第34話 襲撃
西街道には、ベルベシュティの森を抜け王都アバンハードへ向かう脇道が存在している。
エルヴァラスチャを出てすぐに、ヴィシュネヴィ山の登山道の手前に東に抜ける細い街道がある。
鬱蒼としたベルベシュティの森を突き切る道で、はっきり言ってヴィシュネヴィ山の登山道に比べると、道も細く整備もされていない。
薄暗く獣道よりはマシという程度の道である。
休憩所もそこまで整備されてはいないのだが、徒歩の旅人には、そちらの道の方が旅程が楽であるらしい。
朝、エルヴァラスチャの休憩所を発ち、西街道を南下していた竜車は、もう少しで脇道との合流地点という所でゆっくり停車した。
ラスコッドはそれを不審に思い、鞘が外れ剥き身になった槍を静かに構えた。
ロマンが竜車の幌の隙間からそっと外を覗き見ると複数の人影が見える。
ロマンは無言でラスコッドに目配せすると、自分も静かに剣を抜いた。
それを見てマイオリーも弓に矢をつがえた。
竜車内で静かに息を殺していると、足音は竜車後方へと移ってくる。
マイオリーは幌の先に狙いを定め、右手にロマン、左手にラスコッドという体勢で待機している。
「すみません。街道警備隊の者です。ロハティンから犯罪者が逃亡したとの報告がありまして。今、荷を改めさせていただいております。中の方、出てきていただけませんか?」
ドラガンが隙間から前方を見ると、父セルゲイが、ぐったりとして竜車に持たれかかっている。
思わず、ひっと声をあげてしまい、マイオリーに、しっと叱られた。
「どうして街道警備隊が、休憩所以外で荷改めするんです? あなた方が荷改めして良いのは休憩所だけのはずですが?」
ロマンの指摘を聞き、外の街道警備隊の隊長と思しき人物が舌打ちした音が聞こえた。
外から、手にしている得物がカチカチと音を立てているのが聞こえる。
ラスコッドがドラガンを手招きした。
不安に満ちた顔で歯をカチカチ鳴らしているドラガンの頭を、ラスコッドはそっと撫でた。
ラスコッドは優しく微笑むと、ジャガイモの入っていた樽に隠れていろと命じた。
自分の荷物から赤いトンボの細工が入った箱を取り出し、大事な物だから持っていてくれとお願いした。
ロマンも、自分の荷物からレースのハンカチと皮の腰紐を取り出し、これも持っていてくれと頼んだ。
言われるままに樽に隠れたドラガンだったが、何故だか涙がとめどなく溢れてくる。
するとマイオリーから声をあげるなと叱られた。
やれっ、そう命じる声が小さく聞こえてきた。
後ろの幌が開く音がした後、マイオリーが矢を放った音がする。
どうやら命中したらしく、ぐわっという声が聞こえてくる。
ラスコッドも槍を伸ばしたらしく、うぐっという声が聞こえた。
「お前は、ブロドゥイ!!」
ロマンの叫び声が聞こえてきた。
「ロマン! なぜ公開処刑を見ていかなかった? せっかく群衆に紛れて処分しようと人を手配していたのに、無駄銭使うハメになっちまったじゃねえか!」
ブロドゥイ警部補の口調はかなり挑発的で、樽の中で聞いているだけのドラガンも怒りを覚えるようなものだった。
「で、手下を率いてわざわざここまで追ってきたのか!」
ロマンも激昂しているらしく、普段の彼からしたらおよそ聞いた事もないような声を発している。
「どこで休憩しているかわからなかったんでな。ここの森で待っていたんだよ」
待ち伏せをしていたと、ブロドゥイ警部補は言った。
一体いつの間に先回りされていたのだろう?
