第45話 戦況

 全軍は一旦追撃を止め、サモティノ地区の領土境で行軍を停止し全軍の集結を待った。

現在連合軍の総指揮はユローヴェ辺境伯の家宰トロクンが執っている状況で、トロクンから各軍へそういう伝令が行ったのである。


 恐らくマロリタ侯爵領に入った後で一戦する事になる。

最終的に決戦はロハティンという事になるのだろうから、できればそこは南部戦線と合流してから軍事行動を行いたい。

でないと戦後あらぬ疑いをかけられる事になりかねない。


 全軍の集結が終わるとその場に陣を張り輜重しちょう隊の到着を待つ事にした。

その間にセイレーン軍から斥候を出してもらい、マロリタ侯爵領の偵察を行ってもらった。


 セイレーンの斥候からもたらされた報告にトロクンたちは耳を疑った。

マロリタ侯爵領内に敵影無しというものだったからである。


 恐らくは防御機構のあるロハティンでの籠城を選んだのだろう。

将軍たちの意見は一致していた。


 トロクンはせっかく陣をつくったのだからとその日はそこで一夜を明かし、翌朝マロリタ侯の侯爵屋敷を接収するという方針を示した。




 その間、ポーレたちはユローヴェ辺境伯の屋敷を脱し、西街道をロハティン方面に進んでいた。

途中、略奪で荒れ果てた村が目に入り、ポーレは思わず目を背けた。

その惨状を見てポーレは、ここに来るまでに見た寂れに寂れたエモーナ村を思い出していた。


 ポーレたちが去ってから、エモーナ村は周辺の五つの村が合併して一つの村としてやっていく事になったと聞いている。

ポーレ村長が村を見捨てて息子夫妻のいるプリモシュテン市に脱出したという報は、多くの村民の心をへし折ったとプリモシュテン市に移民してきた者たちが言っている。


 ドゥブノ辺境伯たちは現状を重く受け止め、やっとこれまでの政策が誤りだったことを認め、重税を改めようとしているらしい。

だがそれでもなお税収は下げたくないという気持ちが先行してしまっていて、中々効果的に税金を下げられないでいる。

そうこうしているうちに次から次へと住民が減って行き、もはや辺境伯領の経営は、どうにかできるギリギリを超えてしまったという状況になってしまったのだとか。

税は取られるが行政サービスは行われない。

ならどうして税を収めなければならないのか?


 ユローヴェ辺境伯領に足を踏み入れると、自分たちがいかに貧しい暮らしを強いられているか嫌でもわかる。

それならいっそプリモシュテン市へという雰囲気がドゥブノ辺境伯領全体に漂ってしまっているのだそうだ。


「この戦乱が終わったら、ドゥブノ辺境伯にもう一度バルタとボロヴァンを派遣するようパンに進言してみますわ」


 村の惨状から目を背けるポーレにザレシエはそう提案した。


「皆、我慢してたんだ。きっと僕の存在が最後の光だったんだ。蝋燭は消える直前が一番明るいんだよね。ドラガンたちが来たあの賑わいは、まさにそれだったんだろうな」


 消えた蝋燭に火を灯しても、どうせまたすぐに消えてしまう。

まずは芯を変えないと。

今はまだその時ではないだろう。

それがポーレの意見であった。




 南部戦線崩壊の報はアバンハードのヴァーレンダー公たちを大いに失望させた。

薄々そうでは無いかと予測してはいた。

戦場を目撃したホルビン辺境伯たちからの報告が悪い予測を確定させてしまったのだった。


 ホルビン辺境伯の報告書によると一方的な虐殺のような印象を受けるという事であった。

兵の死体の多くは体を猛獣に食いちぎられたような跡があり、味方だけでなく敵兵もそういう遺体が多かった。

現在遺体はソロク侯に連絡し回収作業を行って貰っている。


 報告を受けたヴァーレンダー公は竜の死骸はあったのかと尋ねた。

伝令は数体はあったと回答。


 伝令を下がらせると、ヴァーレンダー公はふうと大きく息を吐き椅子にもたれ掛かった。


「恐らく味方の被害も構わず作戦を強硬したのだろう。当たり前だな、覚醒剤を用意していたであろうから。となるとスラブータ侯の領府ネドイカでも同様の事をしかねないだろうな」


