第52話 帰郷

 ユローヴェ辺境伯とドラガンは、首謀者は処分されたのだから残りは減給で良いのではという意見だった。

だが、ポーレとザレシエ、家宰トロクンは全員解雇が当然と主張した。


 ドラガンたちの言い分としては、元々給料に不満があるのだからそこを減らすのが一番の罰になるというものだった。

不満があるなら自分から辞めていくだろう。

それでも屋敷で働きたいというなら心を入れ替えれば良い。


 一方でポーレたちの言い分は明快で、解雇しなければ、また先代ドゥブノ辺境伯のアナトリーに篭絡され利用されるだけだというものだった。

すでに良い生活を経験している彼らにいくら慈悲を見せても、前の生活に戻さない以上は必ず不満は燻る。


 とはいえ、一気に全員を解雇しては屋敷の管理が行き届かなくなってしまいかねない。

それについてはポーレたちも意見は分かれた。

暫くは不自由するだろうが我慢というポーレに対し、ザレシエは、まずは半分の解雇という意見だった。

トロクンは、聞き取りをし比較的従順な一割二割を残して解雇するのが良いという意見だった。


 結局、議論はその日午後一杯続いた。


 最終的にはトロクンの意見に落ち着いた。

すぐに人員が雇用できるわけではないので暫く難儀はすると思うが、領民と共に生活してみる良い機会だと思って村の施設を利用してみてはどうかと、ユローヴェ辺境伯は手紙の最後に助言を添えた。




