第41話 軍議
戦勝に湧くプリモシュテンの浜にラズルネ司令長官は降り立った。
表向きは援軍として駆けつけたという報告と戦勝の祝辞を述べる為である。
ラズルネは久々にドラガンと握手を交わす事になった。
工員宿舎の会議室に通されたラズルネはすぐに黒板に書かれている絵が気になった。
向かって左側、何だかよくわからない筒の絵である。
こういう場の挨拶というのは普通は二言三言会話を交わして終わりである。
ましてや他所の軍事機密、話題にするだけでも欠礼以外の何ものでもない。
だがラズルネはドラガンがそういうところに無頓着だという事を、以前アルシュタにいた時に知ってしまっている。
あの船を破壊した矢は何なのか参考までに聞きたいと話題にあげた。
恐らくここにポーレかザレシエがいたら、ドラガンの前に何かしら言って誤魔化しただろう。
アルディノとバルタには残念ながらそういう芸当はできなかった。
ドラガンは螺旋鉄で撃ち出したと素直に話してしまったのだった。
螺旋鉄とは何か?
ラズルネはさらに詳しく尋ねた。
するとさすがにバルタが、これ以上は軍事機密というものじゃないかと指摘。
ラズルネは今度何かしら手土産を持参してくるので交渉に応じていただきたいと微笑んだ。
その頃、ポーレたちはユローヴェ辺境伯の屋敷にいた。
まさかポーレたちもこんな事になるなんて思いもよらなかっただろう。
マロリタ侯爵領の領土境での戦いはオスノヴァ侯、ドゥブノ辺境伯、ユローヴェ辺境伯、サファグン連合軍の敗退で終わった。
そもそもロハティンの正規軍が出兵してきている時点で兵数で圧倒されている。
以前、マロリタ侯爵軍は街道警備隊と共にユローヴェ辺境伯領に侵攻し、壊滅的な被害を被っており、兵数はまだそこまで回復していない。
兵数自体は多少回復したとはいえ、経験も乏しく訓練もまだ行き届いていない。
オスノヴァ侯爵軍たちの連合軍を打ち破ったのはほぼロハティン軍の独力である。
ユローヴェ辺境伯軍ではカルッシュ将軍が戦死。
ドゥブノ辺境伯軍でも親衛隊長のステパニが重傷を負った。
オスノヴァ侯爵軍のバーフマチ将軍が踏ん張って何とか全軍潰走だけはと食い止めていた所に、マーリナ侯爵軍の先鋒隊が救援に駆けつけた。
増援の出現にロハティン軍は一旦下がって体制を整えた。
その間にバーフマチ将軍は全軍を撤退させたのだった。
バーフマチ将軍はユローヴェ辺境伯の屋敷まで退いた。
そこにマーリナ侯爵軍の後続部隊が合流。
ロハティン軍も追走してきたのだが、思った以上に膨れ上がった敵軍を前に二の足を踏み、一旦大きく後退して行った。
ユローヴェ辺境伯の家宰トロクンは、敗戦の報を聞くや屋敷周辺に防御のための柵を張り巡らせ、街から食料をかき集め、住民をサファグンの居住区に退避させた。
市街戦の準備である。
辺境伯の屋敷でトロクンはバーフマチ将軍、ドゥブノ辺境伯の家宰ガラガニーと、これからどうしたものかと頭を抱えていた。
どうしたもこうしたもない。
まだ兵数の差がかなりあり、恐らくこの後市街戦となったらこちら側がすり潰されるのは目に見えている。
合流したマーリナ侯爵軍のソカル将軍とベルス将軍は、今セイレーンに援軍を要請しているので到着までなんとか粘って欲しいと述べた。
だがトロクンは正規軍相手に上空の軽装兵がどこまで役に立つかと暗い顔をした。
どうにも案が出ないという事でトロクンは別の思考を入れた方が良いと判断。
ポーレにも会議に参加してもらう事にした。
話を聞いたポーレは、そういった事に詳しい者がいると言って、チェレモシュネとタロヴァヤを会議に出席させた。
五人の首脳はポーレの事を多少知っているという程度、チェレモシュネとタロヴァヤに至っては誰も知らなかった。
ポーレは戦況を聞くと、タロヴァヤにどう思うかとたずねた。
「まずここは要塞化がまるでできていねえ。防衛拠点としては考えねえ方が良いだろうな」
