第12話 進路
夏の長期休暇が終わり、ドラガンたちの通う学校は後期日程に入っている。
あの井戸の一件以降、ロマンは水道の可能性を各所で口にしてみたのだが、残念ながら理解も賛同も得らえなかった。
まず、そもそも金がかかる。
そんな金をどうやって工面する気なのか。
また、今回の雨樋の件で、貧富の差のようなものが目に見えてきてしまった。
村では未だに雨樋の申し込みのできない家も存在している。
ベレメンドの村は、村人全員がそこまで裕福なわけではない。
ロマンの行商の能力が上がり、それなりの値段で売りつけができるようにはなった。
だが、それでもやはり売れ残りは出る。
それが続く家では徐々に収入が細ってきてしまっているのである。
あれからゾルタンの父ドミニクは大忙しだった。
ドミニクは臨時で工房に人を雇い入れ、近隣の村々からも研修という形で桶屋を雇い入れ、かなりの早さで雨樋を作っている。
それでも全く需要は足りていない。
設置まで手が回らず工務店のモナシーにお願いしているのだが、それでも追いつかない。
陶器屋も近隣の村々にまでお願いし水瓶を作ってもらっているが、それでも需要が追いつかないという状況だった。
終いには、金を余分に出すからうちを先にお願いしたいという者まで出る有様だった。
さすがにそれを許すと収賄まみれになり悪評に直結してしまう。
順番でかなり村中が揉めることになり、ペトローヴ村長が、くじ引きで順番を決めることになった。
これで公平、文句なしということにした。
酒場では、最近何かと忙しいというのが皆の口癖になった。
鍛冶屋のタイマーは、
自分の仕事が遅れると桶屋の工房の生産効率が落ちると思うと、のんびりもしていられない。
だからといっていい加減な仕事をすれば、今度は修理に時間のかかることになってしまう。
忙しいのは嬉しいことだがと、タイマーはビールのジョッキを煽った。
急に忙しくなったのは鍛冶屋だけじゃない。
金物屋も雨樋の支えの釘を大量に作らなければならなくなり、金槌を持つ手が豆だらけだと泣き言を言った。
「こんなに頑張っても、くじ運が悪く、うちの工事は当分先だっていうんだからな」
金物屋の愚痴に酒場は大笑いとなった。
それを聞いた肉屋が、うちも釘の防腐用に
材木屋が、毎日木の切り揃えで日が暮れると言うと、塗装屋は、こっちは毎日朝から樋の防腐用の松脂の精製だと大笑いした。
酒場の店主が、おかげでうちも活気が出て売れ行きが好調だと笑うと、酒場中が笑いに包まれた。
秋も過ぎ冬が近づくと、徐々にどの家にも雨樋が付き始めた。
だがベレメンド村がひと段落しても、今度は周辺の村々が工事に忙しくなった。
部品の発注はベレメンド村に来る状態で、どこの工房も一息入れる余裕も無く忙しさが続くことになった。
そんな中、ドラガンは誕生日を迎え十五歳になった。
十五歳を迎えると、翌年の春で教育の課程は終了となる。
この先は、それぞれの家の事情によって進路が異なってくる。
女の子たちは、アリサのように家事に従事し誰かに見初められる日を待つ娘が多い。
もちろん、田舎生活が嫌で村を出て街に行く娘もいるし、やりたいことがあってどこかの工房に行く娘もいる。
特に服飾関係の工房はそういう娘に人気がある。
給料が良いと酒場で働く娘もいるし、食堂で飯盛り給仕をする娘もいる。
男の子たちの進路はほぼ三つに別れる。
一つは家業を継ぐ子。
三つといっても、圧倒的にそういう進路を選ぶ子が多い。
ドワーフのゾルタンは、父の桶屋の工房で働くことがかなり早い段階で決まっている。
アルテムは、当初は父の塗装屋で働くことが決まっていたが、ここに来て材木屋から引き抜きがあり、材木屋で働くことになった。
残り二つは、学府に行く道と冒険者になる道である。
学校での成績が優良だった者は、村の支援で都市の学府へ行って、より高度なことを学ぶ。
医師や教師など専門の知識が必要な職もあり、そういうところは相伝というわけにはいかない。
