第22話 方針

 晩餐会から二日、荒天が続いた。


 久々の晴天を迎え、ドラガンはザレシエ、ベアトリスと沼へ向かった。


 沼の建設小屋は、もはやおよそ小屋と呼んでは失礼になると思われるほど立派なものになっていた。

以前はこじんまりとした事務室に申し訳程度の雨よけしかなかった。

それが事務室は三倍ほどの広さとなり、土木作業員の宿舎と医務室も併設されている。

さらに竹を保管する小屋が別で作られ、雨露が当たらないように大切に扱われている。

反対側には工事道具置き場があり、その横には鍛冶場まで設置されている。


 ドラガンたちが到着すると、作業員宿舎の前にトロルたちが勢ぞろいしており、ドラガンの姿を見て思い思いに歓声をあげた。

ドラガンが笑顔でぶんぶんと手を振ると、トロルは大興奮で飛び跳ねて喜んだ。


 事務室に入るとユリヴが執務机から立ち上がりドラガンの下に歩み寄って来て、お待ちしていましたと言って握手をした。

まずは何にも置いて例の沼を見てくださいとドラガンの手を取り事務室を出た。



 ドラガンたちが竹を仕掛けた沼は、昨晩までの嵐によって水たまりが所々にできていた。

だが以前のような沼では無い。

ただ、緩い泥という感じで、これではおよそ畑にはならないであろう。


「実は、雨が降る前はそれなりに畑らしくはなるんです。ですが一たび雨が降るとこの通りでして」


 ユリヴは非常に困ったという仕草をする。

すると一匹の拳大の桃色をした蟲がドラガン目掛けて飛んできた。

ユリヴは腰の剣を抜くとドラガンの前に立ち、真っ二つに蟲を切り裂き剣をしまった。


「このように土地が湿ると毒蟲が大量発生いたします。トロルたちも毒蟲にやられ、高熱で倒れる者が続出しています。ほとほと困り果てている有様でして」


 ドラガンは足元の真っ二つにされて深緑色の体液を垂れ流している毒蟲を見ている。

毒蟲は真っ二つにされながらも無数の脚をまだ動かし続けている。


「別の区画も試して欲しいと言っておいたと思いますが」


「別の区画もほぼ同様です。ただし、ひと区画だけ沼のまま変わらない区画が出ています」


 ユリヴの案内でその区画に行ってみると、確かに囲いの外と中で何も変化が無いように見える。

ただ、差し込んだ竹からは泥水がじょろじょろと流れてはいた。


 すると、先ほどと大きさは同程度だが紫色をした蟲が三匹ほどこちらに飛んできた。

ユリヴは面倒そうに腰から剣を抜くと、三匹の毒蟲を一匹づつ丁寧に切り裂いて行った。

少し危険なので一旦事務所に戻りましょうと、ユリヴは剣を鞘に納めながら言った。



 事務所に戻ると、紅茶を啜りながらザレシエがマチシェニを連れてくれば良かったと言い出した。

恐らくこれはマチシェニの領分だろうと。

毒蟲の駆除なら土の上で火を焚けば、ある程度駆除できるとベアトリスが言うと、ユリヴはそうなのですかと驚いた顔をした。

言いませんでしたっけとドラガンが指摘すると、ユリヴは、もし言われたとしたら他の事に気を取られ、それどころでは無かったのだと思うと少しバツ悪そうに言った。


「何故あの区画だけ水が抜けないのでしょうね?」


「普通に考えれば水の湧口があるからだと思います。あの区画を竹と竹の隙間に板を差し込んで区切ってみれば、ある程度湧口の場所がわかるかもしれませんね」


 そこの部分だけを区分けして水を流し続ければ、そこ以外は水が抜けて使用できるようになるし、もしかしたらその区画も排水が徐々に綺麗な水になって散水用の水として利用できるかもしれない。