 ここを動けないのが何とももどかしい。

まるで恨み節のようにヴァーレンダー公は言った。


「南部戦線が崩れたとなると、北部戦線の方に兵が投入できるようになります。北部戦線は支え切れるでしょうか?」


 ボヤルカ辺境伯が心配そうに言うと、ヴァーレンダー公はため息をついた。


「絶望的だろうな。ロハティン軍が出動できるようになったという事だからな。セイレーン隊が向かったという報告は受けたが、果たしてどこまで……」


 だがもはや繰り出せる兵はドワーフ、エルフ、トロルの部隊くらい。

エルフは野外戦闘には不向きだし、トロルは戦場まで遠い。

実質送れる兵はドワーフ隊だけである。


「せめてスラブータ侯爵領だけでも救い出して貰えれば……」


 そうなれば海路トロル隊を送る事ができるようになる。

アバンハード軍の奮闘に期待するしかない。


 もはや打てる手は全て打った。

後は戦況がどう動くかだけ。


 ヴァーレンダー公は小さくため息を付くと部屋の壁を見た。

マーリナ侯とドラガンがいた時は、どんな逆境でも跳ね返せるという変な自信が沸いていた。

だが二人が去ってから、毎日が不安で仕方がない。



 そこから一週間、宰相執務室には何の情報も入らなかった。

オラーネ侯爵領までの安全が確保できたのだから、ベルベシュティ地区経由でセイレーンを安全に飛ばす事ができるのではないか。

ボヤルカ辺境伯からそう提案を受け、まずはベルベシュティ地区のエルフの族長屋敷に伝令としてセイレーンを飛ばしてみる事になった。


 帰って来たセイレーンがもたらした報告はヴァーレンダー公を大いに失望させた。


 北部戦線崩壊。


 ロハティン軍が突如北進を開始し、それまで膠着状態にあった北部戦線を一気に攻め崩したという事であった。

エルフの族長屋敷まで詳しい戦況が入っているわけでは無いが、北部戦線の連合軍は潰走しユローヴェ辺境伯の屋敷まで後退したらしい。



 ヴァーレンダー公とボヤルカ辺境伯は机の上の地図とその駒を見て頭を抱えた。

北部戦線の崩壊。

海軍拠点であるアルシュタは陸戦兵力が乏しいので、恐らくロハティン軍はアルシュタ方面は最低限の兵だけを残し放置するだろう。

という事は事実上、ロハティン軍とアバンハード軍の一騎打ちという事になってしまうではないか。


 アバンハード軍も空軍が主部隊であり陸軍はそこまでではない。

対してロハティン軍は陸軍に特化した軍隊。

まともにぶつかればアバンハードの陸軍はひとたまりも無いであろう。

しかも相手は狂暴化した竜をけしかけてくる可能性が高い。


 陸軍を失い裸同然になった空軍がどうなるか。

空軍といえど空を飛び続けられるわけではない。

着地地点を狙われ、成す術無く潰されてしまうだろう。


 万事休す。


「まだアルシュタ艦隊がいます。海路が生きていればアバンハードは戦えます」


 ボヤルカ辺境伯はそう励ますのだが、ヴァーレンダー公は何も言わなかった。

それはアルシュタを見捨ててアバンハードの防衛に専念しろと言っているようなものだからである。



 その日の夕刻、一人のセイレーンがアルシュタから急報だといって飛んできた。

手紙の差出人はアルシュタ艦隊司令長官ラズルネ。


”プリモシュテン沖にてロハティン船団撃滅。プリモシュテンの新兵器による戦果なり”

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