第33話 帰路

 夜が更けてもロマンたちは部屋の蝋燭の火を絶やさなかった。

ロマン、ラスコッド、マイオリー、ドラガンのうち二人が常に起きている。


 ラスコッドは槍を構え何度か宿の外を見に行っている。

その中で何度か怪しげな人物を見つけている。

マイオリーも常に弓を傍らに置き、少しでも怪しい影が見えると矢をつがえて周囲をキョロキョロとしている。



 残念ながら竜車の竜は夜目が全く効かない。

一刻も早く出発したいところなのだが、夜明けを待つしかないというのが辛いところである。

だが、夜もかなり更けたところで待機宿の周囲から人の気配が消えた。


「さすがに奴らも諦めたらしいな……」


 マイオリーも外の異常な状況に、ロマンたちが言い合っている事が事実だと認識したらしい。


「マイオリーさん、街を出るまでは安心はできませんよ」


 ロマンはそう言って小さく息を吐いた。

時が経つにつれ緊張が高まってきているらしい。


「街を出たら安心できるってのか?」


 少し皮肉交じりなのは、マイオリーの喋り方の癖のようなものなのだろう。

マイオリーの態度にロマンは少し苛っとした。


「街を出たら別の貴族の領土ですよ。そこで問題を起こしたら貴族間の問題になります」


 マイオリーとロマンはこれが初めての行商というわけではない。

ベレメンド村ではロマンの前に別の人物が行商をしており、マイオリーはその頃から護衛をしている。

偶然ではあるのだが、ロマンが初めて行商に付いてきた時の護衛がマイオリーであった。


 マイオリーはしげしげとロマンを見つめる。

当時から比べると随分と逞しく成長したもんだと感じている。

あの時、剣に振り回されて足元をふらつかせていたロマン坊が。

当時の事を思い出しマイオリーは口元を歪めた。



 そこから蝋燭を二本交換したところで空が白み始めた。

ドラガンは、かなり早い時間に寝てしまっている。

二人で交代で寝るという事だったが、ラスコッドが寝たところで、ロマンとマイオリーはこのまま寝かせておこうと言い合った。


 既に荷物は全て竜車に積み込まれていて、待機宿では五人とも身一つで待機している。

そろそろ出発できそうというくらいに空は白んできている。

竜が朝の嘶きを迎えたのを合図に出発、そうロマンは言っている。



 最後の蝋燭が消えた。

そこからそれほど時を置かずに竜が朝の嘶きをした。


 ロマンとマイオリーは、ラスコッド、セルゲイ、ドラガンを起こし竜房へ向かった。

セルゲイとロマンは竜の準備を、ラスコッドとマイオリーは荷車の準備をした。

ドラガンは周囲を見張っている。


 準備が整うと竜車は横貫通りを凄い速さで走り始めた。

待機宿は横貫通りの東の外れにあり、少し走ればもう西街道である。

ドラガンが通りを覗き見ると、通りのかなり遠くに人影が見える。

何やらこちらを指さし慌てている。


 マイオリーが弓に矢をつがえ後方に狙いを定めていると、突然ごつんと竜車が揺れた。

マイオリーはつがえていた矢をすっと降ろした。


 ロハティンを抜け西街道に入ったのだ。


 ここからは公安では無く街道警備隊の領域となり、少なくとも公安は容易に手出しはできなくなる。

竜車の中は安堵に包まれた。




 そこからロマンとマイオリーは、気を失ったかのように深い眠りについた。

竜車はベルベシュティの森に入り鬱蒼とした木々に囲まれ、車内はかなり暗くなっている。

ラスコッドは槍を剥き身で竜車の外に出し、柄を握った状態で体を休めている。


「ドラガン。初めてん行商は、とんだ事になってしもうたなあ」


 うとうとしかけているドラガンに、ラスコッドが話しかけた。


「これが『危険な外の世界』って事なんだね……」


 村でも学校でも何度も聞いたフレーズではある。

まさかそれをこういう形で体感する事になるとは。


「そうばい。ちょっと極端だがそげな事かもなあ。法なんてあってないようなもんやけんな」


 ラスコッドは、そう言って後方の遠い空を眺め見た。


「これが『自分の身は、自分で守らないといけない』って事なんだね……」


 以前、河原でナタリヤが首に短剣を突き付けられた時の事を思い出した。

あの時父は、対抗して短剣を護身で持っていろと言い、アリサと喧嘩になっていた。

だがこうなってくると、父の方が正しかったのかもしれないとドラガンは感じている。


