第23話 毒蟲

 アリサはロマンの死霊を見た翌日から、毎朝キノコ畑の周りをうろうろとしている。

だが、あれから一度もロマンの死霊には出会えていないらしい。



 ドラガンはあの日から、ロベアスカ首長に誘われて酒場に行く事が多くなった。

アリサもイリーナも夕飯は家で食べろと言うのだが、首長の招きだからとドラガンは言い訳している。


 ベアトリスはどちらかというとドラガンに同調していて、酒を呑まないから食べるしかない、それもできないと酒宴が盛り下がってしまうと二人に説明している。

そんなベアトリスはかなりの酒豪で、毎回ドラガンに付いてき、がばがば酒を呑んでいる。


 ロベアスカの意図は、同年代の人たち、特に村の女性たちと接触させ身を固めてもらい、村に居ついてもらおうというものだった。

それと、ドラガンの友人となってくれる人を見つけてもらおうという意図もある。

その為、毎回ヤローヴェ村長は数人の同年代の人を呼んで来る。

だが村の大人たちはそんな意図は酌んではくれず、村の救世主であるドラガンと楽しく呑みたいと毎回寄って来て酒を呑みまくっている。

それにベアトリスが乗っかり、毎回大盛り上がりになっている。




 そんな酒宴を三月ほど繰り返した頃、酒宴の話題に少し嫌な噂が上った。


 ドラガンが溜池に川の水を引く術をエルフたちに伝授して以降、ベルベシュティ地区の風土病はすっかり発症しなくなっていた。

不思議な事に竜の死亡件数も激減している。

元々弱っていた竜が一通り亡くなると、そこから竜の病死事例はほぼ無くなっていた。


 それがここに来てまた竜の病死が発生しているらしい。

餌も前から変わっておらず水も綺麗なまま。

何が原因なのか竜産協会の営業に問い合わせるのだが、竜医じゃないからわからないと言われてしまう。


 竜盗難事件以降、ロハティンの市場はかなり活気を失っており行商の売上げが激減している。

そのせいで村全体の収益も落ちてしまっている。

一部の村では、年四回のうち二回の行商先をキシュベール地区とサモティノ地区近くの休憩所にし始めている。

そんな財政状況での竜の購入費用は、かなり村の財政を圧迫するのである。


 竜の病の症状は以前とは異なっており、高熱にうなされる感じではなく下痢と嘔吐を繰り返すらしい。

何か毒蟲の幼虫のようなものを吐く竜もいるようで、水に何かがいるのではないかというのが村人の予想らしい。


 その毒蟲の幼虫のようなものは、これまでベルベシュティ地区では一度も見たことが無いとどの村人も言っている。

もしかして竜産協会の営業が撒き散らして行ったのではないかと言い始めているのだとか。

その噂には根拠もそれなりにあるらしい。

竜産協会の営業が、製粉小屋を見学するフリをして溜池で何かをしているのを見たという者がいるのだそうだ。

竜の病は、どこも竜産協会の営業が来て一月後くらいに発生しているらしい。



「まさかとは思うけど、前の竜の病気も竜産協会が?」


「あの一件が無ければまさかと言うんやけども、今やと、あいつらならやりかねんと思うてしまいますね」


 ロベアスカも、ドラガンやバラネシュティ族長から、ロハティンで何が起こっていたのかざっとした説明を聞いている。

それだけにもはや竜産協会の事を全く信用しなくなっている。


「もし竜産協会がやった事だとしたら、それはそれで困ってしまうな。まさか来るなとも言えんし」


「竜車にしても木材の運搬にしても、竜がおらんとどうにもならんですからね」


 ロベアスカとヤローヴェは、どうしたものかと顔を見合わせた。

どうせそのうち族長から溜池を調査して欲しいと言われるだろうから先に見に行ってみますと言ってドラガンが手を挙げた。

すると、酒宴に参加していた同年代の人間とエルフが自分も付いて行きたいと言い出した。



 翌日ドラガンは、一番近場で新たな竜の病気が発生したコヴァスナ村へと向かった。


 一緒に付いて来た人間はダニーロ・ムイノクといい、新米の冒険者をしている。

髪の色は少し緑がかった黒で、背が高く、少し長めの両刃剣を腰に帯びている。


 エルフの方はフローリン・ザレシエ。

数年前に学校を卒業し、ロハティンの学府に進学していた。

だが、ロハティンの治安が異常に悪化した為、ジャームベック村に帰って来て職を探していた所、製粉小屋の建築に参加する事になり、その後は教師をしている。

ムイノクよりも背が高く、黄味がかった茶色の長めの髪を後ろで束ねている。


 三人は村長に挨拶すると溜池に直行し調査を開始した。

そこから溜池を観察し続けた。

ヤローヴェから聞いている話によると、溜池の下流で製粉小屋を見るふりをしていたという話である。


 村人たちは飲み水を取水する際、溜池の上流で取水する事が多い。

それは上流の方が、より川に近く新鮮な水と考えるからである。

だが、竜に与える水は比較的下流近くの水を利用する。

竜は冷たい温度の水を嫌う傾向にあるからである。

下流で何かをしていたというのは、つまりは竜を狙い撃ちしているという事になると思われる。


 ちょっとこれを見て欲しいと、ドラガンが二人を呼び寄せた。

どこの製粉小屋も、水の勢いを強くする目的で川幅を狭くする部品が取り付けられている。

その部品の横に小さな穴がいくつも開けられている。


 ムイノクはスコップを借りてくると言って村長宅に向かった。

村長は手の空いた村人をかき集めて溜池に向かった。

皆、険しい顔をしてドラガンたちの作業を見守っている。


 ムイノクがスコップでその穴を慎重に掘っていくと、中から見たことも無いエビのような蟲が出てきた。

ムイノクは手で摘まもうとしたのだが、ザレシエに、毒蟲の類いと思われるから触らない方が良いと忠告を受けた。


 村人の一人が家から火鋏を持って来てくれて、その蟲を溜池から摘まみ出した。

蟲はうねうねと動いた後、紫色の体液を吐き出し細って動かなくなった。

それを見た村人の一人が、死んだ竜が吐き出した蟲と同じ蟲だと言った。


 水から出して体が渇くと死んでしまう。

であれば、一度下流の土を掘って乾かせば成虫は苦しんで飛び出してくるかもしれない。

それを全て火鋏で摘まんで潰せば全滅させられるかもしれない。

そうザレシエはドラガンに助言した。

ドラガンも頷き、試してみようと言って皆の顔を見た。


 翌朝、早くから村人総出て下流の土を掘り起こした。

ザレシエの見立て通り、蟲は乾いた土の中からぴょんぴょんと跳ね出て川に逃げ込もうとする。

そこを村人に一匹一匹火鋏で摘まみ潰された。


 これで暫く様子を見てみようと言って、掘り起こした溜池下流部分を別の土で叩き固めた。



 三人はその夜、村の宿泊所で報告書を記載する事になった。

ただ残念ながらドラガンにはそういう心得が無い。

そこで学者崩れのザレシエに記載してもらう事にした。

ドラガンもムイノクも著名はザレシエだけで良いと言ったのだが、ザレシエは三人の連著にさせて欲しいと言って三人の名を記載した。



 翌朝、溜池の状態を確認した後、一旦ジャームベック村に帰り、ロベアスカ首長に報告した。

ロベアスカ首長はよくやってくれたと三人を労い、族長の屋敷に報告に行くから三人も一緒に来るようにと笑顔を向けた。

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