第25話 発見
翌朝、ドラガンたちは朝食を取って身支度を済ませ、ファウレイ村へと向かった。
心なしかアリサの化粧がいつもより濃いように感じるがドラガンは黙っていた。
さすがに、こんな私用に竜車を借りるわけにもいかず徒歩で向かっている。
だが三つ向こうの村である。
歩いて行くにはそれなりに距離がある。
到着はお昼も近い時間になっていた。
ドラガンたちは村に到着すると、まず昼食にしようと言い合った。
村の食事処に行き、少し早い昼食を取ることにした。
ドラガンの顔はファウレイ村でもすっかり売れているらしく、村に来た途端に、水路の方が来ているやら、製粉所の方がいらしているなどと村中にあっという間に噂が飛んだ。
食事中だというに村長と首長が挨拶に来るという何とも居心地の悪い事態になってしまった。
アリサは村長たちに挨拶しているドラガンを不愉快という顔でじっと眺めていた。
ドラガンもその視線に気がついてはいたが見て見ない振りをした。
村長、首長と話をしていると、自然、村長の口から今日はどのような用向きかという質問が出る。
ドラガンは、昨日、この村の森で知人に似ている人物を見たという話をした。
薄い金髪に細面の顔、長身の男性という大まかな特徴を伝えると、村長も首長もどの人だろうと言い合った。
村民かもしれないし木材の買い付けに来た者かもしれない。
どの者のことを言っているのかはわからないが見つかると良いですねと、二人はドラガンたちに微笑んだ。
昼食を終えると、四人はまず二人がロマンを見たという樹林に向かった。
だが樹林は非常に広く、さらに木こりに従事する者も多い。
人間だけでなくエルフも働いているし竜までいる。
その中から一人の人物を探すなどかなり無理がある。
それも、いるかいないかもわからない人物をである。
ドラガンとアリサは真剣に探しているのだが、イリーナとベアトリスは、そもそもロマンなる人物を見たことすら無い。
すぐに飽きてきてしまったらしく、あちこちを観光しだしてしまった。
樹林内をあちこち歩き回り、ロマンを探し回った。
樹林内だけでなく加工場内も探して回った。
だが、それらしき人物は見つからない。
ドラガンが諦めて木こりの事務所前で待っていると、アリサも何かを諦めた顔をして戻って来た。
二人で、やはりあれは死霊だったんだと言い合った。
少し陽も傾いてきている。
そろそろ帰らないと、今度は帰路で本物の死霊に取りつかれてしまいかねない。
だがベアトリスたちの姿が見えない。
一体どこに行ってしまったんだろうと木こりの事務所の事務員に尋ねると、喫茶店で待っていると伝言を頼まれていたとのことだった。
なかなか来ないものだから、もうお帰りになれたのかとと事務員に苦笑いされてしまった。
そんなに早く捜索を諦めていたのかと、二人で笑い合いながら喫茶店へと向かった。
喫茶店の窓側の席で優雅にお茶を嗜んでいるイリーナとベアトリスの姿が見える。
どうやら村の人と話をしているらしい。
ちらりの見えた村人と思しき人物に、ドラガンはそんな馬鹿なと思わず呟いた。
隣を見るとアリサはすでに無言で喫茶店に駆けていた。
ドラガンもアリサを追って喫茶店に向かって走る。
勢いよくドアを開けたアリサを、ベアトリスたちは何事かという目で見ている。
「ロマン……あなた、やっぱり生きていたのね!!」
ベアトリスとイリーナは、今まで一緒に話していた男性の顔を見た。
男性はアリサをきょとんとした目で見ている。
「ロマン! 良かった……生きていてくれたんだ」
アリサは涙をボロボロと流し、その男性に向かってよろよろとした足取りで歩み寄る。
何かわからないが、男性はとりあえず席を立った。
するとアリサは走って男性の胸に顔を埋め、わんわんと泣き出した。
「えっ? 何のこと?」
「何言ってるのロマン! あなた自分のことを忘れてしまったの?」
男性は明らかに困惑した表情で周囲の人をきょろきょろと見回している。
「ロマンって? 多分人違いだと思うんだけど……」
「……えっ?」
アリサはロマンだと思っていた男性の顔をしげしげと見つめた。
右の髪をかき上げ耳の上を見る。
「……ほくろが無い」
「ほくろって?」
「あの……ごめんなさい。私……見ず知らずの方に」
アリサは恥ずかしさで顔を真っ赤に染め、ゆっくりと後ずさり男性から離れる。
ドラガンも男性に近寄り、じっとその顔を見つめた。
似ているなんてもんじゃない。
どう見てもロマンその人にしか見えない。
困惑しながら男性は二人に、何か暖かいものでも飲んで落ち着いたらどうかと促した。
アリサは素直に、じゃあ蜂蜜茶をと、か細い声で言った。
どうやらあまりの恥ずかしさにまともに男性の顔が見れないらしく、アリサは男性から目を反らし続けている。
ドラガンはコーヒーを注文した。
そこから男性は自己紹介を始めた。
名前はデニス・ポーレ。
サモティノ地区のエモーナ村というところで造船所の営業をしているらしい。
船を作るには大量の材木が必要で、その買い付けに来たのだそうだ。
「そんなに僕、その人に似てるの?」
「似てるなんてもんじゃないですよ! 姉ちゃんが取り乱すのも無理ないです」
姿形だけじゃない。
声もロマンそのものなのだ。
「名前は何ていうんです? その方は?」
「ロマン・ペトローヴです。姉ちゃんの夫だったんです。その人」
名前を聞いたポーレは目を細め、天井を見つめ何かを思い出すような仕草をした。
ロマン、ロマンと、何度か繰り返す。
「どこかで聞いた名だな。はて? どこで聞いたんだろう?」
ドラガンは、しまったという顔をした。
目の前の人物を自分たちはロマンだと思って話をしてしまっているが、仮に『奴ら』の仲間だとしたら、自分たちの素性がバレて極めて危険な状況に陥るではないか。
「以前、病気になった行商の代役でロハティンに行った時に、そんな名前の人と勘違いされたような……」
「えっ? ポーレさんって行商してたんですか?」
「してたというか代役で一度だけね。酷い目に遭ってさ。二度とやらねえって、帰ってから文句言ってやったよ」
ロマンそっくりの声で、ロマンそっくりな笑い方でポーレは笑っている。
「どんな目に遭ったんです?」
「ちょっと前に話題になった『アレ』だよ。竜の窃盗。僕の時もやられたの」
ドラガンは同じ被害者であれば少なくとも『奴ら』の仲間では無いと安堵した。
ふと、あの事件の時に、サモティノ地区の行商で竜の窃盗に気付いた人がいると、リュドミラというサファグンの女性が言っていたことを思い出した。
あの話に出てきた切れ者、それが恐らく目の前の人物のことなのだろう。
「で、どうしたんですか?」
「泣き寝入りだよ。代役だから勝手がわからないからね。せっかく競竜場で大勝ちしたってのに、竜の購入費に当てなきゃならんし、村に帰ったら文句言われるしでさ、今思い出しても腹が立つよ」
ポーレが話している姿を、アリサは、ぼうっとした顔で見つめ続けていた。
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