第35話 山賊

「ひでぇ事しやがりますね。俺たちよりもやり口がひでぇや」


「俺たちは死体を損傷するような、つまらん真似はしねえからな」


 竜の嘶く声が聞こえた。

一人二人ではなくかなりの集団らしい。

外した車輪に何かをかってくれたらしく、斜めになっていた樽が真っ直ぐになった。


「中身は全部がらくたですね。金目のもんは全部いかれてますわ」


「死体が一つ足んねえな。三つしかねえ」


 この口調は山賊。

最悪だとドラガンは感じた。


「裏切ったんじゃねえんですか?」


「もしそうなら、あいつら賊じゃねえな。賊なら絶対に裏切り者を信用なんぞしねえ」


 ラスコッドさんやロマンさんが身を挺して守ってくれたのに……

結局山賊に殺されるのか。

そう思うとドラガンは情けなくて涙が出てきた。


「しっかし、見事に金目の物が何一つ無えな」


 ドラガンが息をひそめていた樽の蓋がおもむろに開けられた。

ドラガンは涙を流しながら弩を構え、蓋を開けた人物に矢を放った。


「どわっ! 何だ!……ガキ……か」


 残念ながら矢は寸でのところで避けられ、竜車の天井の骨組みに突き刺さった。


「あん? どうした?」


「親分、ガキがいますぜ。矢、撃ってきやがった」


 子分の男は、そう言って天井の矢を指差した。


「あん? そんな樽の中で弓が使えるわけねえだろ。何寝ぼけたこと抜かしてやがんだ」


 親分と呼ばれた男が、どうやら竜車に乗ったらしく大きく樽が揺れる。


「本当ですよ! これ見てくださいよ!」


 親分と呼ばれた人物が屋根に刺さった矢を見た。

樽を覗くと、ドラガンは小刀を構え投げつけようとしている。

だが、樽の中では上手く腕が振れず、樽を殴っただけで終わった。

それを見て親分は樽を掴み横倒しにする。


 樽は竜車の出口方向に倒れ、中にいたドラガンは樽から放り出され、勢いのまま竜車から落ちた。

ドラガンはなおも左手で小刀を構え、目の前の人物を観察している。


 人数は二十人ほど。

うち一人は親分と言われている人物。

皆、服装のどこかしらに毛皮をあしらっている。

髭は伸ばし放題、髪もぼさぼさ。

各々武器を剥き身で持っている。


 よく見ると親分と言われている人物には見覚えがある。

行きの旅程でドラガンたちの竜車を襲ってきた山賊を率いていた人物だ。

髭の生えた顎に手を当てている。

竜車の天井に刺さった矢を引き抜こうと試みたが、思った以上にしっかりと刺さって抜けないらしい。

その人物はギロリとドラガンに視線を向けると、竜車から飛び降りドラガンの前に立った。


「ガキ。行商は普通一台四人だ。お前の歳ならおまけだ。なら、もう一人いたはずだ。そいつはどうした?」


 親分は小刀を構えたドラガンから、少し距離を取って聞いてきた。


「……やつらに投降した」


 ドラガンは視線を親分から逸らし唇を噛んだ。


「あいつらは何だ? 何でお前たちは襲われたんだ?」


 どうやら山の上から自分たちが襲われているのを見ていたらしい。

商売敵が自分たちの縄張りに入り込んだとでも思い、急いで駆けつけてきたのだろう。


「あいつらは……ロハティンの……公安」


 『公安』という単語に周囲は騒めき立った。


「はあ? お前ら一体何したんだよ? 何したら公安にここまでされるんだよ?」


 親分は、どうやらドラガンがパニックで思考が混乱していると思ったらしい。

口元を歪め薄ら笑いを浮かべた。


「竜を盗まれたんだ。そうしたら恨まれた」


 ドラガンは俯き呟くように言った。


「何言ってんだお前? お前らが盗んだから恨まれたんじゃねえのか?」


 親分だけでなく、他の山賊たちも小首を傾げて呆れた顔をして嘲笑している。

信じられないのはわかる。

だが本当のことなのだ。


「違う!! 僕たちは盗んでない! なのに僕たちが盗んだって言われたんだ! 僕らは盗まれた方なのに!」


 山賊たちが何言ってるんだこいつと、せせら笑った。

親分が幹部と思しき仲間を見て首を傾げた。

そこからはその人物がドラガンに話を聞いて来た。


「お前らが竜を盗んだんじゃ無ければ誰が盗んだんだ?」


 幹部の男は親分よりも少し高い声で、馬鹿にする感じではなく真面目に聞いてきた。


「協会……」


「協会ってどこの……竜産協会か!」



 親分は幹部の男をミハイロと呼び、どういう事だと尋ねた。


「こいつらは恐らく、竜産協会の何かを暴いちまったんだ」


 ミハイロは目を細め、顎をさすりながら親分に言った。


「で、何で公安があそこまでの事を……そういう事か……」


 親分は何かに納得したらしい。

ミハイロも無言で頷いた。

こいつをどうしますと問われ、親分は小さくため息をつき悩んだ。



「なあガキ。まだ生きたいか?」


 親分は、おもむろにそうドラガンに尋ねた。


「……わかんない」


 そう答えるしかなかった。