「おお、なるほど! さっそく明日にでも取り掛かってみます」


 ユリヴはペンで頭を掻きながら紙に絵を描いて、こんな感じでしょうかとドラガンに見せる。

ドラガンは、なるべく隙間を少なくできると良いとアドバイスした。


 ベアトリスが枯れ葉はどうしたのかと尋ねた。

この周辺には木々があり、見たところ全て葉が落ちている。

ならば大量の枯れ葉があったはず。

ユリヴの話によると、確かにドラガンが来た時には大量の枯れ葉があったのだが、気が付いたら風や嵐で飛んでしまい、ほとんどなくなってしまったのだとか。


「何やもったいない。それを土の上に乗せて燃したら、蟲も駆除できて良い肥料にもなったのに」


 燃やした葉や小枝は土にすき込むと土がふかふかになって非常に良い土になってくれるとマチシェニが言っていたとベアトリスは指摘した。

その話はドラガンもマチシェニから聞いている。


「えっ、そうなんですか! それはとんだ失態でしたね」


「どうせ集めて芋でも焼いてもうたんと違うの?」


 ベアトリスの鋭い指摘にユリヴはドキリとし、露骨にしまったという顔をした。


「まあ……そういう事も確かにありましたけども……」


「どうせ事務所の前とかでやったんやろ。アホやなあ。それを畑の上でやらんと」


 ベアトリスの推測が図星だったようで、ユリヴは顔を引きつらせ乾いた笑い声を発した。

ザレシエがベアトリスの肘を付き、無言で言いすぎだと注意した。

ベアトリスもドラガンの表情でしまったと思ったらしく、可愛く舌を出して笑って誤魔化した。


「ベアトリスもジャームベック村では畑をやってたんだよね? ああいう水はけの悪い土地って、どうしてたか知らないかな?」


「そう言われてもね。土作りって難しうて、全部マリウス兄がやってくれてたから。うちらはそこに種植えて、水やって収穫してただけやもん」


 畑の作業は土作りが最重要とマチシェニは事ある毎に言っていた。

だから良い作物を作るために土作りだけは他人に任せられないと言って、ベアトリスたちも手伝わせて貰えなかったのだそうだ。


「僕の両親も畑はやってたんだけど、管理は従兄がやってくれてたから僕も知らないんだよね」


「マリウス兄に手紙で聞くいう事はできへんの? あの人今、エモーナ村で畑仕事してるんでしょ?」


 街道警備隊から生死を彷徨うような怪我を負わされたマチシェニだったが、傷が癒えエモーナ村に移住してくると、翌日には畑の手伝いに行っている。

今ではその農業知識で、エモーナ村の農業に欠かせない人にまでなってしまっている。


「そうだね。帰ったらセイレーンを飛ばしてもらえないか聞いてみるよ」


 現在、樋と外板の間の土は水が抜けてカチカチになっており、あぜ道のようになっている。

当初の予定通り、さらに深い場所に竹を差し直してみようと思うがどうかとユリヴが尋ねた。

その為にトロルたちには、既に水路を深く掘ってもらっている。

一番最初の沼地であればもう可能だと思う。

ユリヴの提案にドラガンも賛成だった。


 当初、ドロドロだったあぜ道がカチカチに固まっている事に、ドラガンはすぐに気が付いていた。

これなら同じ方法でどんどんあぜ道を広げていける気がする。

あぜ道が広がれば区画間の移動が楽になり作業効率も上がる。

そちらも並行してお願いした。



 こうして当面の方針が決まった。

最初の区画は竹をさらに深い場所に差し直し排水がどうなるか確認する。

さらに今の区画からあぜ道を延伸し、沼一面にあぜ道を張り巡らせていく。


 これまで土木工事をさせていた数人を引き抜き、周辺の森林へ行き柴と落ち葉をかき集める。

それを貯めておく場所も確保する。

ザレシエの案で中央通路となるような太いあぜ道を作り、そこに果樹の苗も植えてみる事になった。



 ユリヴはトロルを何人かのグループに別けているらしい。

そのグループ内で責任者を選んでもらい、作業の進捗管理と報告をさせている。

当然責任者には、その分余分に給料を支払っている。

こうする事で各段に管理がしやすくなり、作業把握がしやすくなったらしい。


 ユリヴは全ての責任者を呼び寄せると、今後の作業を説明を黒板に絵を描きながら説明した。

実はこれは最初にドラガンが行った事である。

当初、言葉で説明していた。

だがどうにも理解されなかった。

実物を見せてもなかなか理解されず、地面に絵に描いてやっと理解されたのだ。

それを見てユリヴは黒板を総督府に発注した。


 工事の進捗の悪かった組が、その日から柴集めに出かける事になった。

最も進捗の良かったいくつかの組は最初の区画の担当となった。



 その日一日作業を見守って、ドラガンたちは宿泊所へと戻ったのだった。

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