第40話 海戦

 ラルガ、ゲデルレー兄弟、建築担当のオラティヴ、ザバリー先生がムイノクに呼ばれ工員宿舎の会議室に集められた。

ムイノクはドラガンに、もう一度先ほどの説明をして欲しいとお願いした。



「……もしかしたら、海戦の常識が変わるかもしれんな」


 ザバリー先生が顎を撫でながら、改めてドラガンの描いた絵を見て唸った。


 もしこれが上手くいくようであれば、どの軍船もこれを標準装備として搭載する事になるだろう。

当然、最初に狙うのは船ではなく相手の船を曳く海竜である。

その為にはしっかりと海竜を武装しないといけなくなるだろう。


 だがそれでも大きな船から大量の矢を射出されたら船は持たない。

それに対応するように装甲を厚くしたりしないといけなくなる。

そうなれば、牽引する竜も頭数をもっと増やさなければならなくなる。


 そんな事になったら、もう竜に船を曳かせるという時代では無くなっていくであろう。


 ラルガもザバリー先生の見解に全面同意であった。



 ムイノクはザバリー先生の言葉に頷くと、ゲデルレー兄弟とオラティヴに試作品だけならどの程度で完成できるかとたずねた。


 三人が挙げた懸念点は三点。

果たしてあの螺旋鉄にそこまでの反発の威力が出せるのかどうか。

それと何発まで反発する力を保てるのか。

最後に筒の素材。


 とりあえず試作品なのだから、まずはこれまでの知識で作るだけ作ってみようという事になった。




 それからわずか数日後の事であった。

領府ジュヴァヴィに向かわせていたエピタリオンがプリモシュテン市に帰って来た。


 エピタリオンはここまで全力で飛んできたらしく、完全に息が切れており、工員宿舎に降り立つとぜえはあ言いながら水を要求した。


「ジュヴァヴィに急報が入りました! ロハティンの船団がマーリナ侯爵領に向かっている模様。ただし、まだその目的地はわかりません」


 報告を受けたドラガンは、いつでも射出機が使えるように準備をしてくれとバルタに命じた。

さらにアルディノにはサファグンの居住区を浜に上げるように命じた。




 エピタリオンは再度ジュヴァヴィへ戻り、ロハティン船団の行方を見張った。


 ジュヴァヴィに戻った翌日の夕刻、ロハティン船団はジュヴァヴィの沖合に停泊。

その翌朝、さらに東へと航行を開始した。


 エピタリオンは急いでプリモシュテン市に向かって飛んだ。

真っ直ぐに工員宿舎へ行き、非常を知らせる鐘を打ち鳴らした。



 街中に緊張が走る。



 プラマンタはエピタリオンの到着と入れ違いにオスノヴァ侯爵領へと飛んだ。

領府スタンツィアの沖合で停泊しているアルシュタ艦隊へ知らせる為である。


 女性や子供たちは比較的安全と思われるジャームベックエリアの農作業小屋へ避難する事になった。

反対に元山賊の農夫たちは武器を取り浜辺へ急行。

マチシェニとマオリーも弓を構えて浜辺の高台へと向かった。

女性たちの中でも武器を扱える者は工員宿舎へと詰めた。


 ぶおおおおお


 ロハティン船団からほら貝の笛の音がプリモシュテンに向かって鳴り響く。



 大きな軍船が一隻、中型の軍船が三隻、小型の恐らく楊陸船と思しき船が六隻。

合計十隻の大船団である。


 船団から三隻の小型船が隊列を離れプリモシュテンに向かって来た。

その甲板では船員たちが弓を構えこちらに狙いを定めている。

間もなく街が弓の射程に入る。

まさにその時であった。


「撃てぇ!!」


 ムイノクの大声が浜中に響き渡る。


 弩から放たれた太い矢は残念ながら船には届かなかった。

だが螺旋鉄式の射出機から撃ち出された太い矢は、真っ直ぐ敵船の舳先に突き刺さり、そのまま船の内部を貫いた。


 先行した三隻のうち二艘が浸水したらしく徐々に船の喫水線が上がり始める。

またもう一艘は海竜に命中したらしく、海竜が狂ったように暴れて船から船員を振り落としている。



「第二射斉射用意!」


 造船所の社員たちが射出機の横に付けられた滑車を回し射出板を下げ、そこに太い矢を置いて合図を待った。

海竜を狙うからもう少し照準を下げろとアルディノは指示。


「撃てぇ!!」


 ムイノクの合図で三台の射出機から一斉に太い矢が放たれる。

矢は見事に二頭の海竜に命中。

一頭は顔を上げた所を貫かれ絶命。

もう一頭は右の胸びれの付け根に命中したらしく狂ったように船の回りを回り出した。



 沖合にいるロハティン船団の船上の動きが慌ただしくなっている。

恐らくあの三隻で街を壊滅状態にできるはずと思っていたのだろう。



 船団の中から残りの三隻の楊陸船がプリモシュテンに向かって航行してきた。

船の船員たちも先行した船の惨劇を見ており変に緊張が走っている。

そんな時であった。


 突然中央の楊陸船の船楼が砕け散った。

船楼を砕いた太い杭のような何かは、楊陸船を貫き奥の船団の少し手前に着水。

船楼にいた船長たちの体の一部が鮮血と共に甲板に飛び散った。


 中央の楊陸船が航行を止めると、それに合わせて左右の楊陸船も停船。

そこに第二射が襲い掛かった。

矢は容赦なく甲板を貫き、船内で上陸準備をしていた兵の一部を吹き飛ばした。




 そこに遅ればせながらアルシュタ艦隊が到着。

そのアルシュタ艦隊の目の前で、楊陸船に第三射が打ち込まれた。

揚陸艦の回りの海が船員たちの血で赤く滲んでいく。


 船員から報告を受けたラズルネ司令長官は慌てて戦況を確認した。

何が起ったのかはわからない。

だが何かがロハティン船団を壊滅的に破壊したとみえる。

一体何が?


 街に近い浜近くではサファグンの漁師たちが命からがら上陸した兵を一人一人丁寧に止めを刺していっている。

海上に浮かぶ木にしがみ付いている者には、陸上から容赦ない矢が浴びせられている。



 するとラズルネの目の前で信じられない事が起こった。

撤退しようと船の向きを変えているロハティン船団の旗艦に人の腕ほどの太さの杭が飛んできて、突き刺さったのだ。


 旗艦『コロール』の船楼でラズルネは息を飲んだ。

地上からあの距離を矢を飛ばしたのだ。

そんな馬鹿な事が……


 ラズルネはふと一人の男の顔を思い出した。


「ドラガン・カーリクだ……あの男の仕業に違いない」


 ラズルネはぼそりと呟いた。


「この一戦で海戦の歴史は大きく変わった。アルシュタ海軍も明日から忙しくなるぞ」

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