第62話 悲劇

 ドラガンはどうにも胸騒ぎが収まらない。

あの時ロマンさんたちを殺された時と同じを感じている。


 周囲をきょろきょろと見渡し、夜の街をぶらぶらしていたチェレモシュネとチャバニーを見つけ、早急に敵襲の鐘を鳴らしてくれと叫んだ。


 チャバニーに腕を抱かれ少しのぼせ上っていたチェレモシュネも、その鬼気迫るドラガンの表情で何か大変なことが起こった事を察したらしい。

急いで工員宿舎へと駆けて行った。



 ドラガンはエレオノラを抱いたまま一旦家に戻り、レシアにエレオノラ頼み、ポーレ宅に行ってポーレの両親と一緒に連絡を待つように指示。

その足で工員宿舎へと急いだ。



 すでに何人かの人たちが工員宿舎前に集まっていた。


「姉ちゃんがいなくなった! 手分けして探し出して欲しい! 何か見た者がいれば、どんな些細な情報でも良い、僕に知らせて欲しい!」


 集まっていた者たちは騒然となった。

だが、すぐに何が起きているかは把握できたらしく、蜘蛛の子を散らすように思い思いに駆けて行った。



 工員宿舎の会議室には、ザレシエ、アルディノ、バルタの三人が集まっている。

ドラガンから話を聞くと三人は一様に動揺を隠せないという顔をした。


「北街道が整備されたことで、この街を通る竜車が増えましたからね。その中に悪意ある者が紛れてても、わからないようになってしまいましたから、何かしら対応を講じておくべきでした」


 バルタの発言にアルディノも同調した。


 犯行が夕方で、村人の多くは家に帰るか食堂広場に向かった後であり、極端に人通りが少なかった。

偶然ではなくそれを狙ったのだとしたら、かなり長期間この街を観察していたという事になるだろう。


「もしかしたら奴らは、この近くに監視小屋のようなものを建ててこちらを監視しとったのかもしれん。じゃとすりゃあ、そこに拉致された可能性がある。朝にプラマンタたちに上空から調査をかけてもらおう」


 可能性という話で言えばアルディノの言うように拉致の可能性が高いだろう。

やった者たちは言わずもがな。

竜産協会のやつらに決まっている。



 こんな感覚はジャームベック村でベレメンド村が無くなったと聞いた時以来である。

あれから姉とは何度も離れ離れになっているが、ここまで不安に駆られたことはない。

ドラガンの中に自然と焦りが募って来る。



「……メンド! パン・ベレメンド! パン・ベレメンド!」


 ドラガンはザレシエに呼ばれていたことに気が付いた。

それくらい余裕が無かったのだ。


「一通り街の捜索が終わったら続きは夜明けを待ちましょう。一刻も早う発見したい所やけども、悔しいがこの闇の中では可能性は極めて低い。それに犯人が奴らやとしたら闇夜に出歩くのはもっと危険です」