「そういう事ばい。身ば守る術は武器だけやなか。頭脳も立派な武器になる。お前は武術じゃなく頭脳ば鍛えたら良か」


 ラスコッドはドラガンに白い歯を見せ豪快に笑い出した。



 そこからドラガンは行きの旅程で壊れた弩の修理を始めた。

それを見たラスコッドは、良い物があると言って自分の荷物をごそごそとあさり始めている。

ラスコッドは皮の入れ物をドラガンに手渡した。

よく見ると燕が飛んでいる絵が掘られている一品である。

ドラガンが入れ物を縛っていた皮紐をほどくと、中には手の長さほどの短い小刀が入っていた。


 ラスコッドは短い小刀の一本を取ると、右手の人差し指に当て親指で押さえた。

真似をしろと言われ、ドラガンも同じように左手で小刀を持った。


「これは、手首ん振りで投げる暗器なんや。上から下でも、下から上でも、やりやすかごと振れば良か」


 そう言ってラスコッドは手首をくいくいと縦に振った。


「やってみないとわからないけど、横がやりやすいかも」


 ドラガンもそれを真似て手首を振る。


「肝心なんは命中させる事やけんな。投げやすかかどうかではなか」


 お昼休憩の時に少し練習をしてみようと、ラスコッドはドラガンと言い合った。



 ベルベシュティの森を抜け、少し陽が高くなったところで最初の休憩所『ビフォルカティア』に到着した。


 ラスコッドはちょっとした的を作ると、こうして投げるんだと手本を見せた。

ドラガンも同じようにやってみる。

的まではちゃんと飛んだのだが、残念ながら的には当たらない。

何度も試してみるのだが、良いところには飛ぶが中々的には当たらない。


「暗器か。考えたな。確かにドラガンには、こういうのの方が合うだろうな」


 マイオリーは、少し貸してみろと言って手本を見せた。

ラスコッドより鋭い軌道で、マイオリーの放った小刀は的の中央に突き刺さる。

すげえと、ドラガンは感嘆の声を漏らした。

マイオリーは鼻を鳴らすと、まず構えからして間違っていると指導した。


 マイオリーは、右手を左肩付近に持ち上げると斜め下に振り下ろす。

小刀は真っ直ぐ的に向かって飛び、先ほど投げた小刀のすぐ左に突き刺さる。

ドラガンは思わず拍手した。

マイオリーはそれが恥ずかしかったらしい。

さっさと真似してやってみろと、ドラガンの頭を叩いた。


 そこから何投かしたところで綺麗に的の中央に刺さった。

昼食後のコーヒーを飲んでいたロマンとセルゲイが、思わず、おっと声を発した。


 何となく自分もできると思ったらしく、ロマンとセルゲイが真似をしてみたがドラガンよりも明後日の方向に飛んで行った。

暗器は力で投げるんじゃなく器用さで投げるんだとマイオリーは二人を指導した。

だがロマンもセルゲイも何度投げても上達はしなかった。


「器用さで投げるものというなら、なんでマイオリーさんは的に当たるんだろ?」


 ロマンは真顔で不思議そうにしている。


「ロマン。それ、どういう意味だよ」


 マイオリーがじっとりした目でロマンを見る。


「いやあ。マイオリーさんって、どう見ても器用さとはほど遠そうに見えるじゃん」


 ロマンがカラカラと笑うと、マイオリーは拳を握って怒り出した。


「器用だから得意な得物が弓なんだろうが!」


 マイオリーは暗器をロマンの方に向かって構え始めた。

ラスコッドはそんなマイオリーの頭を小突き、危ないと言って暗器を取り上げた。


「なるほど、そういう事なんだ。人は見かけによらないもんだなあ」


 ロマンの発言にセルゲイとラスコッドも笑い出した。


「だから、どういう意味だよ、それ」


 マイオリーが本気で怒るとドラガンも笑い始めた。




 竜車は昼前にビフォルカティアを発ち初日の宿泊所『エルヴァラスチャ』を目指した。

右手には海岸線、左手にはベスメルチャ連峰、正面にはヴィシュネヴィ山と、かなり風光明媚な景色が続いている。

道も平坦。

道の横では、徒歩の旅人が大きな石に腰かけ海岸を眺めているのが見える。


 ドラガンたちも、良い景色だと言い合いながら竜車に揺られている。

マイオリーは思わず居眠りをしている。

ロマンもつられて寝てしまっている。

ドラガンはそれに気付き、二人を指差しラスコッドの顔を見て笑った。

ラスコッドも苦笑いした。

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