第42話 作戦会議

 ユローヴェ辺境伯の屋敷で軍議が行われていた頃、ロハティン軍でも軍議が行われていた。

総攻撃をいつにするか、それとどこまで進軍するか、それを決めていたのである。

最終目的地は決まっている。

プリモシュテン市である。


 憎きドラガン・カーリクを捕まえてロハティンまで引きずって行き広場で公開処刑にする。

カーリクの仲間は皆殺しにして街は略奪して火の海にする。

それがロハティン軍に秘密に課せられた目標であった。



 結局その日、ロハティン軍は総攻撃はせず一旦少し後退し、街道から少し離れた南のベルベシュティの森付近で野営をした。

煌々とかがり火を焚き、十分奇襲に供えているという感じである。


 翌朝、斥候に放った者からの連絡で敵に再度サファグン軍が復帰している事をロハティン軍は知った。

それでもまだロハティン軍は数において優勢であった。


 これがもしマロリタ侯爵軍が主軍であったら、もうとっくに決戦に及んでいたであろう。

だがロハティン軍は国の正規軍である。

その思考は決戦主義。

サファグン軍の復帰を見た事で、ここに敵を集結させて、全てを一気に決戦にて葬り去るという思考が首脳部に蔓延していた。


 恐らくロハティン船団の方が先にプリモシュテンに到着しており、カーリク捕縛という最大の戦功はそちらに取られてしまうだう。

であるならば、それに釣り合う、釣り合わないまでもそれに迫る戦功をあげなければ。

そういう思考も首脳部には蔓延していた。


 次何かしら敵に動きがあったら、それを合図に総攻撃。


「獲物は多くて新鮮な方が良い」


 それがロハティン軍の軍議で出た言葉であった。




 その日の午後、ユローヴェ辺境伯の屋敷にセイレーン軍が到着した。

その姿にポーレたちは笑いが止まらなかった。

板に綱を付け、その板にザレシエを乗せて、九人のセイレーンが綱を引いて運んできたのである。


 それを笑ったのはポーレたちだけじゃない。

セイレーンがザレシエを降ろすと、ベレス、ソカルの両将軍も、どんな高貴なお方のお出ましかと思ったと大爆笑であった。

トロクンとバーフマチ将軍も背を向けて必死に笑いを堪えている。


 ぶすっとした顔で不貞腐れたザレシエをポーレが必死に宥めた。

ポーレに目配せされ、チェレモシュネやタロヴァヤも、まあまあと言って宥めた。


 ザレシエは少し機嫌を治すと、朗報があると言って頬を緩ませた。


「プリモシュテン沖にてロハティン船団壊滅。一艘中型船が逃走したそうやが、他は全て撃沈との事や。これで制海権はこっちのもんやで。海上封鎖もできるようになったで」


 ザレシエの報告にトロクンたちは歓喜した。

はっきり言って、ここの所の戦況は非常に悪かった。

だがこの朗報は、これまでの劣勢を一気に解消できる、そんな朗報であった。



 ユローヴェ辺境伯の屋敷の応接室で緊急の軍議が開かれる事になった。

参加者は三人の将軍、ポーレ、チェレモシュネ、タロヴァヤに、サファグンの騎士団長のチェペラレとセイレーンの騎士団長アマリアス、ザレシエが追加になっている。


 議長は家宰のトロクンが務め、タロヴァヤが提案した作戦案が説明された。


 昨日の時点で既に大量の油壺をサファグンに用意してもらっている。

屋敷の東側、ロハティン軍からは死角になる場所に保管しているので、恐らくはわからないと思うとトロクンは言った。


 だがザレシエはそれを鼻で笑った。


「斥候を送っているはずやから、向こうかて気付いているよ。だけども、向こうは輜重隊が標的やと思うてるはず。二段を狙うてるとまでは考えてへんかもしれませんね」


 その後、ザレシエから作戦の追加が提案された。

火を付け終えたら、セイレーン隊は敵の退路を断つように後方に回り込んで矢を撃ちこむ。

混戦の所に撃ってしまうとこちらも混乱してしまうので、後方でふんぞり返っている奴らに一方的に矢をお見舞いしてやる。


 サファグン軍はただただ一頭でも多く竜に銛を当てる事。

冒険者隊はサファグンの居住区に入り込まれないように迎撃をしっかりと。


「それと逃げる奴らは無理に追わんでおいてください。まだ、この後マロリタ侯爵領に攻め込んでもらわなアカンですから。恐らくロハティン軍はマロリタ侯爵領は見捨てる思います、それでも守備兵はいる思いますから」



 ザレシエに、バーフマチ将軍が何かを言おうとした時であった。

会議室のドアが乱暴に開き、執事の一人が急報を告げた。


「大変です! 再度ロハティン軍が現れました!!」



 チェペラレ団長が微笑んで、アマリアス団長の肩を叩いた。


「我らの連携が勝利の鍵じゃ。頼んだで!」


 アマリアス団長は無言で頷いた。



 会議の参加者は各々気合を入れてから、自分の部隊へと向かって行った。

トロクンも、戦死したカルッシュ将軍の代わりに戦場に立つ方向で鎧を着に自室に向かった。

応接室にはポーレたちだけが残った。



 ザレシエはポーレとチェレモシュネ、タロヴァヤに近くによるように合図した。


「マロリタ侯爵の侯爵屋敷が包囲されたら、それに合わせてロハティンに潜入しましょう。潰走したロハティン軍がロハティンに入った、その混乱に乗じて」


 ザレシエの提案にポーレが難色を示した。


「逆に厳戒態勢を取られていたりしないだろうか? どうやったのかは知らないけど、船団壊滅の報だって入ってるよな? 向こうも急な劣勢に街の警備を厳重にってなるんじゃないか?」


 確かにそれは十分考えられる。

だが、今回は前回の救出作戦と異なり、前回のヴァーレンダー公のような支援者がいないのだ。

すでに行商隊も長い間ロハティンには近づけず、行商隊を頼る事もままならない。

恐らく中立であるのは万屋だけであろう。

だがそこにも問題がある。



 フリスティナから聞いた話である。

かつてラスコッドたちが万屋屋で情報を集めていた際、エルフの冒険者二人の知恵を借りている。

オゾラとベーチェというエルフである。

ところがその情報が公安に漏れていたという事が後に発覚している。


 さらにジャームベック村の行商が事件のその後とベレメンド村の事を探った。

その時フリスティナもその行商の護衛とエルフの冒険者オゾラと行動を共にした。


 その後発覚したのだが、その事も公安に漏れていた。

どうやら公安の犬がいるらしい。

そう思って探っていたらベーチェが仲間を売っていた事が発覚した。


 後に孤児院の子たちの証言でわかったのだが、孤児院を潰したのは盗賊ギルドで、それを補佐しているのがもう一人のエルフの冒険者オゾラだったのだ。


 恐らく冒険者の多くはこのエルフ二人によって篭絡されている。

何かあれば冒険者から二人のエルフ経由で公安に情報が漏れてしまうだろう。

前回の救出作戦のフリスティナの仲間たちが対処されてしまったように。



 だがフリスティナたちから大きな情報も貰っている。

身を隠すならうってつけの場所がある。

真っ先にそこを訪ねて欲しい。

アルサの名を出せばきっと力になってくれるはずであると。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る