第46話 南部戦線

「さすがはカーリクだ! この局面でよくこの戦果を挙げてくれた!」


 ラズルネからの手紙の最初の一文を読んでヴァーレンダー公は椅子から立ち上がり叫んだ。

ボヤルカ辺境伯も手紙を受け取ると、これで制海権はこちらのものだと小躍りした。


「ん? 新兵器?」


 ボヤルカ辺境伯は改めて手紙の内容を読み、その部分に引っかかった。

手紙を詳しく読んでみるとアルシュタ艦隊がプリモシュテン市に到着した時には、プリモシュテン市の新兵器によって船団は中型艦一隻を除き、全て撃沈させられていたと書かれている。


「これは、その新兵器とやらで陸上から迎撃したと言う事なんでしょうかね?」


 ヴァーレンダー公はボヤルカ辺境伯から改めて手紙を受け取り内容を熟読していく。

確かに今ボヤルカ辺境伯が言った内容が書かれている。

最後の一文として、プリモシュテン市の技術は今後の海戦史を大きく書き換えるものになるだろうから、帰還次第外交交渉をお願いしたいと書かれていた。


 ヴァーレンダー公はボヤルカ辺境伯の顔を見て首を傾げた。




 スラブータ侯はここまで領府ネドイカの周囲を急ごしらえではあるが、防御陣地に作り変えていた。

あくまで簡易的。

本格的に防御機構を作るには明らかに日付が足りない。


 その防御陣にはかつて先代スラブータ侯たちが作っていた『ゾロテ・キッツェ』が活用された。

ゾロテ・キッツェの東の入口はネドイカの入口に面している。

だだっ広い広場、そこに注がれる水運、さらにいくつかの建物、西街道を封鎖できるだけの石壁。

まさに防御陣にうってつけの土地であった。


 本来は市場の倉庫になるはずだった石造りの建物には食料を運び入れ、石壁の内側には無数の櫓を建てた。

その奥には投石器も組まれている。

さらに石壁はネドイカの街まで繋げられている。


 まさか先代イェウヘン卿も自分たちが作っていた新市場が防御拠点として活用される事になるなど夢にも思わなかったであろう。

家宰のソシュノは、朝から夕まで街中の大工と冒険者、兵たちを総動員してあちらこちらと指示を出して走り回った。


 それが祟ったのだろう。

コロステン侯たちが出陣するとゾロテ・キッツェのど真ん中で倒れてしまったのだった。



 ソシュノが倒れたと聞いてスラブータ侯は青ざめてしまった。


 先代イェウヘン卿の頃はソシュノと二人三脚という感じであった。

だがセルヒー卿は圧倒的に経験不足、知識不足で、スラブータ侯爵領は家宰のソシュノがいるから大丈夫、そう言われるくらい、ここまでソシュノの才覚に頼り切りだったのだ。


 とは言えどスラブータ侯も無能というわけではない。

これを自立の機会と一念発起した。


 会議室に関係者を集めソシュノが倒れた事を伝えると、ソシュノが回復するまで自分が親政するから、わかりやすく報告をしてきて欲しいと通達した。

ある程度は皆の才覚に任せるので、判断に迷う事は全て相談して欲しい。

悪い報告ほど早くを心掛けて欲しい。

決して隠し立てする事の無いように。

また、畑違いの事を相談するかもしれないから、皆自分がソシュノになったつもりで頭を働かせてほしい。


「皆の叡智を集結して、かかる難局を何としてでも乗り切ろう!」



 そこからスラブータ侯はコロステン侯からの報告を逐次受けては軍団長のポジールに相談している。

コロステン侯からの報告に、敵に大量の竜がおり、その意図がわからない為、容易に手出しができないというものがあった。


 スラブータ侯たちも意味が分からず、病床にあるソシュノの知恵を借りにいった。

だがソシュノもそれだけではわからないと頭を抱えてしまった。

せめて前線に行って状況を見る事ができれば何かわかるかもしれないと。

当然、そんな事を許可できるわけもなく。

何か思いつくような事があったら教えて欲しいと言って病床を出た。