 ザレシエの意見は極めて冷静な判断であり、ドラガンも納得するしかなかった。



 きっと不安がっているだろうからポーレさんたちの所に顔を見せてあげて欲しい。

バルタに促されるままに、ドラガンは暗い道をアテニツァに護衛されポーレ宅に向かった。


 ポーレ宅はエモーナエリアにあり、工員宿舎からだと中央通りを挟んで反対側になる。

中央通りの両側には商業施設が立ち並ぶことになっており、一本奥まった通りが居住区となっている。

数か月前には商店が無かった。

だが今はエモーナ工業の事務所がポーレ宅の前に建っており、なおかつ北街道からも近く、確かに中央通りからは少し見えにくいかもしれない。


「どうだった? 何か情報はあったか?」


 ポーレが切羽つっまった顔でドラガンに尋ねると、ポーレの両親とレシアも、ドラガンに注目した。

だがドラガンも首を横に振るしか無かった。


「明日朝、南のベルベシュティの森付近にやつらの監視小屋が無いか上空から調査することになりました。もしあれば、そこに拉致されたんじゃないかって」


 ポーレは頭を抱えてしまった。

その隣ではエレオノラが親指を咥えた状態で寝ている。

どうやら帰ってからも泣き通しであったらしく、鼻を真っ赤にして頬も赤く染まっている。

額に触れると少し体温が高い。

あまりに泣きすぎて熱を出してしまっているのだろう。




 翌朝、空が白み始めると市民たちはアリサの捜索を再開した。

どんな小さな落とし物、どんな小さな痕跡も見逃すな。

捜索の指揮をとっているチェレモシュネは怒鳴っている。


 だが、陽が高くなっても、街の中からは何一つ痕跡が見つからなかった。

最も可能性が高いと思われたのは、青々と葉の生い茂る農園であり、元山賊たちは夜明け前から薄明かりを頼りに懸命に捜索を行っている。


 女性たちも捜索に当たっており、ベアトリスやアンドレーアのように涙をぼろぼろ流しながらあちこち探している者も多かった。

女性たちにとってアリサはこの街の母のような存在だった。

どんな悩みにも親身に相談に乗ってくれるし、解決が必要な事なら動いてもくれる。

どんな事があっても探し出してと夫や恋人に言っていた。



 上空から捜索していたエピタリオンが戻って来た。

南のベルベシュティの森で小さな小屋のようなものを見つけたらしい。


 会議室でその報を聞いたアルディノはすぐに立ち上がり、行ってくると言って飛び出して行った。

アルディノは、フリスティナ、カニウ、ロタシュエウ、クレニケ、タロヴァヤを率いて、エピタリオンとプラマンタの案内で小屋に向かった。


 小屋は鬱蒼とした低木に覆われていて、外からではわかりづらく、遠くからでは全くわからなかった。

上空からだと壁板のようなものが見え、それが小屋だという事がわかる。


 小屋までの道は獣道であり、人が往来した気配があまりない。

その小屋を見てアルディノは非常に嫌な感覚を覚えた。


「……グレムリンじゃ」


 アルディノの発言にフリスティナたちは背筋をぞくりとさせた。


 不用意に近づけば何をされるかわからない。

アルディノの忠告に、クレニケが自分が行くと言って小屋に近づいた。


 二枚の板斧を構え、慎重に近づきドアを乱雑に蹴破る。

だがそこには誰もいなかった。


 小屋の中は非常に汚く、確かにグレムリンの小屋のようである。

動物の骨と思しきものがそこかしこに散らばっており、餌となった動物の毛皮と思しきものも一緒に散らばっている。


 その中に何やら細い革紐が付いた小物が落ちている。

拾い上げたアルディノは、それがロケットペンダントである事がわかった。

中を開けて見ると一枚の紙が折り畳まれて入っている。

そこに描かれている絵はよくわからないが、字は間違いなくドラガンの字であった。


「間違いない、アリサさんはここに拉致されて来たんじゃ」


 だがその痕跡が無かった。

床板は血でぬるぬるしているが、それがアリサのものなのか、それともグレムリンの餌のものなのか判別がつかない。




 小屋の捜索から帰って来たアルディノたちをドラガンたちは外まで迎えに来た。

アルディノからロケットペンダントを渡されるとドラガンにはそれが何なのかすぐにわかった。

昔、ベレメンド村からロハティンに行商に行く時、ドラガンがアリサに預けた物である。

ベルベシュティの森で襲われた時も、アリサはこのロケットペンダントを大事に握りしめていた。

アリサにとって、このロケットペンダントはドラガンとの家族の繋がりの象徴だったらしい。

ドラガンに返却せずに、ずっと肌身離さず身に付けていた。


 つまりアリサは、そんな大事な物を手放してしまうような目に遭ったということになるだろう。

ドラガンの顔から急激に血の気が引いた。



 そこに上空からプラマンタが降りて来た。

小脇には円筒の蓋付きの桶を抱えている。


「実は、捜索に行く前もちいと気になっとったんですよね。屋根の上の煙突の中に何かが引っかかっとるような気がしてて。見てみたらこんなものが……」


 桶を渡されたドラガンは、その蓋をそっと開けた。

飴色の何かが見える。


「うわああああああああ!!!!!!」


 ドラガンは思わず腰を抜かし桶を地に落とした。


 蓋の開いた桶から血に濡れた長い飴色の髪が零れ出て、絶叫が街中に響き渡った。

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