第13話 風邪

 ドラガンの通う学校は冬の短期休暇の時期になった。


 あれからドラガンの家にも雨樋が付いた。

キシュベール地区は夏から秋にかけ比較的雨が多く、どの家も大活躍だった。

ただこれから冬に入り、降水量も落ち水も冷たくなっていく。

井戸との往復生活へ逆戻りになるのだった。



 ドラガンたちも、そろそろ来年からの仕事に向けて準備をし始めなくてはいけない。

アルテム、ゾルタンがそれぞれの職場に研修に行っている為、自然とドラガンは一人になる時間が増えていった。

それまでドラガンたちと遊んでいたナタリヤは、年下の女の子たちと遊び始め、たまにアリサのところに遊びに来ている。


 ドラガンは学校に行っている間、何かを思案し続けていたらしい。

冬季休暇に入ると、午前に家の手伝いをし、午後からは村の工房を覗きに行っている。



 アリサは、来年の春、いよいよロマンと結婚することになる。

その為、家事をこなしながら結婚式の準備もしている状況だった。

そんなある日、アリサは毛皮屋からドラガンの噂を耳にすることになる。


「ドラガン坊が、この間にかわの使い方を聞いてったけど、今度は何作ってるんだ?」


 アリサは思わずロマンの顔を見た。

だがロマンも、僕が知るわけ無いと、首を傾げて肩をすぼめる。

そもそも何かを作るのに膠を使うなど、どこで学んだのだろう?

帰ったら問い詰めてやらないと、そうアリサが口を尖らせて憤った。

ロマンはそんなアリサに、少し暖かく見守ってあげたらどうかと窘めた。


 夫になる人にそのように言われ、アリサは、なるべくドラガンの事を気にしないように心掛けた。

だが長年の癖のようなもので、ドラガンが何をしているのか、ついつい気になって見に行ってしまう。


 ドラガンの方は工作に夢中になっていて、そんな姉のことは目にも入っていないという感じである。

さすがに洗濯物が膠臭くなると工房に行けと叱った。

久々に姉に叱られびっくりしたドラガンは、翌日から頻繁に毛皮工房に出かけて行った。



 暫くすると、今度は井戸で水を汲み上げ、何やら夏の時の道具で水でいたずらを始めた。

雪が降っても構わず水で遊んでいる。




 朝から何だか咳をしているとアリサが心配していた、次の日の事だった。


 ドラガンが朝起きて来ない。


 なるべく暖かく見守れとロマンから言われていた為そっとしておいたのだが、さすがに不安になって様子を見に行った。

ドラガンは布団の中で寒さで震えており、咳も酷く顔も真っ赤だった。


 アリサは急いで母を呼んだ。

父はドラガンの状態を見ると、急いで二つ隣の村まで医者を呼びに行った。


 医師の見立てによるとドラガンは流行性の感冒に罹ってしまっているらしい。

暖かくしゆっくり寝ていれば、一週間ほどで良くなるとのことだった。

熱が引くまではできれば額を冷やした方が良い。

部屋の換気もこまめに。

ただし、うつる類の病気なので看病はほどほどにし、看病後は必ずうがいと手洗いをすること。


 アリサは母に、看病は自分がやるからと申し出た。

うつるそうだからほどほどにと母は言ったのだが、聞こえていないのか水を汲みに井戸に走って行ってしまった。


 アリサは、布団の中で赤い顔で苦しそうにするドラガンを見て激しく後悔した。

こういう子だと知っていたはずなのに。

額に置かれた濡れ布を替えるとドラガンの頬を撫でた。

頬が燃えるように熱い。


「姉ちゃんの手、冷たくて気持ち良い……」


 ドラガンはうっすらと目を開けると、かき消えそうな声でそう言って布団から手を出し、アリサの手を触った。

まるで焚火に当たっているかのように熱を感じる。


「この寒いのに、井戸で遊んでるからこういうことになるのよ!」


 こんなになるまで何をしていたのとアリサは尋ねたのだが、ドラガンはこの期に及んでまだ、内緒などと言っている。


 アリサがドラガンの鼻を指で突くと、ドラガンは口を尖らせる。

完成したら、そこまでは聞こえた。

だがそこから先はごにょごにょ言っていて聞こえなかった。

そのままドラガンは眠ってしまったのだった。



 そこから五日ほどでドラガンは元気になった。

だが感冒は、結局アリサにうつった。

ドラガンが元気になる代わりに、今度はアリサが寝込んでしまったのだった。


 ドラガンは母に言われ井戸から水を汲んでくると、アリサの部屋に行き額の濡れ布を何度も交換する。

アリサは高熱で赤い顔をしており、非常に苦しそうだった。


「姉ちゃん。ごめんね……」


 うなされながら眠っているアリサに、ドラガンは何度も謝った。


 アリサが目を覚ますと、ベッドの横には手桶が置かれていて、そこに濡れ布がかけられていた。

自分の額の布をその布と交換しようと少し身を起こすと、桶の横でドラガンが座りながら寝ていた。

アリサは自分にかけられた毛布の一枚をドラガンにかけると、濡れ布を交換し眠りについた。



 アリサも五日ほどで熱が下がり、かなり体が楽にはなった。

普通に、朝起き上がって朝食を取ると、イリーナはもう少し寝ていなさいとアリサの頭を撫でた。


 だが、どうにも家にドラガンのいる気配が無い。

ドラガンはどうしたのと尋ねると、イリーナはくすりと笑い出した。

昨日くらいから、姉ちゃんが元気になったら見せるんだと言って何かを作り続けているらしい。

丁度、洗濯物を干すロープの下に置いてあるらしく実に邪魔くさい。


「懲りない子ね……」


 アリサが呆れて嘆息すると、イリーナは本当にねと笑い出した。



 その日の昼、ロマンがお見舞いにやってきた。

お菓子屋で何か買ってきたようで、紙の袋を手に持っている。

アリサは布団から起きようとしたのだが、ロマンはそのままでと制した。


 さっそくドラガンに対する愚痴を言うアリサに、どうやら体調は戻ったようだとロマンは安心して笑い出した。


 ここに来る前にロマンはドラガンを見かけたらしい。

『何か長い物』を作って遊んでいたようで、姉ちゃんが治ったら一緒に見てと言ってきたのだそうだ。


 『何か長い物』。

イリーナが、朝、邪魔くさいと文句を言っていた物だと思われる。

そんな事をやっていてまた風邪がぶり返さないと良いけどと憤るアリサに、ロマンは過保護だなあと笑い出した。



「さっき、お義母さんから行商のことをお願いされたよ」


 ロマンはアリサの髪を撫でながら言った。

お婿さんに義弟の世話まで焼かせることになってしまって申し訳ないとイリーナが頭を下げるので、少し恐縮したとロマンは苦笑いしている。

あんな子だけどよろしくねとアリサが言うと、ロマンは、僕は今から一緒に行くのが楽しみだと微笑んだ。

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