもう一度報告をしてくれとお願いした。
昼食ができるまでの間、五人は村の様子はどうかなど雑談をして過ごした。
昼食前に息を切らせてコシュネア村のオストロフ首長が屋敷に駆け込んできた。
どうやら竜車を用意させ自分で御者をして全力でここまで駆けて来たらしい。
到着すると水を一杯くれとミオヴェニにお願いした。
少し遅れてリベジレ村のモルドヴィツァ首長も到着した。
モルドヴィツァも一報を聞き大急ぎで駆けつけてきた。
オストロフのように御者の心得が無いらしく、御者に急げと命じていた分到着が遅くなったらしい。
結局、二人とも昼食より前に屋敷に到着した。
「急いで来てもらったとこ恐縮なんやが、食事前に見れるような代物やないんや」
族長は苦笑いしながら二人に説明し、会議は食後という事にした。
昼食を取りながら族長は、モルドヴィツァとオストロフに、雑談のような感じで毒蟲が見つかったという話題を振った。
「ここまでで竜の死亡事例の出た村に連絡して、調べさせて同じように毒蟲が見つかるようやったら確定でしょうね。駆除の仕方はわかるんです?」
説明を聞いたオストロフはバラネシュティに尋ねた。
モルドヴィツァは、確かに食事中にしたい話じゃないと苦笑いしている。
「水から出せばすぐに死ぬらしいな。ただ、成虫になったとこを見れてへんから、そこは調査を続けなあかんやろうね」
「しかし……こうなると、やはり噂通り犯人は……」
「ご丁寧に餌まで置いていたとなると、その可能性が極めて高うなるやろうな」
あえてバラネシュティたち三人は口にしなかったが、竜産協会の仕業という事になるのだろう。
それはドラガンたちもロベアスカに報告していたことであった。
「今度来た営業の持ち物を改めさせましょか?」
「いや。それで営業が来んくなったら、それはそれで困るのと違うかな?」
「なるほど、でもそしたらどうします? 例え駆除したとしても、次の毒蟲を仕掛けられるだけやないですかね?」
オストロフの危惧はもっともだった。
恐らく駆除したとしても竜産協会の営業は、前回の毒蟲はたまたま餌を見つけられなかったとか、綺麗な水に溺れただけと考えるだけであろう。
次はもっと元気な毒蟲をと考え、新たな毒蟲を埋めていくだけの事である。
「ただ、ここで完全に駆除できれば、お前らのやる事などお見通しやいう姿勢は見せれるんと違うかな?」
「それで、何をしても無駄やとなって何もしてこなくなるか、やっきになるかですね」
「……まあ、後者やろうけどな」
バラネシュティとオストロフがため息をつくと、モルドヴィツァもつられてため息をついた。
ロベアスカは今回の報告を全てザレシエにやってもらっている。
元々今回の件で一番活躍したのはザレシエだからというのが、表向きザレシエにした説明である。
裏の話として、次回同じような事をされた時に、ザレシエを主体に対応してもらう為でもあった。
そうすることで『奴ら』からの標的分散にできるだろうからというのがロベアスカの思惑である。
ザレシエは頭脳明晰なだけでなく武芸もそれなりで、さらにかなりの弓の腕前だったりしている。
ドラガンと違い己の身を己で守れる。
ザレシエは学者気質なところがあり、表向きの理由にはすぐに納得してくれた。
だが裏の思惑にも気づいてしまったらしい。
ロベアスカにヴラドの役に立てて嬉しいと言ってくれた。
ジャームベック村への帰り道、ドラガンは途中に通った村で聞き覚えのある声を耳にした気がした。
そんなはずは無い、そう思いながらも竜車を降り周囲を見渡した。
するとその村の樹林でその声の主を見た。
そんなはずは無いと樹林に向かって駆けて行く。
周囲はもう薄っすらと暗くなりだしている。
「……ロマンさん?」
呟くようにロマンの名を呼び樹林に向う。
だが、ロマンの姿を見つける事はできなかった。
樹林の中をあちこちと探したのだが、残念ながらロマンを見つける事はできなかった。
何があったのかと、他の三人は驚いてドラガンの元にやってきた。
先ほどの声の主を知らないかとドラガンは三人に尋ねたが、三人はそもそも声を聴いていないと言い合った。
自分も幻を見てしまったのか、はたまた死霊を見てしまったのか。
だがあの声は確かにロマンのもので、あの姿は確かにロマンだった。
三人は事情を聞くと口を揃えて、秋の夕暮れってその手の死霊のようなのが出やすいんだよと、顔を引きつらせながら言い合った。
プラジェニ宅に戻ったドラガンは、真っ直ぐアリサの元へ向かった。
お帰りと言うアリサに、ドラガンはただいまも言わず、僕も死霊を見たかもしれないと報告した。
「死霊ってあの人の?」
「うん! 帰ってくる途中で確かにロマンさんの声を聴いたんだよ! 樹林で見た人影は僕の目からもロマンさん本人に見えた」
アリサは興奮してドラガンの両肩を強く掴んだ。
「どこ? どこの村?」
「ここから三つ向こうの村。たしか名前は『ファウレイ村』って言ったと思う」
それを聞いていたイリーナが、夏頃アリサさんが言ってた場所もその村の樹林だった気がすると言い出した。
イリーナの話によると、『ファウレイ村』は主産業が林業で広大な樹林を管理している。
村では木こりに従事している者も多い。
他の地区や街で大量に材木が必要な時などには、直接買い付けに来る事もあるのだとか。
「姉ちゃん、明日行ってみない? もしかしたら死霊じゃないかもよ?」
「何言ってんの、あんた? あの人は亡くなったんでしょ? 死霊じゃなかったら別人じゃないの」
冷静に考えたらロマンは確実に死んでいるわけだから、仮にロマンにそっくりな人を見たとしても、それはロマン本人ではなくロマンにそっくりな別人なのだ。
ドラガンもロマンを見たという興奮で、すっかりその事を忘れてしまっていた。
「それはそうなんだけどね。でも姉ちゃんは興味無いの? 亡くなった夫にそっくりな人なんだよ?」
「まあ……無くは無いわね」
アリサの顔が、誰から見てもわかるくらいにやけてほころんだ。
頬も薄っすらと赤く染まっている。
「じゃあ決まりだね! 行ってみようよ!」
ベアトリスが私も行きたいと言うと、イリーナも私も興味あると言い出した。
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