ドラガンの師ザバリー先生も、大昔、故郷の二つ隣の村の支援で西府ロハティンの学府へと進学し、ベレメンド村の要請でやってきた。
ただ専攻は植物学だったようで、ドラガンの問いに答えらないことが多く困っているのだが。
学校での成績がいまいちで、家業も継ぎたくない、性格も粗暴という子は冒険者になることが多い。
どこの村も周囲が木々に囲まれていることが多く、野生動物のような危険生物が良く出る。
そういった生物に、大切な畑を荒らされるようなことも多々ある。
野生動物ならまだしも、
そうした危険生物に旅人が襲われることもある。
徒党を組んでこういった危険生物の討伐をするのである。
危険生物は高く売れる。
毛皮は皮屋に売れるし、肉は肉屋に売れるし、骨も膠の材料になる。
臓器の一部は薬として珍重されることもある。
その場合、売り上げは冒険者で山分けとなる。
さらに討伐の成功報酬まで出る。
それまで村の鼻つまみ者だった者が、逆転して村の英雄になれるのである。
進路相談で、ドラガンの母イリーナはザバリー先生と一緒に頭を抱えてしまった。
竜に懐かれず家業の御者はできない。
運動神経が悪く冒険者も難しい。
手先は器用なのだが、絵画などを見るに、美的センスは壊滅的と言っていい。
学府に行かせるほど成績も良くない。
村中で多くの者がドラガンの将来には期待している。
だからといって、うちで働いたらどうかと言ってくれる者は極めて少ないのである。
幼い頃からドラガンの行動を見ているのだから、働き手として役に立つなどと考えてくれる人は誰もいなかった。
モナシーが村で一番ドラガンを高く買っている。
だがそのモナシーも、自分の下の作業員として才能を潰すのは勿体ないと常々言っている。
とはいえ、ドラガンの探求心を自由に解き放つために遊ばせておくというのも、周囲の子供たちの教育に良くない。
当初、どこにも働き口が無ければ、モナシーが引き取っても良いと言ってくれていた。
だがここに来てモナシーも雨樋の工事で忙しく、それどころでは無くなってしまっているのだった。
「セルゲイさんは、何と言っているんですか?」
ザバリー先生は真剣な表情で尋ねた。
イリーナの話によると、セルゲイは御者はやれなさそうだから、それなら自分のやりたいことを自分で探せば良いと言っているらしい。
ドラガンにも必ずやりたいことができるはずで、ああいう子だから自分たちが何かを強制するべきじゃないと。
イリーナもそれに賛成らしい。
それに対し姉のアリサは、ロマンの下で行商をさせたらどうかと言っているらしい。
ロマンも、義弟としてドラガンを可愛がってくれているから、きっと長い目で面倒を見てくれるのでは無いかと。
ロマンも賛成してくれているのだそうだ。
ただイリーナとしては、ペトローヴさんにそこまで迷惑をかけるというのは、さすがに気が引けるのだそうだ。
ザバリー先生は腕を組み、ドラガンをチラチラ見ながら何度も唸った。
ザバリーとしては、行商というのは中々に良い案だと感じるらしい。
ドラガンの思考は学者や研究者のそれであり、学府に行ったら何かの研究に没頭することになるとは思う。
だが基礎学力に問題があり、そこまでこぎつけられないかもしれない
それに対し行商は、色々なものを見て、色々なことを考えて行わなければならない。
ドラガンにとって、非常に良い刺激になると思うというのがザバリーの見解だった。
ドラガンは叱られていると感じているらしく、母の隣でしゅんと小さくなっている。
母は何かを言うたびに、ドラガンの頭を優しく撫でている。
ザバリー先生も叱るという口調ではなく、相談するという口調だった。
「できれば私も、ドラガンには何か大きな事を為してもらいたいですからね」
ザバリーはドラガンの顔を見ると、そう言ってイリーナに微笑んだ。
ただし、こういう子は誘惑に弱いとも聞くから目を配る必要はあるかもしれませんと、わははと笑ってドラガンの頭を撫でた。
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