 三か月の蟄居期間が終わりエモーナ村に帰る日がやってきた。

ポーレはこの三か月間、屋敷内の色々な人に話を聞いていた。

できる限り休憩は屋敷内の従業員と一緒にいるようにしていた。

従業員たちはポーレのことを『賓客』だと思っており、そんな人が気さくに接してくれるとあって、喜んで色々な話をしていた。

時には口を滑らせすぎて、およそユローヴェ辺境伯やトロクンには聞かせられないような話をしてしまう者もいて、ポーレも苦笑いであった。


 ドラガンは暇さえあれば村に繰り出し、漁の手伝いや農場の手伝い、市場の手伝いなんかをして過ごしていた。

最初は皆ドラガンが誰かわからず、怪訝そうな顔をしたり露骨に追い出したりしていた。

それでも仕事風景を見学しに来ていたドラガンを、トロクンが呼びに来た事があった。

トロクンの顔は既に多くの村人が知っており、もしかして今の人は賓客だったりするのではないかという雰囲気が漂った。

ドラガンはそれについて否定も肯定もせず誤魔化していたが、村人たちはドラガンを無下には扱わないようになった。


 そんな過ごし方をしていたせいか、ドラガンたちがエモーナ村に帰る日には、屋敷に従業員や近所の村民がごっそりと集っていた。

さらにザレシエも研究所を前のネルシャイ所長に任せ一緒に帰ることになった為、群衆には研究員たちも大勢混ざっていた。



 行きは竜車に揺られ護送であった。

だが帰りは歩いて帰る事になった。

ユローヴェ辺境伯も竜車を用意すると言ってくれたのだが、ポーレが丁重に断った。

一刻でも早く奥方に会いたいのではないかとトロクンはからかったのだが、ポーレは、その思いを募らせながらゆっくり村に向かうのも一興だと笑った。


 事前にエモーナ村に連絡を入れてあった為、ムイノクとエニサラが護衛に駆けつけてくれた。

エニサラの話によると夜は食堂広場で大宴会を予定しているらしく、コウトが準備を取仕切っているらしい。

その後も三人は村の状況を事細かにエニサラたちに聞いていた。



 ドゥブノ辺境伯領に入ると、三人を見た村民たちが三人に手を振ってくれた。

税金が以前の三分の一になり、どの村もかなり感謝をしているらしい。

現在、エモーナ村の村長はポーレの父アレクサンドルが代行しているのだが、あちこちの村の村長が挨拶や様子見に訪ねて来ているのだそうだ。



 徐々にエモーナ村が近づいて来た。

街道の遠くに何やら黒いものが見えてくる。

皆気になりながらも口にせずに街道を歩き続けると、その黒い塊が人だかりだということがわかってくる。

近づくにつれ、それがかなりの人数だという事がわかってくる。

この人数は明らかにエモーナ村の人たちだけじゃない。

周辺の村々からも集まってきているだろう。

さらに近づくとその中にサファグンもかなりの人数混ざっている事がわかった。


 おい来たぞという声が聞こえてくる。

こういう舞台裏の声が漏れ聞こえるというのは、何故だか自然と頬が緩んでしまう。

ポーレだけでなくドラガンも同じらしく、必死に笑いを堪えているという顔をしている。

ザレシエは堪えきれず笑ってしまっている。


 その群衆の中から一人の女性が、周囲を囲われながら大切に連れられてきた。

ポーレがドラガンを見ると、少し気恥ずかしそうな嬉しそうな、何とも複雑な顔をしている。

恐らく自分も似たような表情をしているのだろうと思うと何とも可笑しくなる。


「おかえりなさいデニス、ドラガン。それにザレシエ」


 いつにもなく優しいアリサの声に、ポーレが真っ先にただいまと答えた。

ただいま姉ちゃんと、ドラガンは何だか誇らしそうな顔で答える。

ただいま戻りましたと、ザレシエが泣き笑いの顔で頭を下げた。


「ずいぶんお腹目立つようになったね。気持ち悪くなって吐いたりしてないかい?」


「ちょっと前にはそういうのもあったけど、今はおさまってるよ」


「そっか。無理だけはしないようにね」


 ポーレがアリサの頭を優しく撫でると、周囲からそれを囃すような声があがる。

それが少し恥ずかしかったらしく、新婚なんだから構わないだろと、ポーレは赤い顔で周囲を牽制した。



 ドラガン、ポーレ、ザレシエの三人で横一列に並び、三人で頭を下げ、ただいま帰りましたと集まった群衆に挨拶をした。

ご苦労さん、待ってたぞ、おかえりと、反応は様々ではあったが、皆思い思いに三人に声をかけた。



 挨拶が済むと真っ先に三人は集団墓地へと向かった。

まずは犠牲者の追悼、これはユローヴェ辺境伯の屋敷にいた頃から決めていた事だった。

犠牲者の多くが女性と子供だった。

正直言ってこれは全くの想定外の事であった。

いくらなんでも、親衛隊というまがりなりにも武人が、真っ先に女子供を標的にするだなんて。


 報告によると、話を聞いた村人たちが報復のように親衛隊の家族を傷つけるといったことがあったらしい。

親衛隊員たちはその事を新しい親衛隊長ステパニに相談した。

ステパニ隊長は少し悲しい顔で、これが領民を敵に回すという事なのだと諭した。

いかなる理由があろうと領民を敵に回してはいけないということが皆よく理解できたであろう。

領民を恨むのは筋違いだ。

恨むべくは我々に命令した者たちである。


 そのステパニ隊長の言葉は親衛隊員の心に刺さるものがあった。

給料が減り免税が廃止になっても、領民に恨まれるよりマシと思うようになった。

先代ドゥブノ辺境伯アナトリーのクーデターに、親衛隊から手を貸す者がほとんど出なかった理由がそれであった。


 人間の集団墓地での追悼を終えた三人は、続いてサファグンの墓地へと向かった。

サファグンは独特な埋葬方法をとっており、きつく布で巻き小さな棺船に入れ、海流があるところまで大きな船で行きそこで流すのである。

布で巻く前に髪の毛をひと房切り取って桐の箱に入れ、各家の祭壇に供えている。

墓は集団墓地という形で筏の一部に集められている。


 三人はサファグンの僧の案内で集団墓地に行き、サファグンの様式で手を合わせ犠牲者を追悼した。

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