第26話 ポーレ

 ポーレは、まだしばらくファウレイ村に滞在するらしく、四人は一旦ジャームベック村に帰ることになった。



 ポーレ本人が言う話なのでどこまで真実かは知らないが、ポーレはエモーナ村では有名人らしい。

幼い頃から彼を神童だという人が多かったのだそうだ。

そのせいでポーレは、学校内で一人別の先生の指導を受ける事になった。

そうして同年の子たちと離され続けた結果、六年目、ついにポーレは反発した。


 勉強は一切しなくなり、同年の子たちを侍らせ遊びまくった。

頭ごなしに叱ってくる教師に真っ向から反論し見事に論破した。

武芸にのめり込み、同年の子たちと毎日のように武芸演習をして過ごした。


 実は、ポーレの噂を聞いたドゥブノ辺境伯が家宰として雇用するという話になっていたらしい。

それでしっかりと教育を施して欲しいと村長に依頼していたのだった。

だが村長は反発したポーレに失望し、ドゥブノ辺境伯に育成失敗を報告した。


 そこから僕は自由になったとポーレは嬉しそうに言った。

くだらないことで叱責されたりしなくなった。

今は父の仕事を手伝い、持ち前の社交能力を活かし、こうしてベルベシュティ地区に定期的に買い付けに来ている。


 今回も数日前から来ていて、次回の木の予約と前回の木の受取りを行っている。

木を材木に成型するのにまだ暫くかかるということで、その間ファウレイ村に滞在することになっているのだそうだ。




 翌日からアリサは上機嫌だった。

普段であればドラガンに夕食の献立の希望など絶対に聞いたりしないのに、何が食べたいなどと聞いてきた。

機嫌の悪い時など、わざわざドラガンの嫌いな物を出したりするくせに。


「姉ちゃん、何だかずいぶんご機嫌だね」


「そうかな? いつもと一緒だと思うけど」


「一緒だったら、わざわざ言わないよ……」


 あら生意気な事を言う子ねと、アリサはニコニコ顔でドラガンの頬を引っ張った。

明らかに浮かれているよねと、ベアトリスもドラガンにこそっと言った。


「ポーレさんいいましたっけ。結構、素敵な方でしたね」


「だよね! ベアトリスもそう思う?」


「ええ……まあ……」


 身を乗り出して賛同を求めるアリサに、ベアトリスもかなり温度差を感じた。

エルフでも素敵な人って思うくらい素敵なんだねと、アリサはニコニコ顔である。

ドラガンとベアトリスが顔を見合わせ首を傾げると、イリーナがクスクスと笑い出した。



 あれからアリサは、少しでも時間ができるとファウレイ村に行こうよとドラガンを誘っている。

断っても、何で? 行こうよ! と、行くと言うまで誘ってくるので、初回以降は断れなくなっている。

道中人気のない少し寂しい道を通る為、さすがに一人で行ってこいというわけにもいかず、毎回ドラガンが付いて行った。


 アリサは声をかけず、仕事をしているポーレをただぼうっと見つめている。

そうして声をかけてもらえるのを待っているのである。

ポーレもアリサを見かけると仕事を手短に終わらせ、アリサの元にやってくる。

そこから二人で喫茶店に行き嬉しそうに話をするのだった。


 付いて来ただけのドラガンは特にやる事もない為、エルフの居住区に行き井戸掘りを指南したり溜池を整備したりして、陽が落ちる前にアリサと合流しジャームベック村に帰る。

エルフたちは非常に喜んでいたが、ドラガンは内心勘弁してくれと思っていた。




 数日して、ポーレが村に帰る日が迫ってきたある日の事だった。

ポーレはドラガンを呼び出すと、少し話がしたいと言ってきた。

アリサに二人だけになりたいと言って、ドラガンを喫茶店に連れ出した。


「ドラガン・カーリク。名前聞いてもわからなかったけど、アリサさんから話を聞いて、君が何者なのかわかったよ」


 ポーレはコーヒーを啜ると、ドラガンの顔をじっと見つめた。


「姉ちゃん、お喋りだなあ。普段僕には、素性は口にするなって口うるさく言うくせに」


「なるほどね。それが君たちの生存戦略って事なんだ」


 事件の事、自分たちの存在、それが人々の記憶から抹消されるまで心静かに暮らす。

それが二人の選んだ生き方なのだとポーレは理解した。

だがそれができるのは普通の人だけで、残念ながら、ある意味普通ではないドラガンには極めて困難なことであろう。


「どこまで聞いたんですか?」


「エルフの間では『水神アパ・プルーの使い』って言われてるそうだね」


 『水神アパ・プルー』はエルフの信仰する宗教の三人の主神の一人である。

エルフの大寺院の像は、髪の長い美形の青年が薄着で胡坐をかいて座っており、両手を広げ、そこから水が流れているという形をしている。


「……えっ? それは聞いてませんね。何ですかそれ?」


「あれ? 君の事を酒場で聞いたら、みんなそう言い合ってたんけどな」


 どうやらエルフたちの間で自分が神格化され始めてる。

そう考えると非常に恥ずかしいものがある。


「いかに君を大切に思っているかも酒場でエルフたちから聞いたよ」


「こんな流れ者の僕を、ありがたいことです」


 あれだけの功績をひけらかす事をせず、逆に受け入れてくれた事に感謝をする。

