第43話 開戦

 ザレシエたちが身支度を整え戦況を見ようと屋敷を出た時であった。

外からわあわあという歓声が聞こえて来た。


 まだセイレーン隊はごく普通の弓隊として後方で待機している。

そこからすると、作戦の第一段階がまだ始まったばかりといったところであろう。


 バーフマチ将軍が雄叫びをあげ、かかれ! かかれ!と煽っている。

サファグン軍がいるという情報を得ているのであろう。

敵は竜騎兵を繰り出さず、ベルベシュティの森側に布陣させ、突撃の機会をうかがっている。


 ベルベシュティの森側、左翼を率いているのはベレス将軍。

本陣のオスノヴァ侯爵軍を率いているのがバーフマチ将軍。

街側、右翼を率いているのがソカル将軍。

トロクンは、ユローヴェ辺境伯軍とドゥブノ辺境伯軍を率いて左翼の救援に当たっている。

右翼のさらに外にサファグン軍。

本陣後ろにセイレーン軍という体制。


 対するロハティン軍は正面の重装歩兵が既に戦闘に入っており、その後方に重装歩兵隊と恐らくは司令部。

ベルベシュティの森側、右翼後方に竜騎兵が待機。

街側、左翼には重装歩兵の一部隊が広く張り出しており、サファグン軍を牽制している。

本陣後ろと本陣の左に弓箭きゅうせん兵。

最後方、かなり離れた場所に荷駄にだ隊と軽装歩兵。



 後方でセイレーン隊から笛の付いた矢が上空高くに撃ち放たれた。

ぴゅうという音を合図に、サファグン軍は一斉に敵後方に向けて進軍を開始。

敵左翼もそれを阻止しようという動きを見せたのだが、ソカル将軍が隊の角度を街道側に変えた事でロハティン軍左翼は半包囲を受けるような形になり、サファグン軍の対処を断念。


 ロハティン軍の本陣は弓箭兵に迎撃を指示した。

サファグン軍に矢の雨が降り注ぐ。

だがサファグン軍は、貝殻を繋いだ軽いが強い鎧に身を包んでおり、矢はその貝を砕きはしたがその身にはあまり傷を与えられなかった。


「投擲開始!!」


 チェペラレ団長の号令と共に油壺が短銛たんせんと共に弓箭兵に投げ込まれた。

弓箭兵たちは、サファグン軍が銛を投げてきた時点で半数が戦意を失い潰走し始めている。

何故ならこの弓箭兵の半数はマロリタ軍だったのである。


 前回の遠征で漁網と共に焼き殺されそうになった。

その情報はマロリタ侯爵軍にトラウマとして植え付けられていたのだった。

特にあの時、弓箭兵はほぼ全員が焼け死んでいる。

その為、あの時の敗残兵が弓箭兵に武装変えしてこの戦に挑んでいたのだった。


 だが、ロハティン軍の弓箭兵たちは、潰走させまいとマロリタ侯爵軍を必死に食い止めた。

もはや弓を撃つ者は極わずかで、その多くは大混乱に陥っている。


 そこに数本の松明が投げ込まれた。


 弓箭兵たちは火の点いた矢を我先にと地面に捨て、火の点いた弓も捨て、服に点いた火を消そうとのたうち回っている。

火の点いた矢を投げ捨てた事で、それが別の者に着火。

さらにその者が火の点いた弓矢を投げ捨てと、弓箭兵たちはさらに混乱に拍車をかけている。


 そこにさらに油壺が投げ込まれた。


 横たわって火を消そうとした兵に油が撒かれ燃え上がる。

弓箭兵隊は徐々に火焔に包まれ始めている。

肉の焼ける嫌な臭いが充満し始める。



 それでもまだ油もかからず火も点いていない弓箭兵もいる。

このままでは遅かれ早かれ焼き殺されてしまう。

そう考えた弓箭兵は、我先にと森に逃げようとした。


 ところが、敵後方にいたはずのセイレーン軍が、いつの間にかロハティン軍竜騎兵の後方に布陣し、一斉に弓箭兵に矢を射かけたのだった。


 もう来た道を戻ってマロリタ侯爵領に逃げ帰るしかない。

そう考えた弓箭兵の目の前に絶望的な光景が広がっていた。


 輜重隊から煌々と炎が立ち上っていたのである。


 輜重隊を護衛していた軽装歩兵は多くが逃げ、残りは射殺されている。

自分たちが炎を前に狂乱していた頃、後方でもセイレーン軍によって軽装歩兵と輜重隊が焼かれていたのだった。


「突撃!!!」


 チェペラレ団長はサファグン軍の戦士に弓箭兵への突撃を命じた。

弓箭兵は恐れおののき、蜘蛛の子を散らすようにあちこちに逃げ去って行った。


 だがチェペラレ団長の号令の相手は弓箭兵だけではない。

まだ燻っている地面を気にせずにサファグン軍は腰に下げた短銛を構え、一斉に竜騎兵へ投げ込んだ。


 竜騎兵の竜は銛に体を貫かれ、のたうち回っている。

振り落とされた騎手が竜に踏みつぶされたり、勝手に森に逃げ込んでしまったり、騎手の制止を振り切り自陣に向かっていたり、竜騎兵も大混乱に陥ってしまった。


 尻に銛が刺さり狂った竜が本陣に向かって突っ込んで来た。

それを総大将であるマイダン団長が剣を引き抜き喉を一突きにした。


「これではもはや継戦は困難だな……」


 マイダンは忌々しいと言う目で後方のサファグン軍とセイレーン軍を睨み見た。

もはや善戦しているのは目の前の重装歩兵隊のみである。

だが逆に重装歩兵隊は、完全に押し気味なのである。


 マイダンは大きく息を吸い込んだ。


「お前たちよく聞け! 食料が焼かれた! もはやお前たちの食料は目の前の屋敷にしかない! 飯が食いたければ屋敷を落とせ!」


 マイダンは前線部隊を鼓舞すると、周囲の重装歩兵隊に付いて来いと命じた。

ある程度自分に従う兵が出たと判断したところでマイダンは付き従った兵に叫んだ。


「お前たちの食料を焼いた敵は目の前だ! まずはやつらを血祭に上げろ!」


 マイダンは両刃剣を担いで先陣を切ってサファグン軍に突撃を開始した。

サファグン軍は重装歩兵を前に成す術無く斬り殺されていった。

上空からセイレーン隊が矢を射かけるのだが、厚いに鎧に阻まれて効果が薄い。 


 マイダンの目に一人のセイレーンが映った。

一際重装の鎧を身に付け、背も高く持っている銛の装飾も派手。

チェペラレ団長である。

マイダンは雄叫びを上げ剣を構え真っ直ぐチェペラレに突っ込んで行った。


 マイダンが剣を振りかぶったまさにその時であった。

チェペラレの後ろに一つの影が飛んできた。

大きな翼を広げ低空を滑空したと思いきやまた上空に飛び立っていった。

アマリアス団長である。


 見るとマイダンの目に一本の矢が突き刺さっている。

マイダンは、ぐわあというこの世のものとは思えない叫び声を上げる。


 チェペラレは目の前で顔を押さえてもだえ苦しむマイダンを蹴り飛ばした。

地に倒れなおものたうちまわるマイダンの首めがけ、細かい装飾の施されたお気に入りの銛を突き立てたのだった。


「敵将討ち取った!!」


 チェペラレの雄叫びが戦場を駆け巡った。

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