ラスコッドが竜車を降りたらしく樽がガタガタと揺れる。
鉄同士が激しくぶつかる甲高い音が鳴り響き、ぐわっやら、うぐっやら悲鳴が聞こえてくる。
矢を射かけろというブロドゥイ警部補の声がした。
だがどうやら射手をマイオリーが射たようで、ブロドゥイは、くそっと悔しがった。
前のドワーフに一斉に襲い掛かれ、ブロドゥイはそう命令した。
竜車を背に、槍を構えたラスコッドに、数人が一斉に襲い掛かったらしい。
複数の雄たけびが聞こえてくる。
ラスコッドも雄たけびをあげ、槍をぶんぶんと振り回しているらしい。
空を切る音が聞こえてくる。
「ロマンっ!!!」
マイオリーの叫び声が聞こえてくる。
「くそっ、この程度の怪我で……」
ロマンも竜車を降り、敵に斬りかかっていったらしい。
竜車が揺れた後、ロマンの雄たけびが聞こえた。
ぐわっという声が聞こえた。
どうやらマイオリーが射撃を受けたらしい。
何時からだろう。
ロマンの声が聞こえてこない。
ラスコッドの雄たけびだけが響きわたっている。
金属が激しくぶつかる音だけが聞こえてくる。
だが、その音も徐々に弱々しくなってきている。
ピンという誰かが矢を放った音がした後、どさっという何か重い物が地面に置かれたような音がした。
手こずらせやがって、ブロドゥイの低い声がした。
「降伏する。抵抗はしない」
マイオリーの声が聞こえてきた。
「そんな事言って、我々がお前を逃すとでも思うのか?」
ブロドゥイ警部補が何か指示をしたらしく、金属のカチカチいう音が聞こえてくる。
「待ってくれ! 仲間に入れてくれ。俺はこいつらに恨みがあるんだ。本当だ。俺はそこのドワーフに脅されてやむを得ず抵抗していただけなんだ」
マイオリーの必死の命乞いに、他の隊員から失笑が漏れている。
「こいつらに義理は無いと?」
ブロドゥイ警部補は訝しがる声でそう尋ねた。
「何かにつけてこいつらは俺に借金を背負わせて縛りつけようとしたんだ。死んでくれて清々してる。俺はやっと解放されたんだ。だから仲間にしてくれよ」
マイオリーの言葉に、ブロドゥイ警部補は鼻を鳴らした。
「そういうなら何か証を示してみろ」
マイオリーが何かを蹴った音がする。
みちみちという肉が千切れるような音がする。
周辺から嗚咽にも似た小さなため息が漏れる。
「これが手土産でどうだ? 俺を支配したクソ野郎の首だ」
隊員の中から、うえっという嗚咽が漏れ聞こえてくる。
「良いだろう。中にガキが一人いるはずだ。それを引っ立て来い」
ブロドゥイ警部補の言葉に、樽の中のドラガンは戦慄を覚えた。
「あんな何もできない足手まといなガキなんぞ放っておけば良い。それより中に奴らの金がある。それを全て出してやるよ」
そう言うとマイオリーは、竜車の中から金目の物を次々と外に放り出した。
うひょうという歓喜の雄たけびが聞こえてくる。
「これで全部だ」
ブロドゥイ警部補は放り出された荷を改めているらしい。
「この鍵はどこの鍵だ?」
そうブロドゥイ警部補はマイオリーに尋ねた。
「ドワーフ野郎の財布にあったんだから、やつの家の鍵だろ」
ブロドゥイ警部補は、どうやらラスコッドの財布の中身を確かめたらしい。
「随分小さい家の鍵だな。あん?」
明らかに訝しんでいる、そういう感じの口調だった。
「もしかしてドワーフの家を見た事が無いのか? こいつらの家の鍵は、どこもそんな大きさだぞ?」
マイオリーの発言にブロドゥイ警部補も納得したらしい。
キンという鍵が地面に落ちる音がした。
ブロドゥイは部下に、竜車を森の中に捨て竜を連れて来いと命じた。
部下は御者の席からセルゲイを蹴り落としたらしい。
どさっという音がした後、竜車が少し動いた。
「あんたも非情だな。こんなとこでガキを放置したら、夜には野獣にやられちまうだろうに」
マイオリーの声が聞こえる。
先ほどより距離が離れたようで、かなり遠くから聞こえてくる。
「万が一生き続ける事にでもなれば、ガキは大人になり、俺を殺しにくる事になるんだからな。憐れに思うなら、ひと思いに殺してこいよ」
ブロドゥイ警部補の発言の後、しばしの静寂が場を支配した。
「わかった。じゃあ、あんたの剣を貸してくれ。俺は普段剣を使わないから、斬れ味の良い剣が良いんだよ」
マイオリーの要求にブロドゥイ警部補は渋った。
「……もう良い。手間取ると誰かに見られるかもしれん。引き上げだ」
多数の竜の蹄音がする。
どうやら片側の車輪を外したらしい。
樽が斜めになり、反対側に滑って何かに当たって止まった。
その後、竜の蹄音は徐々に小さくなり、ドラガンの周囲から木々の騒めき以外の音が消えた。
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