目の前で父を殺され、義兄を殺され、財産を奪われ、もはやどうして良いかわからない。


「じゃあ聞き方を変える。もし生かしてもらえるなら何がしたい?」


 親分の質問はドラガンを少し冷静にさせた。

冷静になったドラガンに、一人の女性の姿が浮かんだ。


「……姉ちゃんに会いたい」


 ドラガンの回答に吹き出す山賊がいたのだが、親分に睨まれシュンとした顔をした。


「そうか……だがな、俺たちは山賊でな、何か対価が無えと引き上げてやれねえんだ」


 親分は、どうやらドラガンの境遇に同情したらしい。

その言葉で、子分の中には撤収の準備を始めた者がいる。


「……対価?」


「金目のもんだよ。その大事に隠してる、それだよ」


 親分はドラガンが大事そうに抱えているラスコッドの小物入れを指差した。


「これはダメだよ! 他のものなら良いけど」


 ドラガンは小物入れを隠すように抱え込んだ。

その態度で子分たちの表情が少し険しいものに変わった。


「事情が事情だ。全部とは言わねえ。一つで許してやるよ」


 ドラガンはじっと考えると、伏目かちに首を横に振った。

死にてえのかこいつと山賊たちがいきり立った。

それを親分が、ガタガタうるせえと一喝した。


「困ったな。この際どんなもんでも良いんだよ。手ぶらで帰るわけにゃいかねえんだ」


 落ち着いてよく見ると、親分は思ったより若い人物だった。

恐らくマイオリーと同じくらいの歳だろう。

 

「じゃあ、この弩を預けとく」


 そう言うとドラガンは自作の弩を差し出した。


「これ弩なのかよ! こんな撃ちづらそうな弩、どこで買ったんだよ」


 親分は呆れ口調でそう言って笑い出した。


「……僕が作ったんだよ」


 あまりに親分が笑うので、少し恥ずかしくなって呟くように言った。


「何? お前が? ……ほう! ガキ、名は何ていうんだ?」


 親分から弩を渡されたミハイロが、色々な角度から観察を始めている。


「ドラガン……ドラガン・カーリク」


「ドラガンか。俺はユーリ・チェレモシュネだ。だがこの名はこいつら以外お前しか知らねえ。これがどういう事かわかるか?」


 チェレモシュネは、そう言うと口元をニヤリと歪めた。


「どういう事?」


「他に知れたらお前がばらしたという事だ。その時は地獄の果てでもお前を追いかけ……消す」


 チェレモシュネはニヤついてはいるが目は一切笑っていない。


「絶対言わないよ。男と男の約束だもん」


 チェレモシュネが鼻で笑うと山賊たちも笑い出した。

『男と男の約束』なんて久しぶりに聞いた、そう言い合っている。



 その後、山賊たちは竜車を西街道近くまで運んだ。

墓標を作るため竜車から板を剥いでいく。

幌と板で簡易のスコップを作り、街道を挟んだ反対側、海岸線が眼下に望める場所に土を掘った。


 山賊たちは、まずロマンの遺体を持ってきた。

ロマンは体の前には左肩以外に傷が無い。

どうやら右後背に回られ、視界外から剣を刺されたらしい。

左手で右脇腹を押さえた状態で固まっている。

倒れたところを何度も刺されたようで、背中の服がビリビリに破れ、その下の肉がボロボロになっている。

よく見ると指にはめられていた指輪が指ごと無くなっている。


 その次にセルゲイが運ばれてきた。

父の変わり果てた姿にドラガンは寄り添って号泣した。

外傷はたった一つ。

胸を貫いた一本の矢。

恐らく即死だったのだろう。

表情には恐怖の色すらない。

指が切られているが、恐らくロマン同様指輪を持っていくためだろう。


 セルゲイの遺体に伏せて泣いていると、ラスコッドの遺体が運ばれてきた。

遺体の損傷具合は山賊すら目を背けるものだった。

まず首から上が無い。

山賊たちもそこら中探したのだが、どうやらやつらが持ち帰ったようで見つからない。

体の前方には矢がいたる所に刺さっていて、服は何をどうしたらこうなるのかというくらいボロボロ。

倒れてからもめった刺しにされたようで、背中はもはや元々どういう状況かわからない状態。

両腕も千切れている。

獲物は槍のはずなのだが穂先が無い。



 ドラガンはミハイロに言われ、それぞれ墓に備えるものを選んだ。

とにかく金属物は全て持ち去られている。

靴もズボンの革紐といった皮製品も持っていかれている。

父のセルゲイは本当に何もなく、母の編んだハンカチを供える事にした。

ロマンは、ズボンのポケットに血に濡れたアリサ愛用のレースのリボンが入っていてそれを供えた。


 ラスコッドは何を供えて良いか、そもそも人間式の墓で良いのかも判断がつかない。

チェレモシュネから、こういうのは気持ちの問題だと言われ、槍の柄のラスコッドと名の刻まれた部分を供えた。



 埋葬が終わると、チェレモシュネたちは館に帰って行った。

最後にミハイロがドラガンに、村には戻らない方が良いと耳打ちしていった。

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