ずいぶんと真っ直ぐな青年だとポーレは感じた。



 ポーレはクスリと笑うと、突然顔から表情を消した。


「ところで、君自身はエルフたちをどう思っているんだ?」


 思いもかけない質問にドラガンはかなり戸惑い、無言で考え込んだ。

そんなドラガンを、ポーレは真面目な顔でじっと見つめている。


「できれば、ずっと一緒にって……」


「君の敵はあまりにも強大だ。それが極めて困難である事は、君自身、薄々感づいてると思うんだけど?」


 ドロバンツ族長が亡くなった時、ドラガンは漠然と自分の存在がベルベシュティ地区の重荷になってしまっているのではないかと感じていた。

時々ふとジャームベック村から消えてしまいたいと思う時がある。


「だけど、僕には他に頼れる当てが無くて……」


「エルフたちも君を手放したくない。君もエルフたちに依存。敵は強大。そこからどんな顛末が予想できるかな?」


 『結末』ではなく『顛末』と言われれば、決して良い未来で無い事が容易に想像できる。

だが、ドラガンはそれを自分の口からは発したくは無かった。


「……わかりません」


「そっか。じゃあ代わり言ってあげるよ。ベルベシュティ地区で未曾有の惨劇が起こる」


 ドロバンツ族長が殺害されてから、このままではいづれそうなるという予感はしている。

改めて言葉にされ、ドラガンの背中に一筋冷たいものが流れた。


「間違い無く、エルフたちは君を守るために己が身を盾にしようとするだろう。老人や子供まで君のために剣や弓を取る。大陸最大の軍を相手に、エルフたちだけでも必死の抵抗をするだろう」


「援軍は望めないんですか? 二人の辺境伯の軍とか」


「辺境伯軍はすぐに駆けつけてるだろうね。だけどそれだけじゃ焼石に水だよ。どれだけ戦力差があると思ってるんだよ。仮に他にもどこかの軍が駆けつけてきてくれたとして、どんなに急いでも地区に甚大な犠牲が出た後だよ」


 ドラガンは黙って俯いてしまった。

自分がいるせいで自分のために恩人のエルフたちが犠牲になる。

そんな姿を見なければならないなんて。


「あの……僕、どうしたら……」


「一番簡単なのは君が彼らの軍門に降る事だよ。族長の首、それとジャームベック村の村民殲滅と引き換えくらいで許してもらえるんじゃないかな?」


 ポーレが、あまりにも酷い事を冷静に言うので、さすがのドラガンも激昂して椅子から立ち上がった。


「そんな! 恩人を道連れに自分も死ぬなんて選択は採れません!」


「じゃあどうする? 他に良い案でもあるのか?」


 ポーレは椅子に腰かけたまま、少し厳しい顔でドラガンに問い掛けた。

ドラガンも激昂はしたもの、だからと言って何か対策があるわけではない。

何も思いつかないから、そのままエルフたちの好意に身を委ねてきている。


「抗いたいという気持ちはわかる。だけど今の君は守ってもらう事しかできないんだよ。抗えば周りに多大な被害がでる。それは仕方のない事なんだよ」


 抗う気があるならそれなりの覚悟を持て、それができないなら、さっさと諦めて奴らの軍門に降るしかない。

ドラガンにもポーレの言うことはわかるつもりである。


 少し冷静になったドラガンは、また椅子に座り直した。


「ポーレさんだったらどうしますか?」


「僕なら徹底して抗うよ。ただしそれなりに仲間を集めて抗えるだけの戦力を整えてね。仲間は大勢死ぬかもしれない。だけど生き残った皆で彼らの思いを受け継いでいく。それが社会に抵抗するって事なんだよ」


 ポーレの言葉にドラガンはラスコッドの手紙を思い出した。

奴らよりも強くなれという一文を。


「今なら一つだけ他に手段がある。ただし今だけだ。情勢が変わったらそれもできなくなる」


「どんな案なんですか?」


 今だけ。

その時点でドラガンも薄っすらとポーレが何を言いたいかわかる気がする。


「君も何となく考えている事だとは思うが、こっそりジャームベック村を離れることだ。『奴ら』が本格的に侵攻してくる前に」


「でも、ここを離れてどこに行けば良いか……」


 俯き、今にも泣き出しそうな顔をしているドラガンに、ポーレは優しく微笑みかけた。

そっとドラガンの肩に手を置き、ドラガンが顔を上げるのを待った。


「まずはうちに来いよ。その後の事はその後で考えようぜ。僕も一緒に考えるからさ。僕もエルフたちが、ベルベシュティ地区の人たちが、むざむざ死んでいくのを見るのは耐えられない」


 エモーナ村にはポーレの同士がいる。

エモーナ村はとある事情からロハティンとは対立の立場にある。

彼らは最初からロハティンと戦おうという姿勢なのだ。

つまりドラガンが必要とする兵がいるという事である。

だから、ドラガンを守る為に平和を捨て武器を取ろうとするエルフたちに比べれば気は楽だと思う。


 ドラガンは、あまりに突飛な提案に少し思考が停止した。

何かを言おうとしたが何も言葉が見つからなかった。


「少しだけ考える時間をください……」

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