 ここまでアバンハードへ送ったセイレーンは誰一人として帰って来てはいない。

伝令用のセイレーンは一人もいなくなってしまった。

アバンハードにいるヴァーレンダー公たちに報告も相談もままならない。

まさに孤立無援という状況なのであった。



 ヴァーレンダー公からの手紙がもたらされたのは、そこから一月近くも後の事であった。

手紙の内容を読んでもスラブータ侯には意味がわからなかったのだが、ポジールがこれをそのまま早急に前線のコロステン侯に伝えた方が良いと進言した。

もしかするとコロステン侯は非常に危険な状況に陥っているかもしれないからと。



 スラブータ侯からヴァーレンダー公の手紙を受け取ったコロステン侯は首を傾げた。

手紙には焚火に気を付けろ、風が凪いだ日に気を付けろと書かれていた。

その理由も書かれている。


 当然双方、夜になれば篝火を焚く。

これは死霊を寄せ付けない為と、危険な野生生物やモンスターを寄せ付けない為という効果がある。

それと夜襲に備える為でもある。

焚火に気を付けろも何も毎晩それなのである。

何をどう気を付けろというのだろう?


 それと風に関しても意味がわからない。

現在コロステン侯たちはヴィシュネヴィ山の麓に陣を張っている。

地形的に少しでも高台に陣を張るのは戦の定石であるからだ。


 現在陣を張っている地は今まで強弱の差こそあれ、吹いているのは西風である。

これはキシュベール地区が半島状になっており、海が近く、海から海へと風が流れるためである。

基本的に毎日西風なのだが、極稀に風向きが変わる事がある。

だがその時も海から吹き抜ける風が変わるだけの事でそれでも東風。

自分たちの間を左右に風が通り抜けているだけなのだ。


 自分はこの辺の事には詳しくないからと、スラブータ侯の将ビルカにもたずねたのだが、ビルカの回答もここは常時風が東西に吹いている地だという事であった。


 ヴァーレンダー公もなかなか前線の情報が入ってこないから、憶測で物事を考えるしかなく、このような注意喚起をしてきたのかもしれない。

一応風向きに関しては留意するが、最も注意すべきは敵が陣を移動した時だとコロステン侯とビルカは言い合っていた。


 例えば射撃が有利になる風上を取られるかもしれないし、退路も断たれるような場所に陣取られる事もあるかもしれない。

その事態だけは何とか避けねばと。



 それから数日後の事であった。

にわかに雲行きが怪しくなってきた。

この地に陣を張ってから初めての荒天になりそう。


 その時であった。

突如風が止んだ。


 その日、朝から敵が焚火を焚いているという報告が入っていた。

朝から風が南風となっており、こちらから敵陣に向かって風が吹き込んでいる。

恐らく雨になるだろうとコロステン侯とビルカは言い合っていた。


 それから一時間もしないうちに風が弱まっていき、完全に止んでしまった。

その時であった。


「敵襲!」


 風が止むのを合図にしたかのように、敵が一斉に襲い掛かってきたのだった。

だが近接攻撃は一切してこない。

遠巻きに矢を撃ってくるだけである。


 兵たちが戦闘準備を整えている間、間断なく矢が射かけられた。

それを木盾で防ぎながら反撃の機会を伺っていた。


 すると突如、最前線の兵たちからの絶叫が響き渡った。


 狂乱した竜たちが群れをなして襲い掛かって来たのだった。


 コロステン侯は目の前の凄惨な映像に呆然としてしまった。

するとビルカがコロステン侯を自分の竜に乗せ、ネドイカに帰ってこの事を伝えてくれと言って竜の太腿を鞭で叩いた。


 コロステン侯は竜を抑えようとしたのだが親衛隊の数人に囲まれ戦線を離脱させられた。

それを見届けると、ビルカは剣を抜き敵に突っ込んで行ったのだった。

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