第27話 苦悩

「ドラガン、さっきデニスさんと何の話してたの?」


「今後の事だよ……」


 アリサはドラガンの回答をかなり都合良く曲解したらしい。

顔を赤らめ口をニマニマさせている。


「今後の事ってどんな事?」


「うちの村に来ないか? だって」


「えっ! ほんとに? ほんとにそんな事言ってたの? で、あなたは何て答えたの?」


「考える時間が欲しいって……」


 アリサは、なぜか耳を赤くしながら指をもじもじさせている。

ドラガンの顔をチラチラ見ながら髪をかき上げた。


「ねえドラガン。私、再婚しようと思うんだけど、あなたはどう思う?」


「再婚って誰と?」


「誰とってポーレさんとに決まってるじゃない」


 顔を真っ赤にして照れるアリサだったが、ドラガンはどうにも別の事で頭が一杯のようで気にもしていない。


「そうなんだ。ポーレさんは姉ちゃんの事どう思ってるんだろうね?」


「どう思ってるって、あなたにうちの村に来いって言ったんでしょ?」


 ドラガンが首を傾げると、アリサも首を傾げた。

何か話がかみ合っていない気がする。

お互いそう感じたが、気にしてもしょうがないとあえてその違和感は無視した。


「もし結婚したら姉ちゃんはポーレさんの村に行くの?」


「当たり前でしょ。現地妻じゃないんだから」


 この子は何が言いたいのだろうと、アリサは不思議がっている。


「でもさ、エルフの人たち、こんなに良くしてくれているんだよ?」


 ドラガンのその言葉で、アリサはドラガンが何を真剣に悩んでいるのか完全に把握した。

ドラガンは、お世話になったエルフの人たちにこれ以上迷惑をかけたくないのだ。

だが、かといってこの地区を去るのも、それはそれで不義理だと思っている。

その葛藤に悩んでいるのだ。


「それなんだよね。私もそこはちょっと不義理だって感じるのよ」


「もしもだよ。もしも僕がポーレさんの村に行かないって言ったら姉ちゃんどうする?」


「あなたが行かないなら、私もあの人との再婚は諦めるわよ」


 正直ドラガンにとって姉の回答は予想外だった。

それでもポーレの村に行くと言われると思ってドラガンは聞いたのだ。

しかも、ほぼ即答である。

何でとドラガンはすぐにアリサに尋ねた。


「あの日、一緒にベレメンド村から逃げた皆と約束したのよ。またいつかみんなで一緒に暮らそうねって」


「そうか……そう言ってたね……」




 その日からドラガンは、ずっと何かを考え込んでいる。

アリサはドラガンの葛藤を理解しており、ドラガンにかなり優しく接している。


 だがイリーナとベアトリスは事情を知らない。

ファウレイ村で何かあったんだというくらいしかわかっていない。

詳しく聞こうとしてもドラガンは、うん、ちょっとと言うだけで何も教えてくれない。

アリサも、ちょっとねと言うだけでドラガンとほぼ同じ態度である。

ベアトリスはそんな二人に徐々に苛々を募らせていった。



 ある日ベアトリスは、夕飯の後で思い切ってドラガンを問い詰める事にした。

いつものように部屋に帰ろうとするドラガンをベアトリスは捕まえた。

何を悩んでいるか知らないが一杯呑んで洗い流そうと言ってアプサンを用意した。


 ドラガンはあまり酒が呑めない。

ましてやアプサンは強すぎて苦手である。

ドラガンは少し顔を引きつらせ逃げ出そうとした。

だがイリーナにも椅子に座りなさいと言われてしまった。

アリサも同様に酒に付き合えとイリーナに言われた。


 木の実を乾煎りして、塩と香辛料を振りかけ簡単なつまみを作ると、ベアトリスも席に着く。

四人は乾杯すると、くいっと酒を呑んだ。

酒に弱いドラガンは、こほこほと軽く咳込んでいる。

アリサが優しい顔でドラガンの背中を撫でる。


「何があったんかは知らんけども、うちらにそこまで言いづらそうにするいうことは、うちらに関係あることなんやろ? 何があったんか言うてみなさい」


 イリーナはひと際優しい声で、ドラガンに優しい笑顔を向ける。

ドラガンは唇を噛んで俯くと小さく息を吐く。

何かを言おうとして、もう一度小さく息を吐く。

その態度にイリーナとベアトリスは、余程の事があったのだと察した。


「ヴラド。いや、ドラガン。うちらは何言われても大丈夫やから。何があったんか言うてみなさい」


 まるで母親に叱られるように、優しく、それでいて強い口調で言われ、ドラガンも何かを決意した。


 ゆっくりと、先日のポーレとの会話を三人に話したのだった。

話し終わるとドラガンは目から雫を零してしまった。

アリサは無言でドラガンを抱き寄せ頭を撫でた。



「そんなに、うちらの村は危険な状況なん?」


「僕のせいで、僕を匿ったせいで、僕の村みたいに皆殺しにあうかも」


「でも、族長も元々うちの首長やで? そんなことになるんかな?」


 ドロバンツ族長が王都アバンハードで殺害されている。

『奴ら』は目的のためなら、普通はそんな事しないという事を平気でやってくる。

こちらの常識は通用しないと考えた方が良い。


「このままだと、この地区だけでロハティンの正規軍と戦わないといけない事になると思う」


「どうも、現実味が無いいうか悪い夢の話を聞かされてるみたいいうか……」


 イリーナは首を傾げてからアプサンを飲むと、ベアトリスに、あなたどう思うと尋ねる。

ベアトリスも、そんな状況が想像できないと苦笑いした。


「ドロバンツ族長たちから聞いた話だと、今、ロハティンの奴らは血眼になって僕を探してるらしいんだ」


「ほんまにしつこい連中やね」


 イリーナはすこし苛立った表情をしてアブサンを口にした。


「僕たちは、あの事件の数少ない生き証人になってしまってるんですよ」


「ああ、そういうことなんか。もしもドラガンに証言されてまうと、ロハティン総督は誤魔化しきれんようになって、罪に問われて処罰されることになるんや」


「ドロバンツ族長もバラネシュティ族長も、僕のためにエルフ総出で武器を取るって言ってくれてて、それだと僕のためにみんなが死ぬことに……」


 ドラガンは、本格的に泣き出してしまった。

うちらの思いが少し重荷になっちゃったんだねと、イリーナは困り顔で髪をかき上げる。

確かに今だと皆ドラガンのために戦おうってしちゃうよねと、ベアトリスも納得したようにアプサンをくいっとあおった。


 アリサさんはどう思うのとイリーナは尋ねた。

ドラガンにも言ったのだが、私はドラガンのいるところにいるだけとアリサは即答だった。

それが生き別れた人たちとの約束だからと。


 そこから四人は無言で炒った木の実をぽりぽりと食べた。



 ベアトリスが意を決したように一つ手を叩いた。


「私はドラガンの気持ちが良うわかる。ドラガンは村を出るべきやと思う。私の事忘れずにいてくれたら私はそれで良えよ。落ち着いたら、また遊びに来てくれたら良えわけやから」


 気丈に振舞ったベアトリスだったが、一筋の涙が頬を伝った。

あれ、何だろうと、ベアトリスは酷く戸惑った。

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