最終章 報復

第1話 決意

 真っ暗な部屋で壁にもたれかけ座っている。

今が何時なのかわからない。

そんなことはもはやどうでも良い。


 父さんも奴らに殺された。

母さんも奴らに殺された。

ロマンさんも奴らに殺された。

姉ちゃんまで奴らに殺された。


 僕は非力だ。

ラスコッドさんの言うように、ありがとうを集めて人を集めたのに。

姉ちゃんを守れなかった。


 強くなったと思ったのに。

こんなに一杯の人に集まってもらったのに……



 安住の地を得て、そこで皆で一緒に静かに暮らしたい。

それが姉ちゃんのささやかな希望だった。

ベルベシュティ地区で再会してから今日まで、それだけを目標に頑張ってきた。


 だけどその姉ちゃんはもういない……


 僕はこれからどうしていけば良いんだ……



 外は薄っすらと明かりがさして来た。

だけど体がいう事を聞いてくれない。


 ドラガンはまた力無く布団に横たわった。




「マーリナ侯に連絡しないと。それと街をあげての葬儀。墓地も造らないと。アリサさんの胴も探さないと。もうどこから手を付けたら良いのか……」


 バルタは会議室で頭を抱えていた。

ザレシエもアルディノも頭を抱えている。


 五人の首脳のうち二人が会議に出てこない。

この三人で何とかこの難局を切り抜けるしかない。

それは三人共にわかってはいる。

だが起きた事件があまりにも大きすぎる。




 昨日、桶の中身を見たドラガンは絶叫の後、気を失って倒れてしまった。

アテニツァに家まで送ってもらい布団に寝かせはしたものの、どう考えても再起には時間がかかると思われる。


 ポーレの方はホロデッツに伝えに行ってもらった。

ホロデッツから報告は受けていないが、妻とまだ見ぬ子を同時に失ったポーレも再起は当分先の事になるだろう。


 アリサが惨殺されたという情報は一瞬で街中に広がった。

その場に崩れ落ちる者、物陰で泣く者、やけ酒に走る者、仕事に打ち込む者、反応は様々だったが、街中でショックを受けない者はいない。


 誰彼と様々な面倒を見てきたアリサは、この街の唯一無二の存在で、全員の心の母であったのだ。


 ザレシエ、アルディノ、バルタも今朝各々の妻から仇討ちをと強く言われて来ている。

気持ちはわかる。

三人も同様の気持ちではある。

だけど、では皆で武器を取って竜産協会へ攻め込みましょうなどという判断が下せるわけがない。


「まずはアリサさんに関することからや。それ以外は順に順にや。それと当面は夕方以降は出歩き禁止や。食堂広場も閉店時間を早める。北街道を通る者も制限する。特に竜産協会の奴らは通行止めや」


 ザレシエの案にアルディノもバルタも依存は無かった。

臨時でザレシエが著名し通達として主要人物に届けられた。



 海岸が良く見えるエモーナエリアの一角を整備し、墓地が作られることになった。


 マチシェニによって墓地には生垣が植えられることになり、春夏秋冬で違う花が咲くという仕掛けになっている。

入口に立てるように、漆工房が立派な漆細工の看板を作っている。


 墓地の名は『アリサ慰霊地』

特に名前の募集はしなかったが、ザレシエたちが付けた名前で誰も文句は言わなかった。




 数日して会議室にドラガンは現れた。

髪はぼさぼさで髭も伸び放題。

一応、倒れた時からは服は着替えてきている。


 レシアは母アンナから一人にしてあげなさいと言われたそうで、ポーレ宅に行って姪のエレオノラの世話をしている。

そこからすると、恐らくここ数日ドラガンはろくに食事も取ってはいないのだろう。



 ドラガンは会議室に入ると、椅子に座らず入口の戸にもたれかかった。


「僕はもう、この街を出ようと思うんだ。僕がここにいたら他の人が姉ちゃんみたいな目に遭うことになる」


 虚ろな目でドラガンは呟くように言った。

それをザレシエがじっと睨んでいる。


「出て行って、パン・ベレメンドはどうしよういうんですか?」


 激昂しそうになるのをぐっと抑え、ザレシエは静かに問いただした。

聴こえているのか聞こえていないのか、ドラガンは視線一つ動かさない。


「僕はこれからアバンハードに行き、竜産協会のやつらの家族を片っ端から殺してやるんだ。毎日一つづつ家族の首をやつらの家の門にかざしてやろうと思う」


 残虐な事を静かに語るドラガンに、ザレシエは背をぞくりとさせた。


「ほんまに上手くいくと思いますか? なんやったらアバンハードに辿り着けへんのが目に見えるようですけど?」


 そんなザレシエの指摘にもドラガンは視線を動かさない。

顔を少し上げ、じっと虚空を見つめ続けている。


「それならそれで良いよ。もうそれでも」


 ドラガンの発言にアルディノが激怒し、椅子から立ち上がりドラガンの胸倉を掴んだ。


「レシアさんはどうするんじゃ? 彼女だって大切な家族じゃないのかよ!」


 激昂したアルディノをバルタが必死に落ち着くように促した。


「別れるよ……こんな事に彼女を巻き込めない。彼女が平穏に暮らせるように後の事をお願いできないかな?」


 ドラガンの返答に激怒したアルディノがドラガンを殴ろうとしたが、それをバルタが必死に止めた。

今は怒りでおかしくなっているだけだからとバルタが諫めると、アルディノはドラガンの胸倉から手を離した。



 それまで冷静に椅子に座って聞いていたザレシエが、アルディノたちに席に着くように促した。


「パン・ベレメンド。思いはうちらも同じなんや。少しだけ時間をくれませんか? パンが報復したいいうんやったら皆でしようやないですか」


 やらなかったら今度はうちらの嫁や子が同じ目に遭うだけ。

確かにドラガンの言うように、目には目、いや、目には首で返していくのが、この場合は良策に感じる。


「ただし、あくまでそれは裏でこっそりと。表向きはちゃんと政治的に対処しましょ。こうなったら全面戦争しようやないですか。うちらを怒らせた報いを受けさせてやりましょうや」

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