とすれば決戦は野戦となる。
野戦となれば数がものを言う。
そういう時の数というのは軽装だろうがなんだろうがともかく数は数である。
兵の質なんていうのは二の次。
まずはセイレーン軍が来るまでは相手に手出しできない状況を作るべき。
その為には先の戦闘で撤退してしまったサファグン軍をもう一度呼び寄せるべき。
トロクンはタロヴァヤの見解に納得し、執事を呼ぶとサファグンの族長屋敷へと走らせた。
「だけどようミハイロ、そうは言っても向こうは正規軍だぞ? 民兵集めてどうにかなる問題か?」
チェレモシュネの疑問をタロヴァヤは鼻で笑った。
「そんなもん使いようだろ。そりゃあ正面切って突っ込ませたらひとたまりもねえよ。だけどそんなもんはこっちの正規軍に相手させれば良いだけの話だ。亜人たちには亜人たちの戦い方ってもんがあんじゃね?」
タロヴァヤはポーレを見てうむと頷いた。
チェレモシュネは地図をじっと見つめ敵の軍の編制はわからないのかとぶっきらぼうにたずねた
バーフマチ将軍はその物言いに若干不快そうな顔をし地図を指差し説明を始めた。
正面に重装歩兵、その両脇に陸竜騎兵、後ろに親衛隊、その横と後ろに
さすがに正規軍、完璧な布陣である。
「弓箭兵と騎兵が厄介だな……だが、それこそ亜人の使い方次第という事になるだろうな」
陸竜騎兵とサファグン軍の相性が悪い事は有名である。
少しの矢なら硬い鱗が弾いてしまうが、銛はそういうわけにいかないからである。
その事を上手く生かす事が出来れば。
チェレモシュネは椅子から立ち上がって布陣図をじっと眺めた。
「チェレモシュネ、サファグンに油壺を投げさせて火攻めにしたらどうだろう? 前回、街道警備隊襲撃の時はそれで勝利を得たんだが」
チェレモシュネはポーレの提案をアホかと言って一蹴した。
「兵に直接油壺投げたって他に燃えるもんがなきゃすぐに消されちまうよ。前回ってなんか燃える物を事前に用意してなかったか? それも無しに油壺投げまくったらこの街が火の海になっちまうじゃねえか」
ポーレはチェレモシュネに指摘され、初めてザレシエの提言した漁網の意味を理解した。
ポーレはあの網は単に敵の足を取るために敷いたのだと思っていた。
火を付けたのは網の処分の為で、その後の炎上は油壺を投げたからだと思っていたのだ。
するとタロヴァヤがあながち悪い案じゃ無いかもしれんと言い出した。
「兵は確かにちょっとの火の粉なら払ってお終いだ。だが食料はどうだ? あれだけいるんだから、敵だって飯くらい持って来てんだろ? それをセイレーンに上から火投げて燃やしてもらったらどうだ?」
タロヴァヤはそう言うのだが、決して簡単な事ではない事は誰の目からも明らかだった。
そんな雰囲気に苛つきながらタロヴァヤは話を続けた。
「わかってるよ、その前に弓箭兵に撃ち落とされるって言いてえんだろ? だからよ、弓箭兵の方をサファグンに焼いてもらうんだよ。弓と矢は木でできてるだからよく燃えんだろ」
弓と矢が無ければ弓箭兵など案山子と一緒。
後は竜騎兵だが、それこそ銛を投げれば良い。
奴らだって正規軍なんだから、サファグン軍と竜騎兵の相性が悪い事くらい心得ているはず。
だから絶対に竜騎兵をサファグン軍には近づけないはず。
であればサファグン軍はそこまで邪魔されずに作戦行動できるはず。
「つまりだ、そうなれば、後は俺たちの奮戦次第というわけだな!」
ベルス将軍が頷きながら嬉しい作戦じゃないかとソカルに笑いかけた。
ソカル将軍はバーフマチ将軍を見て俺たちは全面的に賛同だが貴殿はどうかと尋ねた。
バーフマチ将軍はがんと椅子から立ち上がり、右拳をぎゅっと握りしめた。
「雪辱戦だ! ここで奴らの士気を完膚なきまでに挫いてくれん!」
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