第23話 誘拐

 沼地の視察を終えたドラガンたちは宿泊所に戻り、クレピーにエモーナ村へセイレーンを飛ばして欲しい旨をお願いした。


 郵便所に行けばセイレーンは貸してもらえる。

ただ手紙を運ぶだけでなく返信も待つのであれば借り切ってしまえば良い。

何なら六人それぞれの家に手紙と土産を持っていってもらう事だってできる。

少し値は張るが家族に無事を知らせる代金と考えれば決して高くは無いと思う。

クレピーの説明にドラガンたちは大喜びだった。


 翌日、さっそく六人は街に繰り出し、土産と手紙を書く便箋を買いに行った。


 今回、六人の滞在費は土木工事の必要経費として総督府が払ってくれている。

さらにドラガンに対し給金も出してくれている。

残りの五人もドラガンの随員として小遣い程度の給金が出ている。

またエモーナ村の漁港からはアルディノに対し研究費の名目で多少の支援金が出ている。

ペティアも漆工房から研修費の名目で若干の支援金が出ている。

その為、六人はそれなりに自由に使える金を持っている。


 アルシュタの市場を歩き六人はある事に気が付いた。

それまで六人はロハティンの市場に流通する品物によって生活をしていた。

当然そこには凝ったデザインの施されているものが多い。

特に便箋や封筒といった類いの物は、その最たる物である。


 ところがアルシュタで売られている物は、およそデザインと呼べるような物がほとんど施されていない。

実に味気ない簡素な紙なのだ。

それを昼食の際にクレピー言った。


「へえ。ロハティンではそんな感じなんですね。でも紙に字を書くのに、絵があったら邪魔じゃないですか?」


 それがアルシュタの感覚なんだと六人は実感した。

確かに思い起こせば、エレオノラに買って行った音の鳴る玩具もデザインは実に簡素なものだった。

つまり機能性重視という事なのだろう。

ここが海軍都市だという事を改めて実感するのだった。



 宿泊所に戻ると六人は食堂に集まり手紙を書いた。

ドラガンはマチシェニ以外にアンナさんとアリサに。

レシアは母アンナに。

ベアトリスは母イリーナと友人エニサラに。

ペティアは工房のコザチェさんに。

アルディノは母に。

ザレシエは当初は自分は書かなくても良いと言っていたのだが、皆が書くのでポーレ宛てに近況報告を書いた。


 全員の手紙と数点の土産を革袋に詰め郵便で送ろうとしていた。

どうやらクレピーがその事を総督府に報告したらしい。

宿泊所にいつもの執事の恰好ではなく旅装を着たプラマンタが訪れた。


「アルシュタの重要機密です。その辺のセイレーンには行かせられませんよ!」


 プラマンタは満面の笑みで荷物を受け取ると、軽く敬礼をして大空に飛び立って行った。

よろしくお願いしますとドラガンたちは言ったのだが恐らく聞こえてはいなかっただろう。




 ドラガンは三日に二日くらいの頻度で沼地に足を運んでいる。

ベアトリスとザレシエも毎回ドラガンに付いてきている。

二人はドラガンの仕事が楽しくて興味深々だった。


 アルディノは朝早くレシアを伴い漁港に行き、漁師から話を聞き、時には作業を手伝った。

昼過ぎには宿泊所に帰ってきて、二人で養殖について情報をまとめている。



 そんなある日の事だった。

夕方になってもペティアが宿泊所に帰って来なかった。


 最初におかしいと感じたのはアルディノだった。

アルディノたちは六人の中で最初に宿泊所に帰って来る。

つまり、毎回他の四人が帰るのを待つ形になっている。

大抵自分たちの次にはペティアが帰って来る。

ドラガンたち三人はそれなりに帰りが遅い事が多い。


 ペティアは毎回一人で筆と白い紙の束を持ち、アルシュタの街を絵に描いてまわっている。

美しい絵を描くわりに筆が早く、毎回ほぼ一日で描き終える。

ドラガンが帰って来ると腕に抱き着き、今日の絵を見てと腕を引く。

それをレシアとベアトリスの前でやるので、毎回二人が不機嫌な顔をする。


「今まで、こがいに帰りが遅かったこたあ無い」


 アルディノはドラガンたちにそう言った。


 失敗した。

ザレシエは苦い顔をした。

ペティアは一人で行動しているので何かあっても気付きにくい。

方向感覚が悪く無いペティアは、それなりに遠くに行っても確実に戻って来れる。

それに酒場で給仕をしていた関係で人と接する事に躊躇が無い。

その為、仮に迷子になっても自分で対処ができる。

皆安心しきっていたのだった。


 だが、あの煽情的な見た目である。

そんな女性が一人で行動していれば変な気を起こす人も出るかもしれない。

さらにここは亜人は二等市民というアルシュタである。

ペティアの行動は本当は極めて危険な行動だったのだ。


 クレピーはすぐに総督府に連絡を入れた。

報告を聞き家宰ロヴィーは青ざめた。

最悪の事態が起きれば、ドラガンが全てを放棄し帰ってしまうかもしれない。

そうなればヴァーレンダー公が、どれだけお怒りになることか。


 ロヴィーはすぐに執事を総動員した。

ロヴィーはクレピーと共に宿泊所に行き、そこで対策本部を作った。

執事たちには町中をいくつかの区画にわけ聞き込み調査をさせた。

さらに万事屋へも何か情報が無いか聞き込みに行かせた。



 ポツポツと言う感じで目撃情報が対策本部に入り始めた時であった。

非常にマズイ情報が対策本部に入って来たのだった。


 情報は万事屋からのものだった。

アルシュタには、セイレーン、トロル以外の亜人はほぼいない。

サファグンが多少いる程度である。


 どうやらドラガンたちが来たその日から既にペティアは狙われていたらしい。

そもそもあの見た目である。

万事屋でも噂になっていた。

しかも毎日一人で街をうろちょろしているという。

あれを誘拐してこっそり裏に流通させればかなりの金になる。

そう言い合っている者がいた。


 執事はそう話していた冒険者を問答無用で対策本部に引っ張って来た。

ロヴィーは剣を抜くとその冒険者の耳にそっと刃を当てた。


「明日からも音を聞きたければ全てを話せ」


 これまでおよそ聞いた事無いドスの聞いた声でそう脅した。

すると恐怖に震えた冒険者は、既にあのサファグンは闇の市場に売ってしまったと白状したのである。


「たかが亜人の女一人じゃないか……何をそんな大袈裟な……」


 冒険者は震える声で言った。


 激怒したロヴィーは、冒険者の顔を剣の柄で思い切り殴りつけた。

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